ピラミッドのゴースト


「近いね、ピラミッド」

 一行は案外早く、ピラミッドへとたどり着く。

 ユリアの声を聞き、ヴィタは転がっていた石に腰掛けてリュックをおろし、足を休め始めた。

 日はまだ暮れていない。

 周囲には魔物の気配はなく、何かが襲ってくるようにも思えない。


 ーーピラミッド。 

 それはかつてこの地域に住んでいた者によって作られた墓である。

 四角錐状に石が積み重なり、建築方法は伝わってはいない。

 この世界では奴隷を用いたか、魔法を用いて作られたか、の二つの説が存在していた。



「言ったろ? 昔人間がこれを建てた時に使ってた街の今が、『アッガーラ』なんだ」


 ボーガンは、ユリアの肩から下りてぴょんぴょんと入り口を探し始めた。

 階段状になっている石を一段登り、辺りを探し始める。だが、ピラミッドの周りに入口のようなものは見当たらない。


「ヴィタ、分かる?」

 ユリアに聞かれた彼女が鼻を研ぎ澄ませ、周囲の空気の流れを読み始めた。


 微かに、ピラミッドから少し離れたところの地面から空気が漏れ出ていることに気がつく。

「空気の通り道があるみたい、入口かも」


 彼女の指し示した場所を探るユリア達。

「これか」

 地面の砂を掘り起こし、隠されていた地下への扉を見つけることに成功する。


 重い石の蓋がある。

 よいしょ、とずらし、その入り口を開いた。

 中にピラミッドの方向へと降りていく古びた階段が見えた。


「え、入れるのこれ、変な虫とかいるでしょ、ムカデとか」

 ユリアは見るからに苦い顔をしている。

 他に入り口は見当たらないが、入りたくなさそうだ。


「まぁ仕方ないんじゃない? 隠されてるってことは、中になんかあるわね」

 ヴィタは手に持ったリュックを背負い、躊躇なく階段に足を踏み入れる。


「嬢ちゃん、頼むよ。人間の作ったものは人間が一番わかるんだ」とボーガンも後に続く。

「ちょっと待ってよ、」と言い彼女も恐る恐る足を踏み入れ、後につづいた。



 段々と日の光が途絶え、暗くなっていく。

 ヴィタが手に炎を灯した。

 提灯のようにその明かりを頼りして進む。


 不安になり、彼女の腕へとユリアの手が伸び、その腕を握りしめる。

 階段を降り切ると通路が出現し、方向からピラミッドの地下に伸びていることがわかる。


 蜘蛛の巣を動く無数の蜘蛛のカサカサという足音や、ネズミの走る音やらが耳に入り、二人を更に不安な気持ちにさせる。

「何か出そう、というか出るよ、これは」

「まったく、、」

そうは言うが、ヴィタの顔は少しにやけている。


 通路が終わり、小さめの扉に辿り着く。

 石に埋まった木の扉ではあるが、長い間使われておらず、朽ちかけている。


 ヴィタが少し戸惑いを見せ、ゆっくりと扉を引く。中には広めの石造りの部屋が広がっており、中心に赤い宝石が装飾された杖が立っていた。

「これなに、なんかやばそう」

 彼女がそう言うも、侵入者を察知した杖が震え出す。背後の扉がゆっくりと閉まり、ガタガタと部屋全体が砂埃を上げながら揺れ始める。


 やがて、杖が赤い光を放ち、部屋全体が上昇し始めた。

「うわっ!」その光と振動がユリアとヴィタの二人を眩ませる。

 慌てて二人で肩を掴み、支え合う。


 が、ボーガンがユリアの肩から落下してしまい、ランプが転がっていく。

「助けてくれ!」という彼の叫びが届いたのか、部屋はやがてガコン、と何かにハマような音を立てて止まった。


 入り口とは逆の壁が一人でに開いた。

 石が奥に落下したようだ。部屋の中心の杖は未だ光を保ち続けており、ピラミッドの中へと続いているようにみえる。

 雲の体を出し壁を掴んでランプを固定していたボーガンが、そのまま体を動かし、恐る恐る中を覗く。

 



「侵入者ヲ排除セヨ」


 そこにいたのは実体を持たないゴーストだった。

 顔と上半身がわずかに人の形を保ってはいるが、目と口の穴しか残っておらず、ゆらゆらと揺れるその下半身は消え失せている。

 光を歪ませ、薄い影がゆらめいていた。


 そして、無数の魔物と化した亡者の霊が一行に襲いかかった。

 そそくさと逃げてきたボーガンはユリアの影にかくれ、「お許しください!」とランプに引きこもってしまう。


 二人は抵抗を試みる。

 ヴィタは拳を構えるも、ゴーストの体をすり抜け、口から魔素を吸収されていく。

 彼女は次第に力を奪われ、「や、やばいかも……」と息も絶え絶えになり、膝をついた。



 その様子を見ていたユリアが目を凝らし、気づく。

「糸だ! 糸が見える!」

 ゴーストの体、本来なら心臓のある位置から伸びる、細い魔法の痕跡のようなものを見つけだした。

 何者かが彼らを魔法で操っているようだ。


「私がなんとかしないと、」


 ユリアはマントの下から杖を取り出し、〈魔刃〉を使う。

 杖から放たれた一枚の赤い刃は、勢いを弱め、空中で留まった後、更にいくつかの細かい刃に分裂した。


 数多の小さい刃となった〈魔刃・改〉が、ゴーストへと誘導されるように飛んでいき、見事に彼らをつなぐ魔素を切り裂いた。


「ヴオオオオオ゛オ・・・・・・」

 エネルギーを失ってしまったゴーストは身をよじり、苦しみの声を上げる。


「ありがとうユリア、ひとまず大丈夫」

 ヴィタが立ち上がり、腰のポケットから緑の液体が入った小瓶を取り出した。

 それを一息で飲み込むと、彼女の体はみるみると回復していく。


「中に入ってみよう」

 落ち着いた彼女がゴースト達の出てきた内部へと足を進める。

 奥には無数の棺が左右に並ぶ空間が広がっていた。決して広くはなく、天井に頭が着きそうだ。

 埃が酷く、棺の石も少し朽ちており、かなり昔に作られたことがわかる。



 そして奥にもう一体、ゴーストが残っていることに気がついた。

 だが妙で、襲いかかる様子はない。

 その顔に人間だった頃の面影がある。

 目の彫りが深く、シャープな口元から男性であることが見て取れた。


 一行が驚いたことに彼は口を開き、語り始めた。


「生きている人間を見るのは久しぶりだ……、俺は、かつて勇者だった者だ」


 勇者、という単語が彼らを聞く気にさせた。


「その棺の中には、俺の亡骸が納められている。

 開けてみろ。左手の薬指に指輪が埋まっているはずだ。

 ゴーストをみただろう?

 あれはその指輪が原因だ。触媒になり、この世に俺たちを繋ぎ止めてしまったのだ。

 ピラミッドを守るため、いつからか近づく魔族を攻撃するようになってしまった」


 そして、こう続けた。


「その指輪を壊してくれないか?」



「でも、あなたも・・・・・・」

 それを聞いたユリアは戸惑う。

 勇者の霊の背後に繋がりが見え、それを失ってしまったら、と考えていた。


 だが、


「俺ももう、眠りたいんだ。人間がやってくれるなら本望だ。頼む」

「なら、いいけど……」


 彼の願いを受け入れ、杖を再び構え出す。



 その杖がかつての魔王が持っていた物である、と勇者ライネルは気がついた。

 戦いの記憶が彼に呼び起こされる。


(そうか、あの杖は今、人間が……)


 彼は再び、語り始めた。

「俺の名前は勇者ライネル。最後に、そなたの名前を教えてくれないか?」


 重い棺を開け、〈魔刃〉を構えだし、慎重に古びた指輪へと照準を合わせるユリアが答える。


「私? 

 私の名前はユリア、元勇者で、魔女よ!」

 

 その言葉を聞いて安心した彼は、彼女の明るさに希望を感じ、「人間をよろしく頼む」と、言い残して消滅した。

 他のゴーストとは違う、穏やかな勇者の顔が、ユリアの心に刻まれる。



 事態が解決したのを見計らって、ヴィタが手をパンパンと叩く。

「これで、おしまいかしら」

「なぁなぁ、早くここから出ようぜ、またなんか出てくるんじゃないのか?」

「そうだね、」



 恐らく、ピラミッドにもう用はない。後は立ち去るだけだった。


 上昇した石部屋へと戻り、入ってきた木の扉を今度は手前に引く。

 そこは石で塞がれていたが、ヴィタとユリアが力を合わせて押してみると反対側同様、塞いでいた石が落下し、廊下が現れた。


 ヴィタが再び火を灯し、一行はピラミッドの外を目指して進み始める。

 入ってきた時ほど不安ではなかった。

 彼らの記憶に刻まれた勇者の顔が、不安を晴らしていた。


 行き止まりに辿り着くと、錆びのひどいレバーがある。

「これ、動かすみたい。ユリア、いくよ」

 なんとかそれを上から下に動かすと、目の前の壁がゴゴゴゴ、と沈み始め、外の明かりが彼らの目に入ってくる。

 砂だ。

 こうして、一行は日の沈みかける砂漠へと脱出した。


「さてと、帰ろう! 今日はいっぱい食べるぞ! 勿論ボーガンの奢りで」

「それ、いいわね」


 ピラミッドの探索を終えて、二人は疲れてはいたが、繋いだ手をぷらぷらと揺らし、どこか楽しそうだ。

 夜が来る前に帰ろう、とやや駆け足でアッガーラへと向かっていった。

 

 その道中、ユリアが思い出した。


「あ、そういえば。出して、絨毯」

「なんのことだい? そんなもん、出せねぇよ」

「はあ? ほんとに使えないね、あんた」

 ヴィタがハハハ、とバカにしたような笑いをこぼす。


 冗談ではあったが、本当にないと分かると少しだけ、残念な気持ちになるものだ。

「やっぱりね……」

 そうこぼすユリアの足取りは重くなってしまった。


 やがて、腹を決めたボーガンが意気揚々と話し始める。


「ごめんって。でも、代わりのお礼は考えてたんだ。俺、あんたらに着いていくよ、面白いし」


 それを聞いたヴィタは「嘘でしょ、」と驚くが、ユリアは肩に乗るこの使えないランプに少し愛着が湧いてしまったようで、


「それでいいよ、よろしくね、ボーガン」

 と許可を出し、ランプの体をもつ彼がパーティに加わることになった。

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