第ニ領




「もう行くのか?」

 ボーガンが驚く。

 ピラミッドから帰った翌日、アッガーラを出発することに二人は決めた。

 目的地は第ニ領。竜族の納める魔族の防衛線だ。そびえ立つ山々に囲まれ、平地には魔物たちが蠢く拠点が立ち、魔王城へと赴く人間を待ち構える。


 二人は念入りに支度を整える。

「ボーガン、あんた着いてくるの? こないの?」

「ヴィタさん。俺も着いて行かせてもらいます」


 砂漠で使う簡易的な冷却剤やリュックに詰めた寝袋、そして食糧の確認をすませ、日差し避け用の体をすっぽりと覆うことのできるマントを着用し、日が昇る前に歩き始めた。


 マントだけでなく顔を隠すフードも身につけるユリアが口を開く。

「しかし、暑いねぇ」

「第ニ領までは結構距離があるのよね」

 そう言うヴィタも指で額の汗を拭っており、少し辛そうだ。


 一時間ほど歩き、アッガーラから大分離れたところまでやってきた。

 ユリアが水筒の水を飲み、未だ肩に乗っているランプに尋ねる。


「ボーガンはさぁ、暑くないの?」

「まぁ一応俺、雲だから。ランプは暑いけど」 

 いまいち、ピンとこない返事がユリアに返ってきた。


「水出せないの、雨みたいに?」

「なくなっちまうよ、俺」

「ほんとに使えないんだねぇ」


 そのなんだか情けないやり取りがおかしくて、ヴィタはつい後ろで笑ってしまう。

 少しだけ賑やかだ。



 ふと疑問を感じたボーガンが尋ねる。

「そういえばさぁ、あんたらはどうして第ニ領まで?」


「うーん、復讐?」

「あんた、人間に新しい勇者が現れた、とか知らない?」


 ヴィタはあまり期待はしていなかったが、念の為に質問した。

 しかし彼の返事は、予想外のものだった。


「その話、聞いたことがあるぜ。

 なんでも人間の街に勇者が現れたらしいんだが、様子がおかしいらしいんだ。第ニ領に拠点がある。そこで詳しくわかるかもしれないぜ」


「あんた、意外に使えるじゃない」

「まぁランプだから。周りの奴らも俺に気がつかないで噂話しちまうのさ」


 目を点にして驚く彼女に対し、どこか自慢気にランプの蓋をカタカタと揺らしながらボーガンは言うのだった。



 やがて、砂漠の夜がくる。

 たちまち気温が下がり、寒さが訪れる。

 二人はマントを脱ぎ、羽毛でできた厚手の防寒具を羽織る。

 辺りに明かりはない。

 ヴィタが火を灯し、「夜が来る前に、オアシスを見つけたかったんだけど」とこぼした。


「どこか休める所、ないかな」

「この辺に魔族のための休憩所があるはずだ」

 ボーガンの言う通り、しばらく歩くと一行は休憩所に辿り着いた。

 小さい、いくつかの布でできたテントが張られており、ゲストハウスになっている休憩所へと辿り着く。


「二人、使いたいんですけど」

「あいよ! 空いてる所に入ってくれ!」

 ヴィタが受付のリザードマンに話し、その日はテントに泊まることになった。

 

 仕方のないことだが中は狭い。

「ボーガンが人じゃなくてよかったね」

 ユリアがランプを隅に置き、二人で寝袋を広げて横になる。


 少し時間が経ち、眠れないユリアが話し出した。

「ねぇヴィタ、起きてる? 

 私、あのライネルっていう勇者のこと、あれでよかったのかな」


 背を向けて横になっていたヴィタが、迷いながら少し間が空くも、答える。


「いいのよ、ああするしかなかったじゃない。きっと生まれ変われるわ」

「そうだね……


 生まれ変われるかは誰にも分からない。

 だが、ヴィタの言葉に安心し、ユリアは背中から彼女を抱きしめて眠りについた。


 次の日、日が昇り切るまえに起きて、再び歩き始める。

 途中こまめに水を飲んだり、オアシスで休憩したり、

「水をくれ」というボーガンがヴィタに魔法で作ってくれよ、とねだるも断られ、仕方なくユリアが手持ちの水をランプに注いだりしていると、次第に砂地が減って石が多くなる。


 その日は野営をする。

 ボーガンが見張り、二人は焚き火でヴィタが昼間に捕まえた鳥を焼いて食べた。

 そして寝袋で寝る。地面は冷たい。


 次の日、再び歩き始める。

 日差し避け用のマントはもう使わないだろう。そうして石が岩へと変わり、砂漠が終わる。


 一行は第ニ領へと足を踏み入れた。ここからは登山となる。

 

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