ジーニィ



ーー賢者。

 その名前はジーニィ。


「ユリアはどこ……?」

 暗く、湿気のある部屋の片隅で目覚めた彼女が疑問を抱く。何故か裸だ。

 慌てて棚に押し込まれていた青いローブとマントを身に付ける。


 遊び人は近くの薄汚れたベッドへと横になり、寝ていた。

 髪は白くなり、左目を失って目を覚まさない。

 付きっきりの戦士と、彼女の呼んだ回復魔法使いが診ているが、状態を判別するのが難しいようで、手のつけようがないらしい。


 誰かに襲われたの?

 ダメだ、思い出せない。

 それに、ここはどこ? 

 様々な疑問が頭に浮かぶ。

 そして、


「ユリアを探しに行かないと。あの人なら、きっとまだ戦っているはず」

 彼女は勇者を探すことにし、白い長靴を履いて、薄暗い遊び人の隠れ家を後にしたーー。




「ボーガンはさぁ、その本体?みたいなので歩けないの?」

 砂漠を歩くユリアは、肩に乗っているランプの重みを鬱陶しく感じ、聞く。


 彼らは街で全身を覆うマントや、冷却材、砂漠用の水筒を揃え、夜用の上着をリュックに詰めて、その日のうちにピラミッドへと歩き出していた。


「歩けないこともないけど、疲れんだよなぁ、あんたには悪いけど」

 好ましくはない態度だ。

 人が乗せているのに、と思った彼女は「使えないランプだなぁ」とつい呟く。



 砂漠にも人を襲う魔物はいる。

 硬い甲殻に巨大な毒のある尻尾、スコーピオンだ。


 一行を獲物と捉えた一匹のスコーピオンが彼らの目の前に鋏を突き出し、地面の砂の中から飛び出す。


「出た出た、お姉ちゃん、頼むぜ」

 ヴィタに討伐を依頼するボーガン。 

 しかし、

「まぁ見てて、この人、すごいのよ」

 彼女は戦う意思を見せない。後ろで座り込んでしまう。


 この人って誰だろう、あ、私か! と気づくユリア。マントの下から取り出した杖を構える。


「嬢ちゃん、食われちまうぜ……」

 彼女の肩の上でランプがカタカタとその蓋を揺らす。


「任せて」

 ユリアが自信に満ちた明るい表情で魔法を使い出し、戦いが始まった。


 彼女は杖を左右に大きく振り、砂を持ち上げて、ゆっくりとその場を覆い始める。

 砂の粒子は細かいが、その分軽い。次第に大量の砂が辺りに浮かび上がった。


 異常に気がついたスコーピオン。

 八本の脚をカサカサと動かし、その尻尾をユリアの首へと目掛けて突き立てた。


 “壊せ”と彼女が唱える。

 浮かんだ砂を、尻尾の付け根に狙をつけて飛ばす。

 その砂が、瞬時に何本かの〈砂槍〉を形成し、尻尾の付け根の関節目掛けて飛んでいく。


 そして、彼女の首へと迫る尻尾を切断した。


 地面に落下し、砂埃を立て、スコーピオンは見失ってしまう。

 尻尾を失っただけでなく目標も見失い、逃げようとするが、遅い。


 彼女が放つ第二の〈砂槍〉が、舞い上がった砂埃の中から現れ、その首に突き刺さった。



 ボーガンは事態に驚く。

 討伐したことを遅れて認識し、ランプの中から歓喜の声を響かせる。


「やるじゃねぇか! 嬢ちゃん!」

「どう? すごいでしょ、私魔女だから!」


 明るく話すその後ろで、ヴィタが自慢気に笑っていた。

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