砂漠都市「アッガーラ」

 砂漠に入る。

 燃えるように暑い陽射しと遠くまで広がる砂の海。ユリアにとってそこは地獄だ。


「あっつーー。水、水」

 この地を訪れた者のほとんどが口にしてきたセリフを吐くユリア。

 ヴィタから手渡されたフードを被っている。

 魔物に出会った時、人間だと気づかれないようにするためだ。

 汗をかき、歩く足がもつれ始める。


「ヴィタ、あなたは暑くないの?」

 彼女は辛そうだが、ユリアほどではなかった。

 暑いけど、と気怠そうに返事をするヴィタ。

 彼女は魔素を冷気に変換し、脇や足首などに纏わせており、ユリアに比べ多少楽だった。

 彼女は簡単に、そのことを説明し始める。



「え、ずるい・・・・・・私にも分けてよ・・・・・・」と、彼女は力なく言い、ついには最終手段にでてヴィタに飛びつき、体にしがみ付いた。

「ちょっと、暑っ苦しいな・・・・・・」


 不満を漏らすが、振り払うのもめんどくさい。

 仕方がない、と冷気を分けてあげることにした。二人三脚で街を目指す。



「もう少しいけば、街があるんだけど、」ヴィタが言う。

 だんだんと砂地に植物が生え始め、砂漠を歩くことにも慣れてきた時、前方に第四領の街「アッガーラ」がみえてくる。


「見えた! 街だーー」

 ユリアが走り出すのを見て、「ちょっと、」とヴィタは言うが、街が見えた嬉しさでどうでもよくなってしまった。



 そこはリザードマンの長が管理をする、物資を第ニ領へ搬入するために作られた交易都市である。

 砂を固めて作られた低い建物が軒を連ね、巨大なトカゲの魔族リザードマンが行き交う。

 彼らだけでなく、木材を運搬する体が石でできたストーンマンや、無数の針が体から飛び出した歩くサボテンなど、様々な魔物が往来する。

 上空を飛行する、炎の体を持つ炎鳥が飛んでいる姿がユリアたちの目に入った。

 武器や食材はもちろんのこと、宝石や砂漠用の服、装備などを取り扱う店が出店し、絵の書かれた看板を並べている。

 


「やっと着いた、だめ、もう死ぬ」

 二人はひとまず食事をとることにした。

 水分補給だ。

 入ったのは魔物たちの憩いの場、酒場である。屋根の着いたテラスがあり、路地の見えるテーブルに着いた。


 ヴィタが飲み物を二つ注文する。

「お金は私が出すから心配しなくていいわ。ユリア、暑かったでしょ? 休みましょ」


 やがて出てきたのは、カットされたレモンのような果実の乗った、黄色い飲み物だ。グラスからは水滴が垂れる。

 飲んでみると酸味が効いていて、二人の熱を持った体に染み渡った。

「なにこれうま」とヴィタが短く感想を言う。

 ユリアは気に入ったようで、一息に飲み干した。

「生き返ったー。魔法だね、これも」




 二人でこの後のことを相談していた時、そこに近づく物がいた。


 そして、突然、

「おいお姉ちゃん、人間だろ」

 男なのか女なのか分からない、声が二人に聞こえた。


 二人の側に、それらしい者はいない。

 ユリアが辺りを見渡し、ヴィタは「誰?」と警戒に入る。


「そこのあんただよ、こっちを見ろ」

 また聞こえてくる。

 ユリアがその声の方に顔を向けた。


「気づいてくれたか? 人間のお姉ちゃん。俺だよ、俺」


 足元でランプが喋っていた。

 突き出した注ぎ口、その反対側には丸みを帯びた持ち手が伸びる。

 体であろう全身は青く、白の装飾が施されている。

 やや小さいが足が伸び、自立しているよう見える。

 蓋も付いており、正確にはランプの中から声が聞こえてきた。


「目的はなに?」

 ヴィタがいつでも迎撃できるよう下ろした手の平に魔力を集中し、炎を生み出す準備をする。火花がパチっとこぼれる。


「あぁごめんごめん、そんなつもりはないんだ。あんたたちに、頼みたいこともあってな、そっちのセクシーなお姉さんも話を聞いてくれないか?」


 ぴょこぴょことその短い足を使い、跳ねながら話すランプを見て、可愛いと思ったユリアは、彼を持ち上げてテーブルに乗せ、話を聞いてあげることにした。


「ピラミッドって知ってるか?」

 机に乗せられ、やっと本題に入れるぜ、と意気揚々と喋り出すランプ。


「聞いた事はあるけど・・・・・・」

 一緒に話を聞くことにしたヴィタが答える。


「そこはな、すごい昔の、勇者とかいう人間の墓になっているらしいんだ。

 だが最近その近くで、夜な夜な魔物が襲われて困ってるんだ。頼む、嬢ちゃん人間だろ? 調べてくれないか?」


 ランプの誘いをめんどくさ、と断ろうとするヴィタ。しかし、ユリアは違った。



「興味あるし、行ってみたいな。

 それに困ってる人? も放ってはおけないし、いいでしょ?」


 元勇者の血が騒ぎ出したのか、提案に乗りかけている。

「まじか」とヴィタは額を手で抑え、信じられないようだ。


 ランプは必死な様子を見せる。注ぎ口を下げて頼み込む。

「頼むよ、解決してくれたら俺がなんでも一つ、願いを叶えてあげるから」


「じゃあ、空飛ぶ絨毯で手を打ちましょう」

「仕方がないな、サクッと行って、サクッと戻りましょう!」

 両手を合わせ、笑顔で受け入れるユリアを見て、ヴィタも調査に行くことを決めた。

 彼女は額に着いた手を下ろすと、ユリアの肩へと伸ばし、置いた。


「本当か? すまねぇ、この恩は忘れないよ!」

 ランプは突然カタカタと震え出し、白い雲を吐き出した。


 モクモクとしたその雲が、次第に人の形を取り喋り出す。

「俺の名前はボーガン。二人ともよろしくな」


「うわぁ!」

 ユリアが驚き、座っていた椅子から転げ落ちるのを、ボーガンは楽しそうに雲の体を震わせて笑うのであった。

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