明日




「いつものやつやってよ」

 そうユリアにねだるのはエルフの子供たちだ。

「いっくぞー」とユリアが杖を振り、その先から風を起こす。


「あ゛あ゛あ゛あ゛」

「ワレワレハウチュウジンダ」


 子供達は風に煽られながら、各々に声を上げた。

「ありがとう。いい風吹いてたよ」と彼らが満足そうに言い、ユリアはガッツポーズをした。


  ◇


 彼女は第六領の生活に溶け込み、エルフの間でなんだかすごい魔法を使う人間がいるらしい、と話題になっていた。


「どう?すごいでしょ」

 様子をみにきたヴィタに自慢げに笑うユリア。今日も楽しく一日を過ごすのだろう、と思っていた。

「魔法の教科書をおばあちゃん家に置いてきたみたい。悪いんだけど、一緒にきてくれない?」と誘われ、ヴィタの生家に行くことになる。


  ◇


 巨大な木の周囲に作られた階段を登る。

 柵はついているが簡易的なもので、落ちてしまったらただでは済まなそうだ。風がユリアのスカートをハタハタと揺らしている。


 やがて足元に周りの木が見えるようになった頃、「ここよ」とヴィタが足を止める。

「高いねー」

 ユリアが辺りを見渡すと遠くに山が見えた。反対の方には砂漠だろうか。黄色い大地が広がっているのが見える。



「おばあちゃーん、きたよー」

 ヴィタが扉を開けると、樹木をくりぬいて作られた家の中が見えた。

 扉を開けてすぐ布団が並べられた居間のような部屋があり、そこに一人の老いたエルフがいた。

 彼女がそっと口を開く。


「おや、帰ってきたのかい? 

 そっちは……お友達かい? 珍しいねぇあんたが友達を連れてくるなんて」

 

「お邪魔します」

 そう言って言ってユリアも中へと入った。

 居間の左右にも二つの部屋があり、一つはかまどのような土の調理場と木桶が見え、キッチンだろうか。もう一つは入り口に薄ピンクのカーテンがぶら下がり中は見えない。


「人間かい?」

 一目で見抜かれる。

「そうかいそうかい、いいんだ、気にしないでおくれ」

 そう言うとおばあちゃんは何やら考え込み、黙ってしまう。


「魔法の本あったよね、探していい?」

 ヴィタはそう言うとカーテンの奥の部屋に向かって行き、ユリアとお婆ちゃんは二人きりになってしまった。



 こういう時気まずい。

 おばあちゃんが口を開く。


「あの子は昔から人間が好きでねぇ。あの子には内緒なんだけど、実はとっておいてあるものがあるの」


 そういってよいしょ、と近くの箱を漁り彼女は一冊の本を取り出した。


 その本の厚い表紙には絵の具で剣を持った人間の背中がデフォルメされて描かれており、「勇者伝説」という題が表紙と背表紙に書かれた絵本だった。


「それはね、あの子の宝物なの。大事にとっておいたのよ。よかったら見てみて」

 ユリアはそっと手に受け取って読んでみることにする。



 知っていた。小さい頃に読んだことがあった。

 確か私の先代の勇者の本で、名前は……、と考えたところで、懐かしさとおばあちゃんのやさしさが、一気に彼女の心に流れ込む。


 そして、今の私はもう……勇者じゃないんだ、と悔しさで涙がこぼれた。


「そうかい。そんなに好きなのかい」

 彼女は慌てて手で涙を拭う。そして会話を続けた。

「ヴィタはどんな子供だったんですか?」


「あの子はねぇ、エルフの友達が少なくて、いつも一人だった。あまり喋らなくてねぇ……、それが人間の友達を連れてくるなんて、もうこの木と一緒に死ぬだけかと思ってたけど、嬉しいわ」


 おばあちゃんのその言葉はとても丁寧で優しく、ヴィタのことを思っていることがわかる。あぁ、愛されてるんだ、と気がつき、ユリアは言葉に詰まってしまう。




 ヴィタが黒い表紙の本を何冊か抱えて戻ってきた。

「あったよー奥に。ありがとう、おばあちゃん。これ持ってくね」

 そう言い、勇者の本に気がついて恥ずかしそうに笑う。

「あ、それ懐かしいな、もうとっくに失くしたと思ってたよ」


  ◇


「お邪魔しました」

 挨拶をしてヴィタの生家を後にしたユリアは、心の中で静かに『勇者』を取り戻す覚悟を決める。



ーーたとえ取り戻せなくても、なればいい。

ーー私自身が勇者に。


 階段を降りる足を止め、彼女はヴィタに語りかける。

「私、決めたよーー

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