異変




 称号機構は失われた『勇者』を探し出そうとし、世界の修復を試みていた。


 称号『0』の人間を発見したそれは、そこに新しく『勇者』を補填し、埋め合わそうとする。


 しかしもう既に新しい『魔女見習い』の称号が既に組み込まれており、そこには『勇者』が入るスペースはない。


 行き場所を失った新しい『勇者』は世界に溢れ出す。



ーー『勇者症候群』

 彼らは後にそう呼ばれることになる。

 それまで町人や商人、あるいは街の兵士だった者の中から突然、『勇者』を自称し始める者が現れる。

 彼らは行き場のない武力を行使し、家中のツボを割り、棚を開いた。


「薬草、薬草はどこだ」

 今、一人目の『勇者見習い』が人間の町に誕生しようとしていたーー。


ーーーーーーーー


「どう、これ?」

 ユリアは杖で周囲の草を集め、小さめの盾をいくつか作り出すことに成功していた。


 魔法の訓練は彼女にとって楽しみとなる。

〈魔刃〉は、彼女にとって最も得意な魔法の一つであったが、他にも雷を起こしたり、防壁を生み出したりと、新たに魔法を獲得することは新しい世界に旅立つような明るい気分を彼女にもたらした。



 それよりも面白かったものがある。


 それはヴィタだ。


「草の盾なんて、こうよ」

 彼女はそう言うと手から生み出した炎を無数の蛇のように操り、彼女の草盾を燃やした。

「ひ、ひどい」と悲しむユリア。


 彼女は魔法に長けていた。

 他にも水を生み出して腕に纏ったり、鞭のように操ったりと器用な技を見せた。



 そして優しく、気が合っていた。

 少なくともユリアはそう感じていた。


  ◇


「今日はなんと、お肉です! 鹿のお肉が売ってたんで買ってきました!」

 買い出しから帰ってきたヴィタが言う。


「シカ? 食べた事ないなぁ」

 そう言うユリアを気にせず、

「まぁみててよ、うまいのよ、これがさぁ」

 彼女は料理を始める。今日のメニューはトマト煮込みらしい。


 しばらくすると、スパイスの効いた香りを放つそれを彼女がテーブルに置いた。


「食べて食べて、今日ユリアがここにきて三ヶ月なんで、そのお祝い」

 普通、お祝いって言ったら一年か、せめて半年だよなぁ、とユリアは思うが口にすることはない。

 祝ってくれようとするその気持ちが純粋に嬉しくなる。


「なんだか照れるね、いただきます」

 彼女が口にする。

 少し癖があるが、弾力があっておいしい。




「ねぇユリア、あなたはこの先遊び人を探しに行くの?」

 食事中、突然ヴィタが口を開いたので、ユリアは心臓を掴まれたかのように心が跳ね上がる。

 考えてなかった。いや、考えていなかったわけではない。


 いずれ行かなければ、と思ってはいたが、いざ口にしようとしてみると少し怖い。

 私は勝てるのか? 遊び人に。また奪われてしまうのではないか?



「あのね、私決めたんだけど……、もしユリアが遊び人を探しに行くんだったら、その時は着いていくよ」


 真っ直ぐな覚悟の現れた瞳でヴィタはユリアを見つめる。

 嬉しい、そんなことを言ってくれる人がいるなんて、と彼女は少しだけ目頭が熱くなった。


「うん、ありがとう。少し、考えてみる」


  


 その日、なぜだか急に寂しくなったのでユリアは初めてヴィタと一緒のベッドで寝ることにした。

 顔が赤くなる。隣で眠るダークエルフの彼女からは少しだけ甘い匂いがした。

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