「魔女」




「魔素」それは通常目に見えない。

『魔法使い』はそれを変換することで自然現象や物体、事象を発生させ、いわゆる魔法を用いる。



 魔族はその体に自ら魔素を生み出す器官を持つ。

「魔素」を操る能力のことを「魔力」。

 魔素を変換する際に用いられる法則のことを「魔法」と呼んだーー。





 その魔素をユリアは見ることができるようになっていた。目が魔力を帯びたのだ。


「魔素って言われても、あんまピンとこないなぁ」

「まぁ無理もないね。まずは維持できるようになることからよ」

 ヴィタ先生の指示で、人差し指を突き出し、ユリアは力を込めて念じ始める。



「うぬぬぬ……」


 しかしダメだった。

 手を使って空気中の酸素に触れようとするのと同じで微塵の変化もない。



「まぁ、仕方ないわ。努力で解決しようってんだから」

 ヴィタ先生が手本を見せ始めた。

 手のひらを広げて集中すると魔素が見えない網で手繰り寄せるかのようにそこに集まっていく。


 そして、“炎よ!”と彼女が言い、ゆらゆらと揺れる鮮やかな青色の炎がそこに浮かび上がった。



「お見事!」

 拍手を送るユリアに、えへん、とでもいうような誇らしげな顔をヴィタは見せるもすぐに我に帰り、「コツを教えるわ」と彼女は真面目な顔に戻ってしまった。


  ◇



 ヴィタが魔力を流してくれていたおかげでその流れ方や性質をユリアは体で理解することができた。



「ダメだ、どうしても寄ってこない」

 でも何かがあと一歩足りなかった。

 彼女はいい男が見つからずに悩んでいる女性のような気分になる。


 その様子を見たヴィタがあることに気がついた。

「あ、自分が使わないから忘れてたわ」

「何を?」



「杖。普通使うでしょ、杖」

「あ」

 二人で顔を見合わせた後どちらともなく笑い出し、一緒に杖を買いにいくことになった。


  ◇



「ごめんごめん、忘れてたんだって……ふふふふ」

 ヴィタはそう言ってはいたが、笑いを堪え切れずにいた。


「いつまで笑ってるの? もう」

「なんだかおかしくて……ふふ」


 二人はそう言いながら樹木に作られた呼び鈴のついた木の扉を開けて店の中へと入っていく。


 エルフはその素養から剣や格闘など肉体を用いるよりも魔法を用いたり研究したりする者の方が多かった。

 そのため中には数多くの杖がガラスのケースや木の棚に陳列されている。


(これ、なにが違うんだろ……)


 ユリアが不思議がるその横で、「どの杖がいいかなー」とヴィタは品定めをする。

 どうやら違いがあるようだ。


「これなんかいいんじゃない?」

 そう言われて何本か杖を手に取ってみてもユリアには全部同じに見えた。


 どうしよう、と彼女が悩んでいた時、ガラスケースの中の一本の杖が目に入る。

 その杖の周囲には薄らと赤い粒子が飛び回っていており、他のものとは様子が異なっていた。



「これにしようかな」

 ケースを開けてもらい、彼女は恐る恐る手を伸ばす。

 そっと掴んでみると意外にも手に馴染む。


「やばそうだけど……まぁいいんじゃない?」

 ヴィタも一応の賛成をしてくれたのでユリアはその杖を買うことにした。



  ◇


 家へと帰り、早速杖を使おうとしたユリアにヴィタが声をかけた。


「格好もあれね。ちょっと待って。昔買った服があるんだけど着てみない?」


 確かに、魔法使う人ってみんなそれっぽいの着てるよな、と思ったユリアは頷く。


「サイズ、合うといいんだけど」


 ヴィタが衣装ケースの中を探り始めた。

 下着やらスカートやらがゴソゴソと部屋に散らばっていく。


 ユリアはここにきてから彼女の服を借りていた。

 身長はヴィタの方が高かったが合わないということはなくゆったりとしていてその着心地はよかった。


「あった。これよ」


 ヴィタが取り出したのは黒いドレスのようなローブだ。

 スカートは短めでフリルが二段ついている。

 装飾は少ないがシンプルで可愛らしいデザインをしていた。


(勇者の頃はスカートなんて考えもしなかったな) 


 そう思ったユリアは下着姿になり、その服を着てみる。


「おぉ〜いいね、これ」 

 意外にもピッタリで驚いてしまう。

 多少足が出てしまうが気にならない。


 

「あら、いいじゃない。かわいいし似合ってるわよ」

「ありがとう、これなら大丈夫そう」

 そう言って彼女は早速杖を使ってみようとした。



「おおーー。すごいね、これ」

 その杖は彼女によく馴染んだ。


 魔素を集めることに特化しており、使用者のそれをよく吸収し、通常ならば二、三回振れば疲れてしまう。

 だが、彼女は魔素をもたない。

 そのため外部の自然に存在する魔素を出来うる限り集めようとしたのだ。

 


「これなら、いけそう」

 彼女は杖を前に突き出し、足を広げて杖の先端に魔素を留めようとする。

 ローブのおかげだろうか、より肌で空気を感じることができる。


 ゆっくりとだが魔素が動き、集まり始めた。

 緊張し、汗が流れ出す。




「あ」

 ダメだった。

 集まりかけた魔素はすぐに離散してしまった。

「まぁ、最初はそんなもんよ」とヴィタが落ち込むユリアを励ました。


ーーーーーーーーーーー



「賢者はどうしてたっけ……」

 ユリアは勇者の頃の記憶を思い出そうとした。


「あの魔法、綺麗だったな」

 賢者が杖を掲げ、その先端から氷の柱や風のやいばを生み出していた一連の動作を頭に浮かべてみる。



「私はどうしてたっけ…….」

 今度は自分のことを考えた。

 勇者の場合は光のエネルギーが魔法に用いられる。


 剣を握りそこに魔力を流す感覚。

 その先から〈光剣〉を飛ばす感覚。

 思い出せ、思い出せ、とかつての戦いの記憶をかき集めていく。



 やがて、

「やった! できた! 見てよヴィタ!」

 彼女は赤い魔素を杖の先に集めて球状に保つことに成功する。


「その杖、すごいわねぇ」

 ヴィタは目を開かせて感心している。


「いやいや、私は? なんかないの? まぁ杖もすごいんだけど」

「はいはい、すごいですね」

 ユリアはそう言うも、あしらわれてしまった。


  ◇


 ヴィタが教えてくれた知識と体が覚えていた幾多の戦いの経験が噛み合い、彼女が杖の先端から魔素から成る赤い刃、〈魔刃〉を飛ばすことに成功するのは、杖を買ってから一週間後のことだった。


 そして二人の訓練は次の段階へと移行していく。



「あれ、?」

 ユリアが目を凝らすと部屋の中にも魔素を利用したものがいくつかあることに気がついた。

 例えばヴィタが使っている包丁は刃物の部分が通常より切りやすくなっており、どんな物でも楽に切ることができた。

 かまどの火は魔法で起こされており、簡単に制御することができる。



 ヴィタの持っていたフードにも細工が施されており、被ると中が誰なのか周りから認識することができないようになっていた。

 ユリアが目を凝らして観察するとフードの前面に魔力で作られた光を乱反射する幕が薄らと張られていることが分かった。



「どう? すごいでしょ? うふふ」


 自慢げな笑顔でフードを脱いでみせるヴィタ。

 ユリアは思わず感心し、外の世界がどうなっているのかもっと知りたくなった。

 魔法を知ることによって彼女の内面にも変化が生まれたのだ。




 この時ユリアは『魔女見習い』の称号を獲得することに成功する。

 


 

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