ユリアとヴィタ

ーー魔王の攻撃は苛烈だが、勇者達も負けてはいない。

 魔王は黒いローブで体をすっぽりと覆い、顔はフードに隠され、その中は彼女達からはよく見えない。


 彼の掲げた杖から繰り出される火炎の波。

 賢者が生み出した水龍がそれを喰らい、相殺する。

 戦士が跳躍し、魔王に切り掛かった。

 彼女の身の丈以上の大きさの斧が、魔王の体を切り裂くが、手応えはない。

 ローブがはらりと地面に落ちるも、やがて浮かび上がり、その中に魔王だ。死んではいない。

 体を再生し、復活する。


 そこへ白く光り輝く剣を掲げた勇者が切り掛かり、魔王が杖でそれを防ぐも、フードがその衝撃で落ちてしまい、彼の顔が、あらわになる。

「お前はーー!!」


 そして、勇者は夢から、覚めたーー。




 少女の名前はユリア。

 黒いショートヘアに今は肌着を着ており、彼女は目が覚めると見知らぬ道端にいた。

 周りには森があるだけで辺りには誰もいない。

 勇者の剣と鎧がないことに気がつく。


 「どうしてここに……」と、昨日のことを思い出そうとする。

 遊び人のこと、洗脳された二人のこと。

 嫌な記憶だ。

 本当にあったのだろうか、と彼女は思うが、この場所に覚えがなく、勇者のスキルも使えない。


 やがて勇者の称号を奪われ、不要となった私は捨てられたのだ、と気がついた。

 彼女は沸々と怒りが湧いてきて、地面に拳を叩きつける。二人はどうなってしまったんだろうか。


 幸運なことに周りに魔物はいなかった。

 魔物には様々な種類がいて、人を襲うのは好戦的なゴブリンやオークといったやつらだ。

 この辺りは昨日魔族の襲撃もあり、群れを成しているものもいるかもしれない、となるべく早く安全な場所に辿り着くことを彼女は目的にし、道を進み始めた。



 勇者の称号は便利だった。

 称号を持つとスキルと素養の二種類の能力が手に入る。


 一つ目のスキルは魔力を行使する力である。

 例えば剣を強くする〈物質硬化〉、賢者であれば呪文を用いて魔力を炎や氷に変換する〈精製〉といったものがある。


 二つ目の素養は魔力を行使しなくても使える力だ。 例えば【周囲探索】は文字通り周囲の情報が分かる。

 【脚力増強】や【魔抵抗】、中には成長度に関わるものもあり、遊び人は【成長が早い】という素養をもち、勇者は【成長が遅い】を持っており、その分成長限界がなかったりする。

 誰でも何かしらの称号を持っていて他にも商人や町人、騎士の称号などが存在する。


 彼女は、と言うと称号が無になっていた。

 白紙、無職、空欄、他にも色々な言い方があると思うが、ここでは無ということにしておく。


 遊び人に奪われた称号を奪い返したいが、方法は思いつかない。

 ちきしょーー!! と彼女は心の中で叫ぶ。

「あの野郎、次会ったらボコボコにしてやるからな」とその様を想像して気を和らげた。

 

 しかし、これからどうしたものか。

 魔族との戦いに参加しても足を引っ張ってしまうし、かといって他に何かしたいこともない。

 いっそのこと農業を勉強して野菜でも作る自給自足の生活も悪くない。と思っていた。




「あら、あれは……」

 空からユリアを発見するダークエルフがいた。

 彼女の名前は「ヴィタ」という。

 胸元を覆う薄い白の下着と、肩にかけられた黒の模様のある白地の上着を羽織っており、腹部を露出している。

 下半身は短い黒のスカートとタイツを太ももまで履いており、靴も黒で、ヒールのある先の尖ったものだ。

 長い耳の赤いピアスが目立っている。

 その体格は人間と類似していたが、褐色の肌と白の長い髪、背中から伸びた黒い翼を用いて飛ぶ姿は明らかに人間のそれとは違っていた。

 ユリアの様子が普段と違うことに気がつく。

 装備はなく肌着で、仲間も連れていないようだった。



「勇者……よね?やっと見つけたわ」

 ふふっと笑い、チャンスと思った彼女は、ユリアに近づくことにした。




「なんだか、体が重いなぁ」

 ユリアが呟く。

 勇者の素養の中に【疲労軽減】というものがあり、今までの戦いで積み重なった疲労が一気に押し寄せていたのだった。


「あー疲れた。

 そもそもなんでこんな目に……勇者ってなんだよ。美味しい物食べたい」


 そう言って、道端の草の上に横になってしまう。

「今まで、勇者の力に頼りすぎてたのかなぁ……」

彼女の目から涙が出そうになった。ぐっと堪える。


「ほんとに勇者?

 それっぽいけど……、魔力を消して欺いてるのかも」

 彼女を観察するヴィタ。

 その弱そうなその見た目に疑問を抱いていた。


 そのことは知らずにユリアは立ち上がり、再び歩き出す。

 しかし、その足がふらつく。

 木の棒を杖代わりに使ってはいるが、転んでしまった。

 思わずヴィタは笑い出す。


「困ってるなら手を貸しましょうかー?」

 彼女は声をかけてみた。

 聞こえていないのか、ユリアは歩くことをやめない。


「ちょっと! 無視しないでよ!」

 声をかけるのに疲れ、彼女の前に立ち塞がった。


「うわっ!」

 驚き尻餅をつくユリア。

 ヴィタはまじまじとその顔を見つめ、

 (顔は確かに勇者なんだけど、なんだか……剣も持ってないし悲壮感に溢れてるわね)、と心の中で不憫に思う。



「い、命だけは!」

 ユリアが情けない声を出す。

 プライドもなくなっている。

「あなた、勇者よね?

 でも微塵も力を感じない……なんだか訳ありのようね」


 疲れ果てて今にも泣き出しそうな少女の顔をみて、呆れてしまったヴィタは、仕方がないので話を聞いてみることにした。



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