ヴィタの提案

「なにそれ。そんなひどい話、ありえるの?」

 ユリアはヴィタに事情を説明し、聞いてもらっていた。

「そうなのよ、ほんとひどいでしょ」

 ほとんど主婦の会話である。

 この辛さを理解してくれる人がいてよかった。美人のダークエルフなんだけど、と彼女はすっかり落ち着きを取り戻していた。


「それであんた、どうするの?

 勇者の力はもう使えないんでしょう?」

 ヴィタは真顔に戻り、疑問を投げかけて現実に引き戻すが、ユリアにはその大きい目が辛い。


「私、物心ついた時にはもう勇者で、行き場所なんてない……」

 そう言いながらこれからのことを考え、彼女の手足がぷるぷると震え出す。

 人間たちが求めていたのは彼女本人ではなく、勇者の力だった。

 のこのこと城へ戻っても、やれ出発の誓いはどうしただのお前には税金がかかってるだの、剣を返せだの無責任な言葉が飛んでくることは予想がついた。



「とりあえず奪い返さないとなぁ。放ってもおけないし」そう口に出してみるが、その方法はわからない。

「ふ〜ん。大変ねぇ」

 ヴィタが右手を口に当てて呟くが、本当に心配しているのかは、ユリアにはわからなかった。


 そういえば彼女の目的はなんなのだろう、と疑問を抱くが、なんかもうこのエルフになら食べられてもいいか、話も聞いてくれたし、と疑問は消えてしまう。



「その遊び人の名前はなんて言うの?」

「それは……あれ?思い出せない……」

 本当だった。賢者と戦士の名前も思い出せない。

 彼女は記憶を掘り起こしてみるが、すっぽり抜けている。


「どうやら勇者の力と一緒に一部の記憶まで奪われてしまったみたいね。存在を覚えているだけ、よかったじゃない」

 ヴィタが慰めの言葉をかける。


 だが、かけられた側は

「あのやろう! 

 賢者と戦士の名前まで!! 

 ふざけんなよ!!」と怒りで我を忘れている。



 やがて彼女が落ち着いた様子を見て、ヴィタは口を開く。

「ねぇ、私の魔力を使って、あなた魔女になってみない?」

「え?」

 ユリアの口から気の抜けた返事が漏れたので彼女は「まぁ、そうよね」と説明を始めた。


「魔族っていうのはね、魔力が人より強いの」


 なんでも、魔族は人間と比べ、より魔力に適応した体を持つらしい。

 そこで、ユリアの体に死なない程度の魔力を流し、体を慣れさせることで、魔法を扱えるようにする、というのが彼女の提案だった。


「あんたの体を魔族のそれに寄せるわ、もしかしたらだけど魔女になれるかも」

 いかにも真面目そうに彼女は言う。


 また、魔女になる上で、条件がいくつかあるらしい。

 「一つ目は身体ね。まぁ勇者なら大丈夫だと思うけど」

 彼女の流す魔力に耐えられなければ、ユリアの肉体は悲鳴を上げ、苦痛で命を落とすかもしれない。


「二つ目はユリア、あんたには一応、私の捕虜になってもらうわ」

 形式的ではあるが、元勇者である彼女が魔女になろうとしている、なんてことが知れれば、騒ぎが起こる。それは身を隠すためのものであった。

 

「三つ目は、もし魔法が使えるようになったら、魔族つまり私たちの同胞ね。彼らにその力を振るわないって、約束できる?」


「この三つが条件ね。まぁあんたなら大丈夫だと思うけど……」



 ユリアは考えた。


(魔女になるってどんなんだろ……。想像つかない。火を起こしてお茶飲んだり?なんか本読んでるイメージ。あと薬作ってそう。若返りの薬とか! いいじゃん! 魔女!)

 条件さえクリアすればいいんでしょ、とだんだんとその顔に明るさを取り戻していく。


「そうだ。力がいる。

 魔女になって二人を救いに行くんだ……」

 目を閉じた彼女は心の中で誓う。


「なるよ、魔女に」

 その目を開いて彼女は誓った。

 ほぅ、と提案したヴィタ本人が、承諾がこんなに早く返ってくると思ってはおらず驚いた顔を見せる。


「じゃあひとまず私たちエルフの暮らす第六領に行くことになるわ。大丈夫?」

 彼女は念の為、確認した。



 少しの間を置いてユリアの口が開く。



「私からも一つ条件があるの。あの、私と友達になってくれない?」

「そんなことなら、いいけど」


 それは短い会話だったが、二人は友達になった。

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