運命の人

 初めて会ったのは確か入学して間もない頃だった。移動教室か何かの為に楓と廊下を歩いていた時に目の前からやってきた君と目が合った。既に君は素行と女癖の悪いヤバい奴だって学校中の噂になってた。だから友達なんて居なくて、1人で何かを探すように歩いていたのを今でも覚えてる。


 それからしばらくして君は停学になったり、そもそも来なかったりと見かけることは少なくなっていった。今にして思えば退学になってないのが不思議だ。


 そして夏休みのある日。楓から古着を買いに行こうと誘われたので付いていくことにした。折角のお出かけだったのに楓は自分の服選びに夢中で、私はなんだか蚊帳の外だった。「まぁ楓が楽しければ良いか」なんて思いつつ後ろを付いて回っていただけだった。

 そんなショッピングモールへのお出かけの最中で、「お腹が痛くなった」と楓がトイレに行った。私はトイレの近くで楓を待っていると、男の人にいきなり声をかけられた。


「え、お姉さんめっちゃかわいいね」


「へ?」


 あまりにも唐突なナンパで私の思考は固まった。こんなショッピングモールでナンパされるなんて思ってもなかったし、声をかけてきた男の人の見た目が典型的なチャラ男って感じなのもビックリした。今時こんな人いるんだなって。


「今1人?昼御飯まだなら奢ってあげるからさ」


「いや……連れがいますから…」


「そっかぁ……じゃあ連絡先だけでも交換条してよ!」


 全然めげてくれないナンパに私は怖さを覚え、早く楓が出てきてくれることを祈るしかなかった。しかし、そんな私を助けてくれたのは楓じゃなかった。助けてくれた人は楓よりも背が高くて、ナンパしてきた男の人よりも更に声が低い見るからにヤバそうな人だった。


「オレの女にナニしてんだ短小」


「あ?んだと………いやっ…」


 後ろから罵声を浴びせられ、怒ったナンパの人は勢いよく振り返ったが、敵に回してはいけない相手であると一瞬で悟って縮こまった。


「どした?ヤらねぇのか?ナンパも下手くそなら喧嘩も出来ねぇのか?」


「くっ…………うるせえっ!」


 ナンパの人は挑発にのることも出来ずに逃げるようにどこかへと走っていった。私は一安心しつつも、次の恐怖へとすぐに向き合った。


「………ありがとうございます」


「礼を言われるほどでもねぇよ。アンタが声かけられるまで待ってたんだからな」


「…というと?」


「簡単な話だ。手頃な女を捕まえようとフラついてたら男とつまんなそうに歩いてる可愛い女を見つけてよ。チャンスを伺ってたら馬鹿が女の後ろを彷徨いてた。その馬鹿から助けてやればコロッと落ちてくれそうだと思ったんだよ」


「…………全部言うんですね」


 ナンパをしようとしていたという事を考えればさっきの人と何ら変わりはない。だというのに不思議と不快感を覚えなかった。助けられたからなのか。それとも私が彼を知っていたからだろうか。


「ま、チョロそうってのは勘違いだったみたいだしな。アンタは意外とお堅そうだ。良い女であることには変わりねぇがな」


 彼はそう言うと私に別れを告げてその場を去ろうとしていた。少し彼の事が気になってしまっていた私はその大きな背中に声をかけてしまった。


「井伏くん」


「…………なんだよ」


「いつか刺されるよ」


「へぇ。そりゃ面白い。オレは刺されるならアンタみたいな女にお願いしたいね」


 君は名前を呼ばれたことで明らかに動揺していた。だがわざわざその事について言及せずに私の忠告に対して冗談めかして答え、「待ってるぜ殺し屋さん」と手を振りながら次の女の人を探しにいった。


 それから君と会うことは一度もなく、そんな馬鹿げたやり取りもすっかり忘れていた。2年生の6月に久しぶりに君の顔を見た時は流石に驚いた。人を殺してそうな目をしてたのにちょっとだけ丸くなってた。そこから色々あって……本当に色々ありすぎて、君と付き合うことになってしまいました。


 君にとってのあの日の私はナンパに失敗した女のうちの1人に過ぎないんだろうけど、振り返ってみればあの日が始まりだったのかもしれない。



「ね?零央くんもそう思うでしょ?」


「思うからこの話の流れで包丁を持ってくるのをやめてくれ」


「え、あ、ごめん。玉ねぎ切ってたからさ」


 今日はふと作りたくなったので零央くんの家にお邪魔して料理を作らせてもらっていた。それにしても零央くんは本当に丸くなった。髪は黒くなったし目付きも柔らかくなってる。実は最近ちょっと太ったらしい。いいねいいね。


「いやでも良かったなぁ。零央くんが誰にも刺されてなくて」


「その心は?」


「だって私が刺せるでしょ?」


「………肝に命じておきます」


「冗談だって!私ってばあんまり重い女じゃないよ?そんな簡単に刺すわけないじゃん!」


「…………晩飯楽しみだなぁ」


 何故だか遠い目をしている零央くんの事が気になりつつも、楽しみにしてくれている彼氏の為にも腕によりをかけて美味しい晩御飯を作るのだった。

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