『私の味』

「~~~♪」


 早朝。鼻歌交じりに台所に立つ。


「……うん。良い感じ」


 味を確認し、我が家にはなかった赤味噌で作った味噌汁を魔法瓶に注ぐ。残りは朝御飯と共に出すとしよう。


 卵焼きは甘めに作り、昨日のうちに作っておいたきんぴらごぼうと共に詰める。そのふたつの下にレンジで温めていたお弁当用の冷凍ハンバーグを3つほど並べ、色味を補うためにほうれん草のおひたしを軽く添える。最後に炊き立てのご飯をよそえば……


「…………よし」


 完成したお弁当を保冷剤と共に包み、忘れないようにとすぐに鞄に入れた。

 その後、自分の分のお弁当を作っていると、両親の寝室から物音が聞こえ、眠気眼を擦りながら父がリビングへとやってきた。


「おはよう……」


「あ、おはよう父さん。今日は早いね」


「良い匂いがしたもんだからな……」


「もう……すぐに朝御飯も作るから顔を洗って起きててよ。二度寝はダメだからね。母さんに言いつけるから」


「はーい……」


 そうして自分の分のお弁当を手早く作り終え、朝御飯の準備に取りかかっている時に母が目を覚まし、そのまま朝御飯を作るのを手伝ってくれた。



「「「いただきます」」」



 家族3人で朝から食卓を囲む。何気ない事だが大事な習慣。私はこの時間がとても好きだ。


「…………すっかり栞の味だなぁ」


 私の作った味噌汁を飲みながら感慨深そうに呟く父。


「それどういう意味?」


 あまりに唐突で意味不明な発言をした父に理由を聞く。すると父は隣の母と顔を見合わせ、ふたり揃って笑いだした。


「いや…………なぁ?」


「そうね………栞の味だわ」


「………むぅ」


 最近両親は私の事についてこうやってはぐらかす事が増えた。何か見透かされているようでどうにも落ち着かない。


「そんな事より。どうなんだ最近出来た友人とは」


 ふたりを睨み付けていると、父は話題を切り替えた。でもこうなったらどうせ追及しても答えてくれない。仕方なく私はその問いに答えることにした。


「どうもこうもないよ。ただの友人だし」


「そうか………」


 私の淡白な答えに父は何か言いたげな顔をしていたが、父がその何かを言うよりも早く、今度は母が私に問いかけた。


「お弁当。喜んでもらってる?」


「それは…………」



『ありがとう!旨かった!』



「………………うん」



「そう。なら良かったわね」


「…………ほんとに……良かったなぁ……」


「……なんで泣いてるの?」


 ただ世間話をしていただけなのに何故か父が泣き始めてしまった。


「年取るとなぁ………涙脆くなんだよ……」


「いやだから泣いてる理由を聞いてるんだけど……」


「まぁまぁ。お父さんをいじめないであげて」


「えぇ…………」


 結局父は私が家を出るまで泣き止むことはなく、私は心に謎のしこりをかかえたまま学校へと向かうのだった。





「センパイ!そのハンバーグ分けて下さい!」


「なんでだよ俺のだぞ」


「3つもあるんだからいいじゃないですか!」


「はいはいふたりとも仲良くな」


 その日の昼休み。今日もいつものように皆で生徒会室で過ごす。週末には夏休み。それが明ければすぐに生徒会選挙だ。4人でここに集まるのもあと数回といった所だろう。


「ほら今日はお味噌汁だ。燈ちゃんの分もあるぞ。もちろん七海もな」


「ありがとうございます!」


「ありがとう栞ちゃん」


「…………あざっす」


 魔法瓶に詰めてきた味噌汁を皆に振る舞う。3人とも美味しそうに味わってくれて、作ってきた身としてはとても嬉しい限りだ。


「ふはぁ……おいしぃ…………会長さんの味がします……」


「……私の?」


 味噌汁を飲んだ燈ちゃんが父の発言と似たような事を言い出した。それが気になった私は朝の家族との会話の意味を皆に聞いてみることにした。


 すると……



「なるほど……公認、と…………」


 七海はよく分からない事を呟き、


「優しい味ってことですね!」


 燈ちゃんは笑顔で答え、


「………………スゥ…………」


 井伏くんは目を反らした。


「どうした井伏くん?何か思い当たるフシでもあるのか?」


「いやぁ……はは…………」


 何故か気まずそうになった井伏くんを見て七海が満足そうにニヤニヤとし、その七海に対して井伏くんが「ちげぇよ」とぶっきらぼうに返し、更にその様子を見ていた燈ちゃんが「ボクのです!」と七海を威嚇し……と、最近のお決まりの流れになってしまった。


 私が聞きたいことは結局有耶無耶のまま終わってしまったが、皆が楽しそうだから邪魔するのも良くないだろう。


 そう思い、私はこっそりと撮影しておいた井伏くんの寝顔を見ながら、もう残り少ない掛け替えのない時間を過ごすのだった。

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