【人気投票発表回】二度目の文化祭でも選ばれたい 前編

 10月16日木曜日。


 あれから時は過ぎ、俺は3年生になって二度目の秋を迎えていた。ほとんど成り行きで入った生徒会も引退し、副会長の椅子は桜に譲ることになった。ちなみに生徒会長は燈だ。


 今年の文化祭では俺のクラスは演劇をすることが決まり、話し合いで俺は乃愛から主役を押し付けられた。乃愛は明らかに何かを企んでいたが、表情から悪いことでは無さそうだと感じたので従うことにした。

 ある日の放課後。トイレから教室に戻る途中で後ろから肩をポンポンと叩かれた。振り返ってみると書類の入ったフォルダを抱えている燈がいた。


「お疲れ様。主役はどう?台詞とか覚えれてる?」


「まぁぼちぼちってとこかな。そっちこそお疲れ様」


 2年生になった燈は少し大人びた雰囲気を纏うようになっていた。本人は「成長したボクの新しい魅力ってやつかな?」なんて言っているが要するにカッコつけてるだけだ。学校以外だといつも通りの燈に戻る。

 とはいえ、しっかりと生徒会長として皆の支持も得られているし『陸上の王子様』なんて呼ばれてたりもする。そんな燈と軽く世間話をしつつ、文化祭でのとあるイベントについて教えられることになった。


「今年は2日目にミスコンをする予定なんだけどさ、零央はどう思う?」


「……面白そうだな」


 求められてる答えは分かりつつも一旦濁す。ミスコンをやりたいと言い出したのは姫崎らしく、折角美人ばっかりなんだからやらなきゃ損だとかなんとか。哲平が苦笑いしながら振り回されていた。


「分かってないなぁ零央は……」


 答えを濁した俺に対して燈は「やれやれ」と首を横に振り、オーバーなリアクションをとりながら説明を始めた。


「ミスコンってことは誰かを選ばなきゃいけないってこと!投票は1回!もちろんボクもエントリーするし、乃愛さん達もする!つまり!零央の一票が大事ってわけ!」


「ものすごいデジャヴ……」


「6股してる人が悪いんでーす!」


 1年前を思い出し、大事な大事な一票をどうしようかと悩んでいると燈の後方から厳しめの声が飛んできた。


「燈会長。遊ばないでください」


「うぇっ……敬語はやめてってば…」


 燈に敬語で注意したのは副会長になった桜で、そのまま燈へとUSBを渡した。


「これ去年の台本。丸パクりはダメだからね。ちゃんと自分の言葉に変えてよ」


「………桜が書いてよ」


「嫌。ほら早く生徒会室に戻って」


「はい……」


 しなければいけない仕事を渡された燈は肩を落として生徒会室へと向かっていった。その王子様とは思えない情けない後ろ姿を見届けている桜は大きなため息をついた。


「ほんっと世話の焼ける生徒会長だよね…」


「お疲れ様です」


 少し背が伸びた桜は燈についていく訳でもなく、かといってどこかに向かうわけでもなく俺の隣に立っていて、チラチラと見てきていた。俺はそれを敢えてスルーし、その場を離れようとした。


「……私は別にどうでもいいんだけどさ」


「…………はいなんでしょう」


 教室に戻ろうとした瞬間、痺れを切らした桜がそんな前置きと共に語り始めた。


「ミスコンさ。零央さんは誰に投票するつもりなの?」


「………悩んでる」


「ふぅん……あっそ。ま、私も子供じゃないし、どうでもいいんだけどさ」


「そっか。じゃあエントリーもしないんだな」


「………………そうとは言ってないじゃん」


「どうでもいい」なんて言っておきながらエントリーしないわけではないらしい。まぁそんなことだろうとは思っていたが。


「……とっとと戻れバーカ」


「はいはい。桜も頑張ってな」


「…………ぅん」


 学校ではツンを崩さなくなった桜に罵倒されつつも俺はお返しと言わんばかりに背中を軽く叩いて応援した。そんな励ましを受けた桜は気合いが入ったような顔になりながらも頬を赤く染めていたのだった。





「あ、零央くん」


 燈と桜に出会った後で俺は七海のクラスを覗いてみることにした。チラリと見ただけなのだが七海がいち早く反応し、俺の元へとやってきた。


「お疲れ様。そっちの演劇絶対見に行くから頑張ってね」


「おう。七海こそお疲れ様。調子はどうだ?」


 廊下で七海と世間話をしつつ、「そういえば」とミスコンの件について尋ねてみることにした。


「七海もミスコンに出るのか?」


「まぁ一応……あんまり気乗りはしないんだけど燈ちゃんがね…」


「嫌なら無理しなくていいんだぞ?」


 そう言うと七海は少し悩み、苦笑いしながら答えた。


「私が参加しても票なんて集まらないだろうから目立たないだろうし、私的には零央くんの一票さえあれば嬉しいもん」


「………さいですか」


 自分には人気がないと思っている七海だが、現在周囲の男子からの視線が凄まじく痛い。だがそれを指摘すれば七海が恥ずかしがって色々と面倒なことになる。今教えなくてもミスコンの時に嫌でも分かるだろうしな。ちょっとしたイタズラ心だが、その時の顔も見てみたい。


「どうしたの零央くん?」 


「いや……文化祭頑張ろうな」


 不思議そうな顔で見つめてくる七海に別れを告げ、俺はようやく自分の教室に戻ったのだった。




「え?ミスコン?」


 教室に戻り、台本の読み合わせを乃愛としていた時についでだからと乃愛にもミスコンについて聞いてみることにした。何かを企みがちな乃愛の事だから今回も考えているのだろうと思ったのだが、乃愛の答えはあっけらかんとしたものだった。


「これといって何も考えてないよ?琴音ちゃんに誘われたから出るってだけで、零央くんが誰を選ぼうとも気にしないよ」


「そ、そうか…」


「まさか私がまた何か企んでるとでも?心外だなぁ……ミスコンは何もしないってば」


「ミスコンは何もしない」ということは他で何かをやらかすつもりなんだろう。わざわざこんな言い方をするということは覚悟しておけということだ。それにしても一体何をするつもりなのか……当日までのお楽しみにしておこう。




 その後は文化祭に向けての準備に取り組み、夜遅くに帰宅。1年前までは1人だった部屋には既に明かりが灯っており、台所にエプロンをつけた栞が立っていた。


「おかえり」


「ただいま」


 栞が大学生になり、同棲するようになって5ヶ月ほど。最初は恥ずかしかったやりとりも最近では慣れてきて生活の一部になっていた。

 栞が料理を作ってくれている間に風呂に入り、一緒の食卓を囲む。それぞれの学校生活について話していると自然と話題は文化祭のことになり、ミスコンの話をすることになった。


「卒業生なら飛び入りも出来るらしいぞ」


「するわけないだろ。私は卒業した身で、主役は在校生だ。それに皆での勝負という点で見ても私は1人勝ちしている立場だしな。大人げないだろう?」


「別に誰も気にしないと思うけどな」


「私が気にするんだ。ほらいいから食べろ。冷めるだろ」


 栞に話を切り上げられ、また別の話題を話しながらその日は過ぎていくのだった。

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