ほろ酔い彼女達 後編

 ―七海の場合―


[【飲酒雑談】マシュマロをモグモグする]



『次の~マシュは~……【最近彼氏とはどうですか?私は最近マンネリ化してきてて少し辛いです。よければ長続きする秘訣を教えてください】…とのことで~す』


 深夜。画面の向こうにはアニメのような女の子のキャラクターが居て、視聴者からの色々な質問に対して答えていた。彼女は通称「バーチャルライバー」と呼ばれる存在で配信や動画を通して様々な活動をしていた。

 そしてそんなバーチャルライバーは彼氏彼女が居るなんて公にはしないものなのだが、今まさに質問に答えている彼女は恋人がいると隠していない。正確に言えば隠していたのだがとある事件をきっかけにバレた。

 その事件の前までは清楚だったはずの性格だったが、今ではサブカル知識を早口で語るというただの女オタクになってしまった。服装も純白のドレスだったのが、同じ白は白でも「オタク」とデカデカと胸元に書かれたTシャツにズボンはジャージというズボラの化身のようになっていた。


 とはいえ、彼氏バレ以降の開き直った活動スタイルや、どこか親近感の湧く彼女には以前よりも沢山のファンが付き、今は所属している事務所の中でも売れっ子な方である。



『私はね~実は高校の時の同級生なんだよ~だから結構長いんだ~……あ、高校って言ってもアレだから。日本じゃないから!元の世界の、高校的なところ!』


【親の惚気より聞いた導入】

【いつもの】

【詠唱開始】

【そこの設定を守る気があるのは褒めたい】


『……いやいや今回はしょうがないでしょ。そんなに言うならたまには皆の惚気も書いていいよ』


【は?】

【急に刺しにくるじゃん】

【わァ…………あ……】


『ごめんごめん。みんなのことも大好きだから泣かないで~。……それじゃあ気を取り直してマシュに戻るけど~』


 沢山の視聴者のコメントとお約束になったやり取りをした後で、彼女は質問に答え始めた。配信が始まって既に2時間程度は経過しているが彼女は疲れた様子を見せず、なんなら酒が入っているからか普段よりも饒舌に語っている。


 それからまた2時間後。視聴者からのスーパーチャットを読み上げ、後はもう配信を閉じるだけだった。


『じゃあ~またね~』


 画面が切り替わり、エンディング用の映像が流れる。こうなれば普段なら数秒程度で配信は切れるのだが………


『今日も楽しかったなぁ……明日は昼からコラボで……起きれるかなぁ………起こしてもらわなきゃ……』


【本編】

【こっちも楽しかったよ】

【絶対起きれないゾ】


 案の定というかなんというか配信は切れておらず、私生活の音がダダ漏れだった。視聴者も最早慣れきっており、この状況を楽しんでいた。そんな中、俺はすぐさま七海の部屋に行ってドアを勢いよく開けて部屋に入った。


「うぇっ!?びっくりしたぁ……起きてたんだ………」


 俺は一言も喋らずにただPCを指差した。その行為だけで七海には充分伝わり、酒を飲んで赤くなっていた顔は一瞬で青ざめていった。


「うわわっ!?何も聞いてないよね!?切り抜き禁止だからぁ!!!」


【お勤めご苦労様です】

【イケボ聞かせろ】

【もうこれ見せつけてるだけだろ】



[配信は終了しました]



 七海はあれやこれやと操作し、配信を今度こそ終了した。俺もちゃんとスマホで切れてる事を確認し、その後で疲れきっている七海に詰め寄った。


「おい」


「はぃ……」


 ゲーミングチェアに座っている七海は縮こまっており、先程までの楽しそうな声色から一転して怯えているような声を出した。机の上には強めのハイボールが5缶ほど置いてあり、俺は心を鬼にして七海に告げた。


「しばらく配信がある日での酒は禁止だ」


「うぇ!?そんなぁ!?私からお酒を取り上げるって言うの!?」


「当たり前だろうが!これで何回目だ!」


「1缶だけにするからぁ……!」


「やめろくっつくな!」


 七海は大袈裟なリアクションを取りながら俺に抱きついてきた。その大きな胸をギューギューと押し付け、俺を絆そうとしてくる。こうすれば俺が優しくなると思っている。だが今日の俺は違う。そろそろこれくらい厳しい事を言わないととんでもない事故を起こされてからでは困るんだ。


「ねえねえねえお願い零央くん!他ならなんでも言うこと聞くから!」


「っ………そんなことでっ……!」


「お願いお願い!大好きだよ零央くん!」


 七海は酔うと多少ワガママになる。酒に弱い訳ではないのでなかなかお目にかかれないが、今日は飲酒雑談だったのでかなり酔っている。そしてこうなった七海に俺は弱い。それを七海も理解しているのでかわいらしい上目遣いで見上げ、谷間を強調しながら迫ってくる。


「コラ」


 俺と七海がそんな馬鹿みたいなやり取りをしていると、開いていたドアの方から怒り心頭といった桜の声が聞こえてきた。ふたりで声がした方を見てみると腕を組み、ぶちギレている桜が俺達を睨み付けていた。


「2人とも禁止。早く寝ろ」


「「はい……」」


 桜の怒りを喰らった俺達は一気に落ち着きを取り戻し、俺はそそくさと寝室に帰って寝ることにしたのだった。




 ―乃愛&零央の場合―


 俺と乃愛が二十歳になり、折角だからということで予定が合う日に2人だけで居酒屋デートに行くことになった。俺はもう少しオシャレな所に行こうと思っていたのだが、乃愛が「いっぱい食べて飲める所が良い」と言うので駅前の普通の居酒屋にゆってきた。


「お酒と餃子………すごく合うねぇ……!」


「それな。マジで最高」


 乃愛は料理とビールを交互に味わい、まさに至福の時を過ごしていた。本人が言うには酒には強い方らしい。家で飲んでいても基本は酔わず、友達との飲み会でも1人だけピンピンしてるのだとか。

 そして酒が強いのは俺も同じで、そこそこ飲んでも意識を保てる。おかげさまで酔い潰れるなんて経験は今のところない。



 モグモグモグモグ……


「………………」


 ゴクゴクゴク……


「………………」


 モグモグ…ゴクゴク…


 対面に座っている乃愛の様子をひたすら眺める。食っては飲んで食っては飲んでとひたすらに繰り返している。


「おいしぃ…………最高……!」


 最近ダイエットをしてるという話をされた気がするが、こんな幸せそうにしている乃愛を邪魔することは出来ず俺はそんな乃愛の表情をつまみに酒を飲んでいた。


「ぁ………なんかごめん……」


「ん?何が?」


「私ってば食べてばっかりで……」


 急に箸を置き、こちらを見て申し訳なさそうに呟く乃愛。確かにさっきから食べてばかりで会話はあまりしていなかったが、そんなこと俺は気にしていなかった。


「気にすんなよ。俺は乃愛が美味しそうに食べてるとこ見るの好きだからさ」


「ぅぇ……ねぇ酔ってる?」


「あー…………かも?」


 酒が入っているせいか恥ずかしい言葉が口からアッサリと飛び出した。そんな俺の恥ずかしい言葉を聞いた乃愛は右手で自身の顔をパタパタと扇ぎ、なんとか顔の火照りを冷まそうとしていた。


「ダメだ。私も酔ってるかも。すっごく恥ずかしいや」


「……かわいい」


「…………やめて。今はダメ」


「めっちゃかわいい」


「もぉぉ……ダメだってばぁ…」


 俺もだんだんとおかしなテンションになっていき、ポンポンと何の恥ずかしげもなく言葉が飛び出ていく。反対に乃愛は必死に顔を隠そうとしていて、褒められまくって更に赤面していた。チョロかわいい。


「乃愛に会えて良かった。愛してる」


「んんんんっ………覚えてろよぉ……!」


 一度言葉にしてしまったらもう止まることは出来なくなってしまい、俺達は居酒屋だというのにバカップル丸出しの会話を繰り広げてしまったのだった。



 しかしその数日後の休日……



『乃愛に会えて良かった。愛してる』


「スゥー……………」


「これ。グループに貼られたくないよね?」


「はい………申し訳ございませんでした」


 俺は突然乃愛の家に呼ばれ、乃愛の部屋で動かぬ証拠を突き付けられていた。俺はその証拠達を前にして正座し、ずっと頭を垂れていた。


「私はやめてって言ったよね?」


「はい……」


「なんでやめてくれなかったのかな?」


「………照れてる所が可愛くてつい」


「私はすごく恥ずかしかったんだけど。いやまぁ嬉しかったのもそうなんだけどさ、それとこれとは別なんだよね」


「申し訳ございませんでした……」


 あの日の恥ずかしい台詞集を共有されない為にも必死に頭を下げる。こんなの皆に知られたら確実に言わされる。素面では言えないような恥ずかしい台詞のオンパレードだ。あの時は立場が逆転していたからと完全に調子に乗っていた。その結果がこうだ。因果応報ってやつかもしれない。

 そうして俺が反省していると、乃愛はため息をついたかと思えばボソッと呟いた。


「ああいうのはふたりきりの時だけにしてよ」


「ああいうの?」


「………かわいい、とか。愛してる、とか。言葉にしてくれるのは嬉しいけどさ、その、恥ずかしいんだってば。流石に」


 乃愛は口元を抑えつつ、なんとか冷静さを保とうとしていた。そんな乃愛の様子がまた可愛くて、性懲りもなく本音を伝えた。


「めっちゃかわいい。愛してる」


「…………私も。愛してる」


 二十歳にもなって俺達は恥ずかしい言葉を伝え合い、甘い雰囲気に流されるがままにイチャイチャしたのだった。




 ―燈の場合―


 とある雑誌のインタビューにて。


『世良選手はお酒は飲まれますか?』


『飲みませんね。二十歳になった時に飲んだこともありますけど美味しくなかったですし、パフォーマンスも落ちますので』



「うーん……ストイック」


 とある休日。燈が大学の陸上大会で活躍した時の雑誌のインタビューをリビングのソファに座って読んでいた。


「実はこの話には続きがあるんだけど」


「続き?」


 俺の隣で一緒に読んでいた燈が酒に対するインタビューの部分を指差した。俺がその言葉の意味を聞き返すと、燈は呆れた様子で続きとやらを話してくれた。


「酔ったせいでやらかしたくないんだよ。お酒に関する失敗談なら沢山聞いたからね。聞きたくもないのに身内から出てくる出てくる…」


「…………ごもっともで」


「まぁそれともう1つ」


 飲まない理由としてはもっともな意見を言われ、俺が今までの様々な失敗を振り返っていると燈が急に抱きついてきた。


「ボクを酔わせられるのはセンパイだけですから……的な!」


「………へいへい」


「あ、照れてる?久しぶりにセンパイって言われて照れてる?それとも敬語が好きとか?もぉ欲張りだなぁ!仕方ないから後輩に戻ってあげます!ね!センパイ!」


「……うっさい離れろ」


「あいたたたっ!あっ……この感じっ…懐かしいです……!」


 うざったく抱きついてくる燈の頭を鷲掴みにし、無理矢理離そうと試みる。そんな懐かしい攻防を繰り広げながら今日も今日とて平和な日々が過ぎていくのだった。


       

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