ほろ酔い?彼女達 前編

 ―栞の場合―


 栞が二十歳を過ぎたある日。流石に慣れてきた同棲生活の中で、ふと気になったことがあったので互いに大学のレポートを書きながら栞に尋ねてみることにした。


「そういえば栞ってさ。酒飲まないよな」


「……なに?飲んでほしいの?」


「いや、そういうわけじゃなくて。ほら二十歳なのになぁって」


 俺なんか前世では二十歳になった瞬間にコンビニで酒を買って挑戦した。だから気になったりしないのかと思ったのだが栞の答えは案外冷めていた。

 昔の俺が子供すぎただけなのかと思って少し恥ずかしくなっていたが、栞は部屋の壁を指差して理由を語ってくれた。


「近くに良い見本がいるからさ。零央に迷惑かけたくないし」


「あー……そういうこと」


 良い見本というのは指を差した先の部屋にいるとある大人の事だろう。あの人は弱いのによく飲む。真面目な栞なら慎重にくらいなるだろう。

 だがそんな理由なのであればむしろ見てみたい。俺は二十歳になったら飲むつもりだし、折角なら一緒に飲みたい。


「なぁ栞。明日は三限からだろ?」


「そうだけど」


「……ちょっと飲んでみれば?俺なら多少の迷惑なら大丈夫だからさ」


「えぇ……なんか企んでるじゃん」


「企んでないよ。お隣さんから貰ってくる」


「…………1つだけね」


 正直酒を飲んだ栞が見てみたかっただけだが、そんな俺のわがままに栞が付き合ってくれるというのでお隣から弱めの酒を貰って栞に振る舞った。



「………………」


「どうだ?」


 栞は渋々といった様子で一口飲んでくれた。栞が飲んでいるのはほとんどジュースのような酒だ。流石にこれなら酔わないだろうと思い選んできた。

 とりあえず一口飲んだ栞は意外そうな顔で頷くと、飲んだ感想を語り出した。


「思ってたよりは美味しい。それにあんまりアルコールって感じがしないし。これなら……うん。一つくらいなら飲んでもいいかも」


「そっか。まぁあんまり飲み過ぎても良くないって言うしな」


 栞の初めてのお酒は至って普通の感想で終わり、俺達はレポート作りを再開した。


 しかしその3分後………



「なあれお」


「ん?どうし……顔赤っ!?」


 どこかふやけている声で話しかけられ、顔を上げて栞の方を見てみると顔を真っ赤にしていた栞がトロンとした目付きでこちらを見ていた。


「なんだか…ねむい……」


「完全に酔ってる……でも一口で酔うなんてそんな……ってまさか!」


 俺はすぐに栞に渡した酒缶を手に取った。すると予想通り缶の中には何も入っておらず、空になっていた。


「栞さん、全部飲みました?」


「ぅん……のみやすかった」


「………やらかしたぁ」


 最初に注意しておくべきではあった。飲みやすいからこそ一気に飲んでしまい、その分酔いやすくなってしまうと。だとしても1缶でここまで酔うとは思わなかったが、どちらにせよ俺のせいだ。


「なんだれお。わたしはよってないろ。ちょとねむくなったらけだ」


「……そうだな。じゃあ寝ような」


「だから、よっぱらいあつかいするな!よってない!ようわけない!」


 どう考えても酔っぱらってる奴の台詞でしかない。呂律も回らなくなってるし、口調の昔の強めの口調に戻ってる。


「でも眠いんだろ?じゃあ寝た方がいいよ」


「……まだきすしてらい。れぽーとしないとできないから、おわらせるんだ」


「いやでも………文字書けるか?」


「だから、よってらい!なんどもいわせるな!おこるぞ!」



 自分で飲ませて、迷惑かけていいとまで言った俺が全部悪いし、本当に栞には申し訳なく思ってるんだけど、これだけは言わせてほしい。


 すっっっごいめんどくさい!かわいいけど!



「ざんねんだったなれお。わたしをよわせてわるいことしようとしたんだろ。ほんとうにわるいやつだなおまえは」


「……すいません」


「だいたい!だいがくではなにもしてないだろうな!わたしたちがいないからとちょうしにのってないだろうな!」


「乗ってないよ。栞なら分かるだろ?」


「……まぁな!」


 誇らしげに胸を張る栞。するといきなり立ち上がり、俺の隣へと移動してきた。コケないかと心配して構えてはいたが何事もなく隣に座り直し、俺の頭を両手で掴んできた。


「わるいやつには、おしおきだ」


 抵抗しようと思えば出来たが、だいたい何をされるのかは予想できたので俺はあっさり受け入れることにした。そして栞からテクも何もない唇を押し付けるだけのキスをされる。唇からは甘い桃の味がして、本当に悪いことをしている気分になってしまった。


「……………栞?」


「スー…………スー……」


 しばらくすると手の力が弱まり、俺は解放されることになった。そのまま俺に体を預けるように脱力している栞に声をかけると、なんともかわいらしい寝息が返ってきた。


「んんんんっ………!!!はぁ………」


 その可愛さに理性が弾け飛びそうになったが、ここで手を出しては本当に悪い奴になってしまうと考えた俺は全力で我慢し、寝てしまった栞をベッドに寝かせたのだった。



 翌日の朝。俺達は互いに全力で謝り、お酒はほどほどにしようというありきたりだけど大事な結論になったのだった。




 ―桜の場合―


 ある日の夜の事。高校の頃にバイトしていたバイト先の店長から久しぶりに連絡があった。


「お久しぶりです」


『久しぶり~。調子どう?うちに就職する気ない?いつでも歓迎してるよ~』


「今のところは無いですかね。それで用件はなんですか?」


 店長は通話越しでも酔っているのがなんとなく分かった。そんな店長に用件を尋ねると「そうそう!」と無駄に大きな声で説明を始めてくれた。


『安達さんをさ!迎えに来て欲しいんだ!本人からの要望!俺も会いたかったし!』


「………どうして?」


『まぁまぁ!場所は前に一緒に飲んだところ!待ってるよー!』


 それだけ伝えられて通話を切られた。店長は完全に酔っていたが、桜は酒を好んでは飲まない。理由はもちろん誰かさんのせい。しかし本人の要望とは珍しい。店にも恥ずかしいから来るなと言われてるのに……





 そんなこんなで以前にも店長と飲みに行ったことのある駅前の居酒屋の前に到着。近くの駐車場に車を止め、辺りを散策しているとどこからか懐かしい男性の声が聞こえてきた。


「おーい零央くん!こっちこっち!」


「どうも。お久しぶりです」


 声をかけられた方に視線を向けると、そこには6人ほどのグループが駅前のベンチの回りで楽しげに語り合っていた。店長以外には見たことない人達だ。男の人が2人と女の人が3人。俺が店長に挨拶をすると、女性グループが俺を見てキャッキャッしだした。


「うっわやば。こわっ」


「でも噂通りカッコいいかも!」


「……ど、どうも」


 流石に褒められて悪い気はしない。そうして俺が照れているとグループの内の1人が俺に抱きついてきた。


「だめっ!私の!」


「「キャーッ!!!」」


「「ウグッ…………」」


 突然の行動に対しての反応は男と女でキッチリ分かれていて、女は楽しそうに。男は苦しそうにしていた。そんな反応を見ながら俺は抱きついてきた彼女に視線を落とした。


「どうしたんだ桜?」


「どうもしてない!ホントのこと!」


「………店長?まさか飲ませたんですか?」


「いやいやいやいや!本当に事故だったんだよ!」


 普段とは違いすぎる桜のリアクションに俺は店長がまさかアルハラをしたのかと疑った。しかし店長は首をブンブンと横に振り、何があったのかを教えてくれることになった。



 曰く、桜は今日も飲むつもりはなかったらしい。そんな中、飲み会の話題は恋バナになり自然と桜の恋事情へと話が移っていった。俺とのツーショットを見せたり、色々な話をするなかで桜もどんどんテンションが上がっていき、間違って隣の席の女性の酒を飲んでしまったのだとか。

 といってもマッコイだったので大丈夫かと思われたのだが……一口飲んだだけで桜はエンジンがかかり、店長達の制止を振り切って飲みに飲みまくったらしい。弱いのに飲みたがる所が薫にそっくりだ。



 そんな桜が帰り際に俺の名前をだし「この時間でもすぐに迎えに来てくれるくらいラブラブだ」と主張したので今に至るというわけだ。ちなみに現在23時。寝てなくてよかった。



「ほら帰ろ零央さん!」


「はいはい。すいませんそれじゃあ」


「はーい気を付けて~」


 店長達に頭を下げ、俺は桜を連れて帰ることにした。車の後部座席に乗せ、なるべくゆっくりと安全運転を心がける。吐かれても困るからな。

 そんな俺の気遣いも知らずに、まだまだ酔いが覚めない桜は大声をあげた。


「デレデレしてた!私の彼氏なのに!」


「……ごめんなさい」


「もー!私のこと好きなんでしょ!」


「もちろん」


「もちろんじゃない!ちゃんと言って!」


「……好きだよ」


「うぇへへへ!私も!」


 最近は大人びてきた桜の子供っぽい一面は久しぶりに見る。呂律はハッキリとしてるが、色々と抑えていた何かが溢れているのかもしれない。

 とはいえ少しデレの比重が大きい。もしこれで桜が覚えているタイプだったら……明日は理不尽に怒られるだろうな。多分店長も。



 その後もずっと愛を叫んでいた桜は、皆(七海以外)が寝静まっている家に帰る頃には少し落ち着いており、案外素直に眠ってくれたのだった。



 翌朝。


「私さ、帰ってきた時に変なこと言ってなかったよね?」


「うん言ってなかった」


 桜はいつも通りに目覚め、朝御飯の準備に取りかかっていた。そんな桜を手伝っていると、神妙な面持ちで聞いてきた。記憶がないタイプで良かったと思い、俺はその問いに即答。桜は「なら良いんだけど……」と作業を続けた。

 どうやら俺が迎えに来たことすら覚えてないようだ。じゃあ一体どうやって帰ってきたと思っているのだろうと思ったが、余計なことは聞かない方が身のためだと聞かないことにした。


「……ねぇなに。なんでニヤニヤしてるの」


「いや?してないよ?」


「してるじゃん。朝からなに?」


「ごめんごめん」


「…………変な零央さん」


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