温泉旅行は満喫したい その2
温泉街というだけあって近くにはお土産屋やご当地の飲食店などがずらりと並んでいる通りがあり、俺達3人はあてもなくブラブラと歩き回っていた。
三連休ということもあり観光客が沢山いてはぐれないようにと桜と薫さんの手をしっかり握っていた。
だが薫さんは手繋ぎにまだ慣れないのか隙あらば手を離そうとしてくる。その度に強めに握ると「あぅっ……」と恥ずかしそうな声を出して照れている。
そんな薫さんを見かねた桜が少し怒ったような表情で注意し始めた。
「ちょっとお母さん。手繋ぎくらいで照れないでよ」
「でも………ねえ?」
「もっと恥ずかしいことしたじゃん」
「あれは………お酒入ってたから…」
「お酒を言い訳にしない!」
「はい…………」
文化祭以降、桜はどこか大人びてきた。本人は「元からだけどね」なんて強がってはいるがたまに年相応のテンションに戻る。燈といる時が良い例だ。
それでもツンツンすることも以前よりは少なくなり、俺としては寂しい時もあるが本人が変わりたいと思っているのなら止めることは出来ない。
なんてやり取りをしながら通りを歩き、桜が小物屋さんに目を付けて入っていった。そこには小さな干支の置物やお洒落なシャーペンなどがあり、桜が友達へのお土産を探すということでしばらく見て回ることになった。
桜が店内を行ったり来たりしている最中、俺と薫さんは向かいの店の饅頭を乃愛達へのお土産として買うことにしてふたりで並んでいた。もちろん手を繋いだまま。
すると薫さんは握っていた手をまたしても動かし始めた。離そうとしているのかと思って様子を伺っていると薫さんは指を俺の指の間へと潜り込ませ、俺もそれに答えるように握り直した。
「…ね、ねえ………零央くん」
「なんですか?」
「ふたりきりの時はさ………敬語はやめてほしい」
「……分かったよ薫」
「うぅぅぅ………っ!やっぱり恥ずかしいわね……」
俺からの敬語をやめさせ、顔を真っ赤にする薫。空いているもう片方の手で火照った顔を隠しながら恥ずかしそうにその意図を話してくれた。
「ごめんなさいね……こんなおばさんなのに…若い子みたいなお願いしちゃって……」
「……彼女のお願いならなるべく聞くに決まってるだろ?」
「……っふふ。『なるべく』なの?」
「そりゃ………たまにすごいワガママ言ってくる奴もいるし。深夜に『今から会えない?』とか言ってきたり、逆に朝から『走りに行こう』とか言ってきたり。毎日大変なんだよ」
「でも、全部応えてあげるんでしょ?」
「……………まぁ。なるべく」
それが俺が選んだ道だし、振り回されるのもなんだかんだ楽しい。それに皆と一緒の時間を過ごしたいのは俺も同じだしな。
「じゃあ私ももうちょっとワガママ言っちゃおうかな?」
「いいよ。なるべく聞いてやる」
「ふふっ。なら………」
薫は俺の耳元に顔を寄せると、色っぽく囁いてきた。
「今夜……皆が寝た後に、シましょ?」
「同じ部屋で寝るんだぞ」
「いいじゃない。声我慢して…すごく背徳的だと思うんだけど………ダメ?」
「…………考えておきます」
「お願いします」
薫の甘い誘惑に俺は強く抗うことが出来ず、悶々とした気持ちのままとりあえず饅頭を買ってから桜の元に戻ったのだった。
「ほらお母さん!蛙!可愛くない!?」
「あらホント。小さいのに綺麗ね」
「でしょ!ほらこれも!兎!」
桜はいくつか良いものを見つけたようで、嬉しそうに薫に見せていた。薫の前だとどうしても子供っぽくなるのはやはり親子だからなのだろう。そう思っていると桜は今度は俺の方を見て話を振ってきた。
「ね!ほら兎可愛いでしょお父さっ………」
「……………お、おう。可愛い…な」
「あらあら…」
桜は自分がとんでもない単語を口走ってしまった事にすぐに気づき、口を大きく開いたまま固まってしまった。俺も反応に困ってとりあえずスルーしてやろうかと思ったが、薫からの反応を受けた桜は一瞬で顔を真っ赤に染め上げ、凄まじい声量で叫んだ。
「違うから!!!!私は認めてないから!!そういうんじゃないから!!!」
「分かった……分かったから落ち着こうな?周りの迷惑になるからな?」
「そうよ桜。お父さんだって頑張ってるんだから」
「ちょっ…薫さん!?」
「違うもん!!!」
「あぁもう………」
周りの人から見たら複雑な家庭環境なんだろうなと思われてることだろう。なんか生暖かい視線を向けられてるし。いや実際複雑なんだけど。複雑のジャンルがまた違う。
その後しばらく桜は拗ねてしまい、俺と薫でなんとか機嫌を取りながら旅館に戻ることにしたのだった。
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