ex6 姫崎琴音は変わりたい
怖かった。
好本くんに嫌われちゃうのが。
復讐を果たして、普通の女の子に戻ろうって思ったけど、私にそんな資格はないっていうのがすぐに分かった。
好本くんとの初めてのお出掛け。今までも何回か男子と遊びに行ったことはあったけどあくまでもギャルとしての私。楽しかったけど少し窮屈だったのもホント。だから好本くんには全部話したかった。話せると思ってた。
『あんなブスと付き合えるかよ』
だけど、そう考える度にアイツの声が聞こえてくる。所詮皆が見てるのは私じゃない。取り繕ったギャルの私。メイクも演技もやめればきっと離れていく。
結局私は好本くんに何も話せなかった。彼はずっと私をなんとか楽しませようと頑張ってくれた。なのに私は愛想笑いしか出来なくて、情けなくなって、嫌われたくなくて、気づいたらホテルに誘っちゃってた。
精一杯ギャルっぽく頑張ろうとして、処女のくせに経験者ぶって、好きになって欲しくて、ビッチなギャルを演じきろうとした。
でも、好本くんは私じゃ興奮出来なかった。
おっきくならなくて、本人は緊張してるからって、そう言ってくれたけど、遠回しにブスだって言われてるんだって思っちゃって、その日は何もなく解散しちゃった。
それからなんだか噛み合ってた歯車がおかしくなって、色んな人に当たりが強くなっていった。水上さんもいつの間にか井伏くんと付き合い始めて、毎日が幸せそうだった。
それなのに私はいつまで経っても本音で話せなかった。秘密を教えた井伏くんにすら冷たく接しちゃって、本当の私と演技の私がごっちゃになって、なんて話せばいいのか分からなくなる。井伏くんには助けてもらったのに、彼の優しさに甘えてしまう。
好本くんはあれからも話しかけてきてくれた。でも私はずっと愛想笑いのまま。結局私はブスのまま。外見も内面も、何一つ変わってなんかいなかった。
いつの間にか文化祭が始まっていた。クラスの皆に半ば押し付けられる形で文化祭実行委員になり、いつも通りの姫崎琴音として振る舞っていた。
1日目、私は忙しさを口実に好本くんと文化祭を回ろうとはしなかった。でも好本くんはずっと私と一緒に仕事をしてくれた。そのおかげでお化け屋敷は滞りなく進み、大盛況だった。
そして2日目。井伏くん達が代わりに仕事をしてくれると言ってくれた。断ろうとしたけどクラスの皆からも背中を押されちゃって、私はポツンと1人になってしまった。
すると、七海ちゃんに背中を押されながら好本くんがやってきた。
「ほーらっ。頑張って」
「分かってるから押すなって……」
前から思ってたけど2人はとても仲良さそうだった。休み時間もアニメとかの話をしてるし、私なんかよりもよっぽどお似合いのような気がしてならなかった。
私の前まで押されてきた好本くんはすごく恥ずかしそうにしていた。仕事を終えた七海ちゃんは私に「よろしくね」と一礼すると私達の教室へと戻っていった。
「な、なに?もしかして、デートのお誘い…とか?」
「…………そ、そうです!」
好本くんは私の手をギュッて握ると、真剣な眼差しで見てきた。
距離の詰め方おかしいって。これだからオタクは。ホントに。千載一遇のチャンスだって思ってるんでしょ。ちょっと話して、デートして、一緒に仕事して、過ごしてただけなのにすぐ勘違いしちゃって。そんな真剣な目で、見つめてきて。
すぐ勘違いするんだから………ホントに…
「……楽しくなかったら怒るから」
「っ……頑張ります!」
2日目の文化祭を私達ふたりは沢山楽しんだ。1年生がやってたメイド喫茶では小柄なメイドさんが対応してくれて、好本くんはデレデレしてた。
「………ふーん?」
「あ、いや違っ……違いますから!」
「何が違うんだかー」
デート中に他の子に目移りする悪い男にデコピンし、しばらくはからかい続けてやった。必死に弁明する様がかわいくて、面白くて、私も自然と笑みが溢れていた。
お次はクレープ屋さんでクレープを買い、休憩スペースでふたりで頬張っていた。
「ん~!おいしっ!!」
「……ですね」
時間が経つにつれて好本くんの顔は険しくなっていった。明らかに緊張してるし、挙動不審だ。
もしかしたら。なんて考えが頭をよぎる。
多分きっとそう。私の勘違いじゃないと思いたい。
でも、それなら、聞いておかなきゃいけないことがある。
聞かなくても良いのに、聞いちゃダメに決まってるのに、聞かないと前に進めない気がして。
「……ねぇてっちん。七海ちゃんの事好きだったん?」
「!?そ、それは………」
「正直に言って。イブくんに取られて、後悔してるの?」
悪い癖だ。こんなの聞かなくていいのに。どうせ本当の事なんてボカすに決まってるのに。
そう、思ってた。
「……好きでしたし、本当に後悔してます」
「え…………」
好本くんの口からは素直な言葉が出てきた。曖昧にして誤魔化されると思ってたのに、好本くんは私の質問に正直に答えてくれた。
「馬鹿な話です。自分でも分かってたはずなのに、言い出せなくて、なんとなくずっと隣に居てくれるって思ってたら……いつの間にか取られちゃってました」
「そ、そうなんだ………へぇ……」
好本くんは震えながら七海ちゃんへの気持ちを語ると、何かを決心したのかいきなり私の空いている手を握ってきた。
「だから………すごくワガママで、身勝手なことだってのは分かってるんですけど……姫崎さんは、もう誰にも渡したくないんです」
「ほえっ…………」
「……零央が良い人だってのは分かります。でも、僕が好きな人は僕が幸せにしたいんです」
「待って………待って待っておねがい!」
完全に暴走しちゃった好本くん。グイグイと距離を詰めてきて恥ずかしいことばっかり言ってくる。私がなんとか止めようとしても止まる気配はなく、真っ赤な顔で迫ってきた。
「後夜祭、僕と…踊ってくれませんか?」
「……………待ってって言ったじゃん…」
この話をするってことは好本くんも後夜祭の言い伝えは知ってるってこと。つまりは実質的な告白だ。それなのに、欲しかった言葉のはずなのに、私は一旦好本くんを突き放し、距離を取った。
「あ……ご、ごめんなさい!!つい…」
「もぉ………これだからオタクは…」
「ごめんなさい………」
「そんなガツガツこられても困るってば。わた…ウチにだって心の準備とかあるんだから。マジで。嫌われちゃうよ?ウチだったから良いけどさ、あんなの他の女子とか引くって」
「本当にごめんなさい…………」
ものすごく申し訳なさそうに謝る好本くん。私はそんな彼の手を握り返して、自身の秘密を話すことにした。
「…………あのね、ウチさ、実はね」
「………て、わけ。どう?引いた?」
過去の自分。宮野との一件。私はその全部を好本くんに話した。でなければ不公平だと思ったからだ。私はギャルなんかじゃない。本当はただの痛い女。復讐だなんだと言いながらトラウマを乗り越えられないだけの女だと。
そんな私の話を聞いたのに、好本くんは真剣な眼差しのまま、優しく笑ってくれた。
「引くわけないじゃないですか。それに僕みたいな男からしてみれば姫崎さんはすごく…かわいいです」
「……それはメイクしてるだけだから」
「それでも、かわいいです」
「………スッピン見たら幻滅するかもよ?」
「しません。絶対にかわいいです」
「…………勃たなかったくせに」
「あれは……その…姫崎さんが魅力的すぎて………気後れしちゃって……つ、次こそは必ず!」
「次って…マジで変態じゃん。童貞のくせに」
「あ、いや……これは言葉のあやで……」
口では文句を言いつつも、私の指は少しずつ好本くんの指と絡み合い、いつの間にか恋人繋ぎをしてしまっていた。離していた距離を詰め、互いの肩が触れ合うくらい近づき、私はようやく本音を口にした。
「………リードしてくれないと怒るから。後夜祭も、これからも、私にカッコいいとこ見せてよね。君が幸せにしてくれるんでしょ?」
「…………絶対に、必ず」
「うん…………じゃあ……よろしく」
「…………はい」
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