最終回 井伏零央は欲張りたい

 10月26日土曜日。文化祭の2日目であり、その後に行われる後夜祭で俺はとある作戦を実行しなければならない。その為にも各々にそれとなく後夜祭の件について伝え、とある場所に集まって貰うことにした。井伏零央といえば…という場所にだ。


 そうして文化祭は何事もなく1日目と同様に進行していった。閉会式をし、後夜祭という名目の片付け作業に移る。そして片付けの終わった生徒達からキャンプファイヤーを囲むために校庭へと集まっていった。


 俺はその様子を1人で屋上から眺めていた。ここに来るのも懐かしい気さえする。あの頃はこんなことになるなんて思ってもみなかった。もっと静かに暮らす予定だったというのに、いつの間にか賑やかになってしまった。


「セーーーンパーーイ!!」


 俺が黄昏ながら校庭を眺めていると、屋上の扉が開き、燈が叫びながらいつものように突っ込んできた。


「タックル!!!」


「ぅぐっ………段々容赦なくなってきてないか?」


「日々トレーニング積んでますから!」


「はいはい……」


 そうやって俺と燈が抱き合っていると、他の皆も屋上へとやってきた。


「まったく…見せつけてくれるじゃないか」


「まぁまぁ。いつものことじゃん」


「桜も抱きついてくれば?」


「だ、だ誰があんな人に!!!」


 さっきまで静かだった屋上が一瞬にして賑やかになった。そして皆が屋上に揃うと、丁度校庭の方でもキャンプファイヤーが始まろうとしていた。

 俺は未だに抱きついてきている燈を少し強引に引き剥がすと、改めて皆に頭を下げた。


「俺のワガママに付き合ってくれてありがとう」


 俺からの感謝をどう返したものかと皆が悩んでいると、乃愛が一歩前に出て苦笑いしながら返事をしてくれた。


「こっちこそ……難しいこと押し付けちゃったね。それで、ダンスの相手は決まった?」


「もちろん。俺は………」


 乃愛からの問いに答えるように隣にいた燈の手を強く握ると、一呼吸置いてから宣言した。


「………燈と踊るよ」


「ふふん!!!」


 俺の答えと燈が自慢気に胸を張ってるのを見た皆は揃って同じ言葉を口にした。


「「「「知ってた」」」」


「…………なんか悪いな」


 俺が申し訳なさから再び頭を下げようとすると、栞が冗談めかして話し始めた。


「そもそもだ。私達の関係というのも全ては燈ちゃんが許してくれた所から始まるわけだしな」


 それに続くように七海がカッコつけている栞を茶化した。


「栞ちゃんが最初だったら許してくれてたか微妙だよねぇ」


「……普通に考えて許すわけないだろ」


 一応は勝負という建前だったはずなのだが、皆は意外とあっけらかんとしていた。殺伐としているよりは良いのだが………



『ただいまより!キャンプファイヤーを始めたいと思いまーす!』



 俺達が屋上で話していると、校庭の方からそんな宣言が聞こえてきた。それと同時に校庭に大きな火が灯り、陽気な曲が微かに聞こえてきた。


「あ、始まっちゃいました!じゃあセンパイ!踊りましょ!」


「………おう」


 テンションMAXの燈に誘われ、俺もそれに応えるように燈と正面から向かい合った。そして燈は手はず通りに他の皆へと声をかけた。


「皆もー!踊りましょー!」


「…それもそうだな。ほら七海。手を貸せ」


「ほぇ…………」


「なるほどね。じゃあ桜、私達も」


「……うん」


 燈の提案に皆が乗ってくれて、微かに聞こえる音楽に合わせてそれぞれが踊り始めた。燈はずっとニコニコしながら動き回り、俺はそれについていくのがやっとだった。


「ほらほらセンパイ!もっともっと!!」


「こんなのでコケんなよマジで……」


「コケないようにこれからも見守っててくださーい!」


「…………当たり前だろ」


 俺の返事に燈は満面の笑みを浮かべると、力いっぱい抱きついてきた。


「大好きです!!!」


「俺も。大好きだよ」


 互いに想いを伝え合うと、燈からの目配せと共に俺はおもいっきり栞と七海の方へと投げ飛ばされた。


「はい栞さんっ!!!」


「え?ちょっ……!?」


 俺はそのままの勢いで七海から栞を奪い取った。栞は何がなんだかという顔をしており、いつになく動揺していた。そして燈も桜と乃愛の元へと向かい、桜に声をかけた。


「さーくら!踊ろ!」


「え、なにどゆこと!?」


「なーるほどねぇ……七海ちゃん!」


「え!?私!?」


 流石は乃愛。一瞬で状況を理解し、すぐさまおどおどしていた七海の手を取った。


 こうしてそれぞれがペアを組み直したのを確認して、俺は今回のあまりにも欲張りな作戦の説明をすることにした。


「後夜祭の言い伝えってよ、1人とは言ってないだろ?それに俺はやっぱり全員好きだ。ここにいる全員で幸せになりたいんだ」


「相変わらず……強欲な男だな」


「当然ボクは許可済みでーす!」


 俺の行動の意味を理解した栞は「まったく…」と渋々といった感じを出しながらも、足を動かし始めた。俺はそんな栞の肩を抱き寄せ、とある約束をした。


「来年から一緒に暮らそう」


「……………ズルいぞ。そういうのは私を選んだときに言うんだ」


「嫌か?」


「…………これが嫌だったらとっくに君を投げ飛ばしているさ」


 栞にリードされるように踊り続ける。栞は頑張って表情を取り繕っているが、顔は真っ赤だし頬が緩みっぱなしだ。そして栞はなんとか冷静を装いつつ、俺に尋ねてきた。


「これからも……互いに助け合っていこう。君の背中は私が守ってやる。だから、絶対に幸せにしてくれよ?」


「後悔なんてさせねぇよ」


「ふふっ……期待してるよ。では七海!」


「え、あ、うん!!」


 今度は栞からの七海の方へとパスされた。栞はその足で桜の元へ向かい、入れ替わるように燈が乃愛の手を取った。


「乃愛センパイ!ダンス勝負しましょ!」


「へー…私ってこう見えて動けるんだよ?」


「桜ちゃん。お手をどうぞ」


「はぃ………」


 バチバチに競い始めた燈と乃愛。それとは真逆にゆったりと踊る栞と桜。その微笑ましい様子を眺め、俺も七海とのダンスに集中することにした。


「七海は卒業したらどうするんだ?」


「私は……しばらくは実家に居たいと思う。稼げるようになって、色々と安定したら、またその時に考えたいな」


「七海なら世界一稼げる配信者になるよ。俺が保証する」


「えぇ……なにそれ複雑なんだけど………」


 七海の足元に気をつけ、のんびりと踊る。2人揃ってぎこちないダンスだが、これもまた良い。そんな七海はなんとか恥ずかしさを堪えつつ、決意を伝えてくれた。


「これからも、ずっと君の一番でいさせてね」


「もちろん。俺も七海の一番として頑張るよ」


「……うん。よろしく。それじゃあ…桜ちゃん!あげる!」


「うぇっ!?ちょっ……まってまって!」


 今度は桜の方へと投げられる。栞にリードされつつ踊っていた桜は急なパスに慌てまくっていた。俺は栞から丁寧に桜の手を貰うと、一度しゃがんで目線を合わせた。


「俺と踊ってくれますか?」


「きゅぅ………きもぉ…………マジで……」


「では……乃愛。相手して貰おうか」


「ちょっと……待ってください…………息が…………」


「えぇーいボクの勝ちぃ!七海センパイも勝負しますかぁ?」


「いやいやいや!あ、でも出来ればその……リードしてくれたら……嬉しいかも………」


 燈に振り回されて肩で息をしている乃愛。だが栞はそんな乃愛を休ませまいと強引に踊り始めた。そして燈は七海からのリクエスト通りにカッコ良くリードしていた。


「……っ!!」


「痛っ!?」


 俺が皆の様子を確かめていると、急に桜からつま先をおもいっきり踏みつけられた。目線を下におろして桜の方を見ると、桜はハムスターみたいに頬を膨らませて無言のアピールをしていた。


「……悪かったよ。今は桜の彼氏だったな」


「別に………そういうつもりじゃないし…」


 損ねてしまった桜のご機嫌を取るためにも俺は桜の小さい手を強く握りしめ、引っ張る形でリードすることにした。


「……………ぷいっ」


 だが桜は全く機嫌を直してくれず、俺がどうしたものかと悩んでいると、桜は握っていた手を離し、立ち止まってから両腕を広げた。


「んっ」


「………ん?」


「んっ!!」


 そのままの姿勢で何かを要求してくる桜。具体的には分からなかったが、これ以上待たせるのも良くないと思い、俺は桜の体をしっかりと持ち上げ、落とさないように抱き抱えた。


「んっ…………許す」


「ありがと」


 どうやら正解だったようで一安心だ。そのまま桜は俺にしがみついたまま、耳元で囁いてきた。


「離さないでね………零央さんの彼女として、一生大事にしてね」


「……あぁ。約束する」


「ぅん……大好き」


 恥ずかしがりながらも愛を伝えてくれた桜を地面に下ろすと、桜は照れを誤魔化すように俺の背中をひっぱたき、乃愛の元へと送り出した。


「とっとと行け!バカ彼氏!」


「いってぇ………ったくよぉ」


「まって零央くん………流石に休ませて…………」


 乃愛の元へ向かうと、栞からも振り回された乃愛が完全にバテていた。相手をしていた栞は今度は燈の元へと行き、桜と七海はお互いにどうしたものかと牽制しあっていた。


「……どうだ燈ちゃん。私に勝てるかな?」


「ほほぅ?良いでしょう!真の正妻を決めるとしましょう!」


「さ、桜ちゃん……えっと…………」


「……リードしてください。七海さん」


「はぅぅ……!」


 各自が盛り上がってるのを見つつ、乃愛の回復を待つ。しばらくして乃愛が俺の手を取り、まだフラついている足で踊りだした。


「大丈夫か?」


「大丈夫……今回の件の報いだと思えば…」


「報いって………誰も気にしてねぇよ。それにいずれはしなくちゃいけなかった話だ。ちょっと早まっただけ」


「………優しすぎるよ。君も皆も」


「そりゃこっちの台詞だ」


 疲れきっている乃愛に気をつかいながらリードする。聞こえてくる曲も終盤に差し掛かっている。そろそろ次の曲に…………


「……ねえ零央くん」


「ん?なん―――」


 名前を呼ばれたかと思えば、乃愛は体を擦り付けるように抱きつき、そのままキスをしてきた。しかも軽いやつではなく、深いやつだ。


「……………っはぁ……ふふっ…これからもいっぱい…しようね?」


「お前なぁ………」


 あまりに唐突なキスに俺が頭を抱えていると、後方から燈と桜が突っ込んできた。


「こらこらこら!!!なにボクを差し置いてキスしてるんですか!!!」


「零央さんも!!すんなり受け入れちゃダメだって!!!変態!!」


 怒り狂っている後輩2人に詰め寄られている乃愛は「なんのことやら」みたいな顔をして淡々と語り始めた。


「分かってないなぁ2人とも……ここからは第2レースなんだよ?どれだけ零央くんの理性をぶっ壊せるかの勝負なんだよ?今のうちから仕掛けとかないとさ、また負けたくないもん」


 乃愛からの第2レース開始の宣言と共に、燈や桜だけでなく、栞と七海もやってきた。


「そういうことなら………正妻として!!次もボクが勝ってみせますから!」


「おっと。それは聞き捨てならないな。ここは年長者として私が最初であるべきだろう」


「そういう時だけ年上気取るのズルいよ栞ちゃん!私だよね!零央くんは私が一番好きだもんね!」


「ダメだよ零央さん!その………ね!ダメだからね!!」


「頼むから落ち着いてくれ……」


 俺が皆からの圧倒的な熱量に押されておると、乃愛が俺の脇腹を小突いてきた。


「次の勝負を皆一緒には無理なのは分かってるでしょ?だったら今度こそ決めて貰うからね」


「…………善処します」



 校庭から微かに聞こえてきていた曲はいつの間にか情熱的な曲へと変わっており、俺達は学校の屋上でキス祭を始めることになったのだった。






 ―――数年後―――



「零央。起きて」



 なんだか懐かしい夢を見ていると、体を揺さぶられて無理矢理起こされた。俺が眠気眼を擦りながら体を起こすと、エプロンをつけた燈が腰に手を当てて隣に立っていた。


「いつまで寝てるの?もうお昼だよ?」


「……悪い。めっちゃ懐かしい夢見てた」


「………というと?」


「高校の頃のさ、俺が2年の時の後夜祭」


「あー……それは確かに懐かしいかも」


「……まだお前が『タックル!』とか言いながら抱きついてきた時だな」


「今でもしてあげようか?」


「いや遠慮しとく」


 燈は俺がちゃんと起きたことを確認すると、次は七海の部屋へと向かった。


「七海さん!ほら起きて!」


「むーーー…………りーー……」


 俺が服を着ながら部屋を出てついでに七海の部屋を覗き込んでみると、薄暗い部屋でミノムシのように毛布に丸まっている七海を燈が力付くで引き剥がそうとしていた。


「起きて!ご飯食べて!配信!コラボなんでしょ!また炎上するよ!」


「それはもっとやだぁ………もう炎上したくないぃ………」


 今や有名配信者の七海を叩き起こすのは燈に任せ、俺はリビングのある一階へと下りていった。リビングでは既に栞と乃愛が居て、乃愛はまだ小さな女の子と戯れていた。


「ばぁば」


「ばぁばじゃないよぉ?のあさんだよぉ?」


「あぃ!ばぁば!」


「…………栞さん?」


「私のせいにしないでよ。小さいんだからまだ区別なんてつかないって」


「ぐぬぬ……」


 その微笑ましい光景を眺めていると、台所の方から桜が出てきて、手招きしてきた。


「起きたなら手伝ってお寝坊さん」


「昨日どっかの誰かが盛んなきゃ熟睡出来たはずなんだけどな」


「………うっさいバーカ」


 桜に文句を言われつつも昼食を作るのを手伝うことにした。今日は休日で、久しぶりに皆が揃っている。それぞれが忙しい身だ。こういう時くらいは皆でのんびり過ごすと決めている。


 そうして桜を手伝っていると、七海を引きずりながら燈が2階から下りてきた。そのまま燈と七海にも運ぶのを手伝って貰って、家族皆で食卓を囲むことにした。





 ここにくるまでにも苦労は沢山あった。それでも皆で協力して乗り越え、こうして幸せな家庭を築けている。


 まさか自分がやってたゲームの悪役に転生するなんて思ってもみなかったし、こうして皆と暮らすことになるなんて想像すらしてなかった。やり残したことが無かったとは言わない。もっと上手くやれたこともあっただろう。



 だけどまぁ……今が幸せだから問題はないはずだ。ここまで頑張ってきた御褒美ってことでありがたく受け取っておくとしよう。


 俺はこれからも井伏零央として、この世界で皆と一緒に生きていくと決めたんだ。まだまだ壁は残っているだろうが、そんなもの全部ぶっ壊してやる。



 井伏零央らしく。そして、俺らしく。





       ~Happy End~


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