第80話 それぞれの戦い方 その3

 10月22日火曜日。文化祭の準備がより本格的になり学校中が盛り上がっていたのだが、俺にはここしばらくずっと気がかりな事があった。


「よう燈。調子はど――」


「っ……元気です!では!!」


 昼休み。廊下で燈とすれ違い、声をかけてみたのだが全力で逃げられてしまった。やっぱり明らかに避けられている。あの日から毎日のように送られてきていた自撮りも送られてこなくなった。燈が飽きてしまっただけかと思っていたが、まさか俺が何かしてしまったのだろうか。この前会った時は今まで通りだったのだが…


「何したんですか先輩っ」


「なにもしてないんだけどなぁ…」


 燈と一緒にいた桜は逃げた燈を追いかけずに俺に話しかけてきた。この様子だと桜も理由を知ってるわけでは無さそうだ。


「ちなみに言っときますけど、私達も知りませんからね。燈も勝負自体は受け入れてたし。だから多分先輩が原因ですよ」


「………ありがと。ちょっと考えてみる」


 桜に感謝し、避けられている理由を考えながら教室に戻ることにした。


 理由といっても直近では本当に思い付かない。燈とは不満があれば言い合おうと約束している。


 ……いや少し構い方が適当すぎたか?タックルをちゃんと受け止めるべきか?部活が忙しいと思ってデートに誘わなかったのが良くなかったか?もっとかわいいって褒めまくるべきだったか?


 考えれば意外と理由らしいものが出てくる。どれもこれも確かに付き合った頃に比べれば雑になっていたかもしれない。今だって燈の方から何かしらアプローチはあるものだと思っていた。後夜祭も件もある。これは早めに謝っておいた方が良いかもしれない。

 そう考えた俺は早速放課後に行動に移すことにした。



 ―――――



「ねぇ燈。先輩と喧嘩でもしたの?」


「え?」


 放課後になり、部活の合間にクラスの手伝いをしにきたら桜からそんな事を聞かれた。


「昼休み。逃げたじゃん」


「あー……そうだった………」


 そういえばあの時は桜と一緒に居たんだった。焦りすぎて忘れちゃってた。


「話聞くよ?」


「喧嘩じゃないよ。ただその……後夜祭の話あるじゃん?そのための作戦っていうか…押してダメなら引いてみろ的な……なんというか……」


「…………似合わないことしてんね」


「ヴッ…………」


 ボクだってらしくないのは分かってる。実際昼休みも顔を見ただけで抱きつきたくなっちゃって誤魔化すために逃げたわけだし。

 でもらしくないからこそセンパイはボクの事が気になって仕方がないはずなんだ。後はそこをチョンって押せば完璧ってわけ。


「い、今に見てなよ桜。選ばれるのはボクなんだから……」


「ふーん?」


 桜はボクの勝利宣言を完全に無視して止めていた作業の手を動かし始めた。かと思えばボクの方なんか見ずにポツリと呟いた。


「今日も零央さんの家に泊まっちゃお」


「!?」


「一緒にご飯食べて、お風呂入って、零央さんに抱き枕にされながら寝ちゃお」


「だ、だだダメだよ桜!ズルい!そういうの禁止だって!」


「なんで?隣に住んでる彼氏の家に遊びに行ってるだけじゃん?」


「それはそうだけど……」


 桜がこんなことを言うなんて思ってもみなかった。しかも今日「も」って言った?てことは既にそんな羨ましいことしてるってこと?ボクも抱き枕にされたいんだけど!


 そうやってボクが勝手に脳内で慌てていると、桜は溜め息をついてボクにデコピンしてきた。


「アイタッ!」


「ほんとにさ、そんな変な事しなくても零央さんは多分…………まぁいいや。燈がそんなんだったら私が奪うからね」


「桜………」


 桜にしては真っ直ぐな言葉でボクは怒られた。少しキザな言い回しやらデコピンやらまるで……


「なんだかセンパイに似てきたね」


「は、はぁ!?全然似てませんけど!!?」


 さっきから正直に話していた恥ずかしさを耐えられなくなったのか、桜は教室中の注目を集めるくらいの大声で叫び、ボクの背中を押しながら「早く部活に戻れ!!」と怒られて追い出されてしまった。






 そうして部活も終わり、1人で校門へと向かいながら桜に言われた事を考えていた。


「らしくない……かぁ…」


 確かにそれはその通りだと思ってるんだけど、いつまでも子供みたいな愛情表現じゃダメな気がする。センパイも今はちゃんと構ってくれてるけどそのうち見てくれなくなるんじゃないかって思っちゃう。


「………めんどくさい彼女だなぁ」


 なんてことを呟きながら帰っていると、校門辺りに人が集まっているのに気づいた。そしてその人達の中心にいたのは紛れもない零央センパイだった。

 テニス部の女子達になにやら絡まれている。零央センパイは副会長になってから人気が凄い。そりゃカッコいいし背もおっきいし優しいけどさ。少し前までみんな怖がってたじゃん。センパイもデレデレしちゃってさ。



 やっぱりボクなんかじゃ………



「よっ燈」


「はぃ!?!」


 ボクが勝手に諦めちゃってると、零央センパイがいつの間にか目の前にいて、声をかけられた。


「部活お疲れ。一緒に帰らないか?」


「あっ……えっと…………」


 周りの目が集まっていて恥ずかしい。それに部活終わりに一緒に帰るなんて初めてだ。零央センパイにはそんなことしなくていいって伝えてたのに。


「…………嫌か?」


「嫌ってわけじゃ………でもその……」


 もしかしたら「押してダメなら引いてみろ」効果ってこと?零央センパイがこんなに積極的にきてくれるなんて……


「……なら早く帰ろうぜ。家まで送ってくよ」


「ほぇっ!?」


 零央センパイは急にボクの手を握ってきた。いつもならボクから言わないと繋いでくれないのに、しかも恋人繋ぎ!!!


 え、なに?ボクのことそんなに好きなの?え、もぉ……えぇ?しょうがないなぁ………


「そこまでセンパイが言うなら………し、仕方ないから…一緒に帰ってあげますっ」


「ありがと」



 ダメだニヤニヤが止まらない。ボクよりもおっきくてゴツゴツしてる手に握られてるのが零央センパイの彼女なんだって実感できて良い。今すぐ抱きつきたい。なんならキスしたい。ボクの家じゃなくてセンパイの家にお泊まりしたい!


「なぁ燈。後夜祭の件なんだけどさ」


「はい?」


 一緒に帰りながらボクが妄想に耽っていると、突然零央センパイは真剣な顔になって尋ねてきた。



「………俺と踊ってくれないか?」



「………………今ぁ!?」


 あまりに唐突すぎて思わず大声で返してしまった。いやでもセンパイが悪くない!?いくらボクのこと大好きだからってこんないきなり……


「ダメか?」


「っ……ダメじゃとかじゃないですけど……えぇ……なんですかセンパイ…そんなにボクのこと好きなんですかぁ?」


「そりゃな。大好きだよ」


「っ!!!えぇ……えへへ…センパイってばボクのこと好きすぎぃ………仕方ないなぁ……えへへへ…」


 嬉しすぎて頬が緩みまくる。こういう時にちゃんと言ってくれるのホントに大好き。さっきまでの不安なんて全部飛んでっちゃった。


「そんなにボクのこと好きなセンパイの頼みだからぁ……聞いてあげないと可哀想ですもんねぇ???」


「ありがと…………でさ。もう1つ燈に聞いてほしいお願いがあるんだけど」


「はいぃ?なんですかぁ??」


 緩みまくっている頬を戻しながらもう1つのお願いとやらを聞いてあげることにした。



「後夜祭さ、俺は―――」






「……なるほどぉ」


「…………どうだ?」


 零央センパイのお願いはとっても欲張りで、普通に考えれば無茶苦茶な話だった。


「まさかそのためにボクを選んだとか言わないですよねぇ?」


「それは違う。前にも言ったけど俺の人生は燈が変えてくれたんだ。だから――」


「そんなこと言っても今の提案はなかなかですよぉ?」


「…………すまん」


 申し訳なさそうな顔をしてる零央センパイ。もう少しイジワルしても良かったんだけど、ボクとしてもそろそろ我慢できなくなったからいつものセンパイの好きなボクに戻ってあげるとしよう。


「いいですよっセンパイ。その強欲な作戦にのってあげます。ボクはセンパイの大好きな正妻ですし、寛大なので」


「……本当にありがとう」


「ただしっ」


 ボクは感謝してるセンパイの唇に指を突きつけ、イタズラっぽく笑ってみせた。



「クリスマスイブはボクだけをたっくさん愛してくださいよ?」


「……もちろんだ」

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