第79話 それぞれの戦い方 その2
10月21日月曜日。いつものように七海と一緒に世間話をしながら登校していた。
「来月のコスプレイベント楽しみだよねぇ……桜ちゃんに着てもらう衣装も出来上がってきてるし……うへへへ…」
「それは分かるけどよ。文化祭は大丈夫なのか?あんま無理すんなよ?」
「大丈夫!衣装作りなら無限に出来るから!」
うちのクラスの文化祭での出し物はお化け屋敷だ。そしてそのお化けの衣装担当として乃愛の推薦により七海が選ばれたという訳だ。
「ふっふっふ。カッコよさとかわいさに怖さを兼ね備えた究極のお化け屋敷というものを見せつけてやるんだ…」
「………楽しみにしてる」
七海は以前よりもクラスに馴染んでいて、クラスメイトと話す時はおどおどしなくなった。準備期間中の今も姫崎と共にクラスの中心として楽しそうに頑張っている。
ちなみに……当日は七海もお化け役として参加するそうで、血塗られたナースの格好をするらしい。こりゃまたとんでもない性癖を植え付けそうだ。
「あ、そうそう零央くん」
「ん?」
その後ものんびりと歩きながら登校していると七海は何かを思い出したようで、少し恥ずかしそうに言葉を続けた。
「私さ、配信者になろうかなって……思ってるんだ」
「ブフッ!!?」
「零央くん!?」
あまりに唐突な話に俺は思わず吹き出してしまった。俺のリアクションを見て驚いて慌て始めた七海に「すまん。大丈夫」と頭を下げ、一度冷静になって話を聞くことにした。
「配信者ってことはその……顔出しか?」
「いやいやいやいや!顔出しなんて恥ずかしいこと出来ないよ!」
七海は周囲をキョロキョロと見渡し、一瞬悩んだ後に俺にだけ聞こえるような声で詳しい話をしてくれた。
「その……まだ具体的な話は出来ないんだけど…バーチャルライバーって……分かる?」
「分かるけど……マジ?」
「………結構大きめの事務所なんだけどさ、興味本位で応募してみたら…………その……なんか良い感じに話が進んじゃって…」
「マジかぁ………」
念のためにその事務所とやらの名前を見せてもらったが大手も大手の事務所だった。騙されてるとかそういうことではないことは確かだ。
「………順調に行けば……そのうち?みたいな?」
「なんというか……すごいな」
ゲームでも七海は配信者になるのだが、やっぱりその手の才能はあるのだろう。しかしそうなってくれば1つ心配なのは…………
「………仕事用と普段用のスマホとかアカウントは分けろよ」
「なんだか重みがある言葉だね」
「…………まぁな」
もうあんな想いはしたくない。俺の高校時代が一瞬で灰色と化したあの事件を七海には起こしてほしくないのだ。
俺が昔を思い出し、綺麗な秋空を虚ろなめで眺めていると七海は自慢気に語り始めた。
「これでさ、いっぱい稼げばさ、将来皆で一緒に暮らせるようになるのが早くなるかなぁって…思うんだよね」
「生活音漏れからの炎上待った無しだろうな」
「そこは皆で配慮してよ。一番の稼ぎ頭になる予定なんだから」
七海は冗談めいた言い方をしつつ、ちゃっかり俺の手を握ってきた。それに気づいた俺が七海の方に目をやると、七海は眼鏡越しの上目遣いでこちらを見つめてきていた。
「もしかして、私が色んな人の一番になるのが嫌とか?なんだかんだ零央くんって独占欲強いもんね」
意地悪げに尋ねてきた七海の問いに対し、俺は握られていた手を強めに握り返して、言葉を伝えた。
「確かにそれは嫌だけど……でもさ、そんな七海の一番は俺だろ?だとしたら最高だよ」
「………………うっわぁ…そういうこと真顔言わないでよ………」
俺からの反撃に七海は顔から火が出るんじゃないかってくらいに赤面し、俺達はそのまま手を繋いで登校するのだった。
その日の昼休み。仕事の都合で図書室に寄ると、栞が1人で黙々と勉強しているのを見つけた。
「栞先輩。お疲れ様です」
「ん?あぁ零央か………敬語だから誰かと思ったぞ」
「先輩が学校ではそうしろって言ったんでしょ」
「………なんだかこそばゆいな」
生徒会の仕事を終え、栞の隣に座って声をかけた。栞も持っていたペンを置き、ふたりで休憩することにした。
「敬語はやめていいぞ。流石に今更だ」
「…………おっけ」
学校で栞と話すのは久しぶりだ。夏休みの間はずっと一緒だったりしたのだが、栞が受験勉強を本格的に始めたというのもあり声をかけるのを躊躇っていた。
「どうだ生徒会は。楽しいか?」
「思ってたよりは楽しいよ。思ってたよりも忙しいけどな」
「行事の期間だけだ。もうすぐ暇になる」
ふたりっきりの図書室でゆったりとした時間を過ごす。ついでにチラッと問題集を眺めてみたが全く分からない。俺だって一応大学生だったんだけどな……俺が通っていた所とはレベルが違うんだろう。
「なんだ零央。君もここを受けるか?」
「いや遠慮しとく。もし受かってもついていける自信がない」
「そう謙遜するな。私が教えてやるから」
「栞こそ俺を買いかぶりすぎだ。俺は身の丈に合った大学に行くことにするよ」
俺のなんとも情けない答えに栞は笑いながら「応援しているよ」と返してくれると、急に俺のつま先を蹴ってきた。
「…………んだよ」
「……隣に君が座っているのが嬉しくてな。まるで同学年みたいだろ?」
「…意外と栞ってそういうの好きだよな」
「あぁ大好きだ。相手が君だから余計にな」
「………あっそ」
恥ずかしさを誤魔化すように俺も栞のつま先を軽く蹴った。すると栞も反撃と言わんばかりに蹴り返してきて、机の下でひたすらに子供みたいな攻防を繰り広げていた。
「なぁ零央」
そんな戦いの最中、いきなり栞は真面目な声色で語りかけてきた。
「私が卒業したら同棲しないか?」
「…………急だな」
「嫌だったか?」
「流石に唐突過ぎてな……というかどこに住むんだ?」
「勿論零央の家だ。家賃は払うぞ。ベッドは1つで充分だろ?部屋も少し私のスペースを作ってくれれば文句は言わないさ。それに……」
栞は俺のつま先を優しく踏みつけ、身を寄せて色っぽく囁いてきた。
「いつでも抱けるぞ」
「………警察官の娘の発言か?まさかそれが目当てじゃないだろうな?」
「ふふっ……そこは零央次第だな」
栞は踏みつけていた足をどけると、問題集やノートを片付け始めた。
「まぁ今のは冗談として、同棲の件は本気だ。両親にも一応話は通してある。後は零央の答え次第だ。どうせいつかは皆で暮らすんだ。ただの予行練習だと思ってくれ」
そう言いながら教材を片付け終え、改めて俺の方に体を向けて真剣な顔で語りかけてきた。
「答えは今週末に聞くとするよ。今更このくらいの誘いに惑わされる君ではないと思ってはいるがな」
「………まぁ、考えとくよ」
「ありがとう。ではまたな副会長。色々と頑張ってくれ」
「おう。そっちこそ頑張れ」
栞は俺に頭を下げて席を立つと、足早に図書室から去っていった。残された俺は後夜祭について少し考え事をした後でひとまず生徒会室へと戻ることにしたのだった。
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