第78話 それぞれの戦い方 その1
10月18日金曜日。俺は今日も今日とて文化祭に向けて仕事に励んでいた。文化部を練り歩き、相談を受けたり力仕事を手伝ったりと奔走する日々を送っている。
そんな日の放課後。生徒会メンバーもそれぞれの仕事を終えて帰っていく時間になった。生徒会室に残ったのは俺と乃愛だけになり、俺達は隣り合って様々な書類とにらめっこしていた。
「…………っんーーー…ねぇ零央くん、私は疲れました」
「お疲れ。チョコ食うか?」
両腕を上に伸ばしてぐぐっと背伸びをしている乃愛にチョコを差し出す。乃愛は一瞬ムッとした顔になり、不満そうにしながらもチョコを受け取った。
「ありがと。で、私は疲れました。生徒会長は疲れました。君の彼女は疲れてます」
「………何がお望みで?」
「肩を揉んでください」
「仰せのままに」
乃愛からの依頼を受け、肩揉みをすることになった。確かに乃愛は俺なんかよりも格段に忙しそうだ。人脈があるおかげで色んな生徒から頼られ、それぞれにしっかりと対応している。そんな乃愛を労うためにもすぐに椅子から立ち上がり、彼女の後ろに立ってからガチガチに凝り固まっている肩に触れ、指先に力を込めた。
「……ホントに固いな。痛くないか?」
「うん…痛くない……」
肩揉み自体は七海や栞にお願いされることも多いから慣れている。むしろこれくらいで皆の疲れを癒せるのなら願ったり叶ったりだ。
そうして丁寧に肩を揉んでいると、突然乃愛が頭を上に反らし、俺の顔をジッと見つめて尋ねてきた。
「零央くんってさ。後夜祭はどうするつもりなの?」
「というと?」
「誰と過ごすのかって話。すっとぼけんなー」
「……皆で過ごせばいいだろ」
「だから、それは禁止ワードだって」
乃愛は俺からの答えを苦笑いで返し、顔を正面に戻して俺からのチョコを食べ始めた。
「まぁ私も皆で過ごすってのには賛成なんだけど、たまには私達にも競わせてよ」
「競うって……」
「そんな仰々しい物じゃないよ。私達も仲良しだし。ただの思い出作りだよ思い出作り。選ぶ側の零央くんは気が気じゃないと思うけど」
昨日の乃愛からされた提案はこうだ。後夜祭ではダンスをする時間がある。そこで最初に踊る相手を皆の中から選んで欲しいというもの。その相手とクリスマスイブにふたりっきりのデートをすることになるそうだ。
そもそも俺は誰かと踊る気なんて無かったのだが、何故か他の皆も乗り気らしいからもう逃げられない。
だがもし、どうしても1人を選べと言われたのなら…………
「乃愛。悪いけど俺は……」
「はいはい。それは今じゃない。そこから先は来週に取っておいて」
俺が乃愛にあることを伝えようとすると、乃愛は肩を揉んでいた俺の手をどけ、残りのチョコを口に頬張った。
「んーーっ……肩揉みありがと」
そして乃愛は俺に感謝しながら席を立ち、俺と正面から向き合った。
「ちゃんと言うべき言葉は言うべき相手に言わないとダメだよ?恥ずかしがったりとか……誰かに遠慮したりなんかは絶対にダメ。少なくとも私は嫌だな」
「…………バレてんのか」
「あったり前じゃん。私がどれだけ君と皆の事を見てると思ってるの?」
「そっか。ありが――」
相変わらずの観察眼により、考えていた事をあっさり見抜かれてしまった俺は乃愛に感謝の言葉を伝えようとした。
「…………んっ…」
だがそれよりも先に唇に柔らかい感触が伝わり、同時に口の中にほのかに苦い甘さが広がった。
「………………それはそれとして」
乃愛は背伸びし、飛び付くように抱きついていた身体を俺から離すと、まさしく小悪魔という表現が正しい笑顔で微笑んでいた。
「もし私を選んでくれるんだったら…もっと嬉しいな」
「……ありがとう」
乃愛の言葉にどう返したものかと一瞬悩んだが、きっとこの計画自体が乃愛の策略通りなのだろうと気付き、俺は乃愛に感謝しつつ抱き締めることにしたのだった。
「あ、やっと帰ってきた」
その日、俺が家に帰ると何故か桜が台所で料理をしていた。
「………なにしてんだ?」
「お母さんが仕事で遅くなるから。ひとりで寂しかったの」
「なるほど」
俺が鞄をリビングに置いて、桜を手伝おうとすると桜からシッシッと手で追い払われた。
「先にお風呂入ってきて。折角お湯溜めたのに冷めちゃうじゃん。ゆっくりしていいよ。お風呂上がる頃には出来ると思うから」
「お、おう………」
珍しく桜から文句を言われない。それどころか何から何まで気遣ってくれる。理由は後夜祭の件なのだろうが、いつもと違いすぎて調子狂うなコレ。
そうして桜の要望通りゆっくりと風呂に入り、上がる頃には丁度桜がせっせと料理を皿に盛り付けていた。
「っしょ…………」
栞と乃愛から料理を教わっているらしいがまだまだ拙い。火傷や怪我をされても嫌なので、文句を言われることは承知で桜を手伝うことにした。
「……座ってて」
「いいから。少しくらいな?」
「…………ありがと」
狭い台所で盛り付けや仕上げをふたりでしていると、桜が俺の方を見てスンスンと匂いを嗅ぎ始めた。
「なんだよちゃんと洗ったぞ?」
「ううん。好きな匂いだなって」
「…………あっそ」
普段のツンツンとのギャップで桜のデレがかなり効く。さっきから頬が緩むのを全力で抑えている。
こうして桜と共に食卓を囲むことになった。桜は俺が食事をしているところをジロジロと眺めてきて、「美味しい」と伝える度に本当に嬉しそうに無邪気に笑ってくれた。
いくらなんでもいつもと違いすぎる。あまりに可愛すぎて俺の方がどう接していいか分からなくなる。そんなことを悩んでいると、桜は今度はしおらしくなってしまった。
「…………やっぱり私には似合わない?」
不安そうな顔で尋ねてくる桜を見て、俺はしっかりと思っている事を伝えようと言葉を返した。
「そんなんじゃなくて……桜が可愛すぎるからめっちゃドキドキしてたんだよ」
「ホントに?」
「ホントに。ご飯もマジで旨いし。こんな彼女がいて幸せだなって」
「ふふんっ………でしょ?」
桜は再び笑顔に戻ると、こてこてと四つん這いで俺の隣へと移動してきた。
「……たまにはこういうのも良いよね?」
「まぁな。でもいつもの桜も好きだよ」
「っ………まぁ?零央さんは悪口言われて喜ぶ変態だもんね?」
「そんな変態と付き合ってるのはどこのどいつだよ」
「…………うっさいバーカ」
俺からの反撃に桜は照れ始め、いつものように俺の脇腹に軽めのパンチをしてきた。そんな桜もやっぱり可愛くて、俺は更に続けることにした。
「もう素直は終わりか?」
「……こっちも好きなんでしょ変態。てか素直じゃないし。零央先輩が喜んでくれるかなって思って演技してあげてただけだし」
「そっか演技か………悲しいなぁ……」
「!?あっ……演技ってか…………気持ちはホントだから!!言い方とか…が!演技って話!!うんうん!!!」
「それも演技かもなぁ…………桜は上手だからなぁ……」
「もぉ!!意地悪しないでよ!!私だって精一杯頑張ってたんだよ!!バカ!!変態!!5股のクズ!!」
「やっぱこれだな……」
「うっさい!!!バカバカバカ!!!」
さっきまでの素直モードの反動か、桜は顔を真っ赤にしながらその後もポカポカと俺を殴り続けたのだった。
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