第69話 幼馴染みヒロインは隣に居たい
10月2日水曜日。生徒会選挙を終えた俺の学校での生活は一変していた。
「あ、井伏副会長~!」
「………それやめてくれないか?」
「え~似合ってるよぉ?」
朝から声をかけてきたのは隣のクラスの女子。乃愛と仲の良かったハツラツ系のチア部の部長様だ。
「そんなことはどうでもよくて!はいこれ!」
その女子から勢いのままに手渡されたのは一冊のノート。名前の欄には水上乃愛と書かれている。
「乃愛に返しといて!ちょっと顧問に呼び出されちゃってさ!お願いね!」
「お、おう……」
俺に乃愛のノートを託すと、女子は職員室の方へとかけていった。
生徒会に入ると決めた辺りから俺を見る周りの目はかなり変わった。以前までの恐怖の視線、というよりまるで珍獣でも見てるみたいな…これはこれで落ち着かない。慣れるまで時間がかかりそうだ。
そんな視線に耐えながらも教室に戻り、乃愛の席までノートを渡しに向かう。乃愛はクラスメイトと話していたが、今更こんなので躊躇っていても仕方がないと思い、勇気を出して会話に割り込んだ。
「水上。隣のクラスの女子からだ」
「え、ありがと~零央くん」
「………どういたしまして」
乃愛は俺が副会長に就任して以来、下の名前で呼んでくるようになった。曰く「これから1年間やってくのに名字だと距離感じるじゃん?」とのこと。だけど乃愛が俺の名前を呼ぶ度に周りからの視線が強くなる気がする。今だって乃愛と話していたクラスメイトはキャッキャッしてる。
「……それじゃ」
「待って零央くん。今日の放課後生徒会室に来て。色々と仕事があるらしいから」
「…………はいよ」
仕事は少ないと栞が言ってたのに……まぁ引き継ぎとか諸々あるんだろうけどさ。
なんてことを考えながら自分の席に着き、格段と大変になった学校生活に頭を抱えつつも、この楽しい忙しさに早く慣れようと1人でニヤニヤとしていた。
そしてその日の放課後の生徒会室にて。
「皆さんお疲れ様です。今日のところはこれで解散としましょう」
「「「「お疲れさまでーす」」」」
新しい生徒会になってからの初仕事でもある文化祭に向けての軽い打ち合わせをし、乃愛の掛け声と共にその日は解散となった。他のメンバーが続々と帰る中、俺もとっとと帰ろうとすると乃愛に呼び止められてしまった。
「零央副会長は残ってください。話があります」
「………うす」
仕事中の乃愛はとても真面目で、どこか栞を彷彿とさせる立ち振舞いをする。そのくせ友達といる時は燈みたいにテンションMAXになったり、趣味の話をする時は七海のような熱量で語り出す。顔の使い分けとでも言うのだろうか。それこそが乃愛のコミュ力の本質なのかもしれない。
そうして他のメンバーがそそくさと生徒会室を去った瞬間、ずっと姿勢を正していた乃愛は全身の力みを解き、机の上に突っ伏した。
「疲れた~」
「お疲れ様」
「栞先輩って凄かったんだね……私なんて姿勢をピンとしてるだけでも辛いのに…………あ、零央くんも食べる?」
「いらない」
乃愛は鞄からチョコバーを取り出すと、モシャモシャと食べ始めた。
乃愛は俺とふたりの時はこうして何か食べ物を口にする事が多い。本人曰く「君の隣だとリラックスできるから」とのこと。よく分からないがそんなこと言われたら勘違いするだろ。
そして一本二本と食べ進め、三本目に差し掛かった辺りで流石に俺から声をかけた。
「……話ってなんだよ」
「あれ………もしかして放課後に予定合った?シフトには入ってなかったよね?」
「予定は無いけど……」
乃愛の言う通りバイトも無いし、他の誰とも遊ぶ予定はなかった。皆がそれぞれ用事があり、久しぶりに家でのんびりするつもりだった。
「ほら最近忙しかったじゃん?だから色々と話が溜まっててさぁ……どこから話したものか悩んでたんだよね」
そう言いながら乃愛は三本目を食べ終わると、ゴミを鞄に入れてからようやく話を始めだした。
「…………まずさ。私のわがままを聞いてくれてありがとう」
「気にすんな。俺としても面白そうだからやろうって思ったんだから。それとこういうところで内申点稼いどかないと卒業出来るか怪しいからな」
「確かに。零央くん出席日数とかヤバそうだもんね。大丈夫そ?」
「…………結構ギリらしい」
「あ、やっぱり?」
その後もひたすらに他愛の無い話を続けた。勉強のことやら友人関係やらをのんびりと語り合った。そんな中、俺からも気になっていた事を直接聞いてみることにした。
「水上は――」
「乃愛ね」
「……水上はなんで」
「乃愛」
「………………乃愛はなんで生徒会長になろうと思ったんだ?」
乃愛に従うように下の名前で呼ぶ。本人が良いと言ってるなら俺としても問題はないが…なんだかソワソワしてしまう。
そして乃愛はどこか嬉しそうに微笑み、俺からの質問に答えてくれた。
「理由はね。私も何かしてみたいって思ったからなの。ほら……楓の一件があったじゃん?アレで色々と思うところがあってさ。私が前に進むためには何をするべきなのかなって考えた時に、栞先輩みたいな存在になりたいなって思いついたの」
「……なるほど。カッコいいな」
前から思っていたが乃愛は強かな女性のようだ。それに人を惹き付ける才能や魅力がある。完璧な栞とはまた違った良い生徒会長になるだろう。
「……そんなことよりさ、私と零央くんの関係って周りからどう見られてるか知ってる?」
「ん?そんなの会長と副会長だろ?」
唐突によく分からない質問をされ、俺が当たり前のように答えると、乃愛は「それもあるけど…」と首を横に振った。
「実は………私達付き合ってるって思われてるんだってさ」
「…………なんだその冗談」
「いやいや本当だってば。この前クラスメイトが話してるの聞いたもん」
「なんか……悪いな。変な噂つけちまって」
きっと選挙中に一緒に居たことが原因だろう。しかも俺はあの時点で三股。今なんて四股だ。そりゃそんな噂もつくだろう。それとなく否定しといてやらねぇといつか拗れそうだな。
そう俺が考えていると、乃愛は恥ずかしそうに俯き、ボソッと呟いた。
「ま、私は…………別にいいんだけどね」
「駄目に決まってるだろ。そういう噂は変な広がり方をする。早めに否定しとかねぇと面倒になるぞ」
「……事実にしちゃえばいいんじゃない?」
………………ん?
「いやいやいや…………」
乃愛から繰り出された不意打ちに頭が追い付かず、否定するだけで精一杯だった。そんな動揺しまくっている俺の顔を乃愛はジッと覗き込んできて、更に言葉を続けた。
「……ねえ零央くん。私と、浮気しない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます