第68話 花明かりに誘われて
9月27日金曜日の夕方。生徒会の選挙期間が終わり、残すは週明けの結果発表を待つだけになった。栞には「ほぼほぼ確実だろう。私の後輩達と仲良くしろよ」と言われ、乃愛からも「これからもよろしくね。副会長」と念押しされてしまった。
演説なんて乃愛の用意した台本を読んだだけなのに目茶苦茶疲れた。明日は休みだし、家事も後回しにして寝ようかと思いながらアパートに帰ると、俺の部屋の前で桜が座り込んでいた。
「どうした?」
「遅い」
「……どうしたって聞いてるんだけど?」
「鍵忘れた。お母さんまだ帰ってきてない」
「…………なるほど」
あの日、桜の告白を受けて俺達は付き合うことになった。といっても桜の俺への対応はあまり変わらず、あれからもツンツンしていた。
「はやく入れて」
「はいはい……」
桜に急かされるがままに鍵を開け、そのまま桜を部屋に上げた。これが初めてだ。
「…………………ふーん」
「あんまジロジロ見んな。とりあえず座ってろ。ジュースでいいか?」
「…………うん」
俺の部屋を隅々まで見ている桜に座っているように促す。そして冷蔵庫に冷やしていた缶ジュースを持ってリビングに向かうと、桜は俺のベッドの上に座っていた。
「そっちは俺の席だ」
「こっちがいい」
「…………あっそ」
ワガママ娘に缶ジュースを手渡し、俺はクッションに座った。そして互いに何を話すでもなくボーっとし、チビチビとジュースを飲む音だけが部屋に響いていた。
しばらくすると、桜はジュースを机の上に置き、不満げに口を開いた。
「………彼女が部屋に来てるんだけど」
「そうだな」
「……………もう少しあるんじゃないの?」
「冷やしてなくていいならもう一本飲んでもいいぞ」
「そういうことじゃなくて…えっと………」
桜は恥ずかしさと不安さが感じられる表情をしながらも、座っていたベッドに横たわり、話を続けた。
「……………これでも、分かんない?」
「無理してる彼女を抱く趣味はないんでな」
「むりしてない」
「してるだろ。震えてるくせに」
「……………キモ」
もちろん桜の気持ちも分かっている。だけどそう易々と越えてはいけないような気がしてならない。例の事件も勿論だが、桜は明らかに無理をしている。七海の時とはまた違う。ずっと震えているし、目も潤んでいる。もう少し段階を踏んでいくべきだと勝手に考えていたのだが……
俺がどう説得したものかと悩んでいると、桜はベッドの端っこを叩いた。
「……先輩。こっち来て」
「…………シないぞ」
「分かってる。いいからここに座って」
「………………はいよ」
潤んだ瞳の桜のお願いを断るに断れず、近くに寄るだけならと言われるがままにベッドの端に座った。
「…………ここ。握って」
「………あぁ」
桜から握るように言われたのは細い右手首。俺がなるべく優しく握ると、桜は一瞬顔をしかめて「もっと強く」と頼んできた。
「…………このくらいか?」
「んっ………………ぅ……ん……」
俺が多少強めに握ると、桜の目から涙が溢れてきた。
「あ、悪い…痛かっ―――」
「いいっ…から…………そのまま…………もっと……」
俺が手を離そうとすると、桜は泣きながらも続けるようにと懇願してきた。
「……嫌だったらすぐに言えよ」
「うん……っ…………ぅん……」
桜がこの行為に何を求めてるのかは分からない。だけど桜の表情からは悲痛さだけではなく、だんだんと快感を得ているかのような笑みが伺えるようになっていった。
「………………れお…さん…っ……」
桜は自身の身をよじりながら俺の名前を呼んだ。そして俺の頬に震える左手を伸ばすと、優しく撫でながらここまでの想いを吐露した。
「……れおさんが…わたしのこと………大事にしてくれてるって……分かってます……あんなことがあったから………優しくしてくれてるんだって…とってもうれしいです。でも…………がんばったんです……れおさんに好きだって……伝えたくて………彼女になりたくて………だからっ……」
なんとか言葉を紡ぎながら、桜は小さい指で俺の唇をなぞり、精一杯の笑顔を見せてくれた。
「ごほーび……ください。ぜんぶっ……ぜんぶ、れおさんのものにしてください……頭も…体も………れおさんだけのものに…してください……」
「桜……俺は―――」
「…………おっきくしてるくせに…かっこつけんなっ……へんたいっ」
俺が桜からの真剣な想いにしっかりと応えようとすると、急に桜はいつものように罵倒してきた。
だがどれだけ罵倒されても桜への気持ちは今更変わらない。それどころか桜の幸せそうな表情や、その挑発的な言葉遣いの全てが本能をより刺激してくる。人がどんだけ我慢してると思ってんだ。
「あ…………わかった……えっちへたくそなんでしょ…だからカッコ悪いとこ見せたくないから……出来ないんだ…………だっさぁ…きもぉ………」
「………………っ……」
煽られてるのは分かってる。俺の理性をぶっ壊そうとしているのなんて百も承知だ。桜はきっとわざとやっている。
「…………ざぁこ……ざーこ………下手くそかれしっ……浮気しちゃおっかなぁ……」
ここで抱いても桜は受け入れてくれるのだろう。それを桜が心から望んでいるということも伝わってきた。だけど俺にだってプライドはある。このまま襲ってしまえば桜の思うツボだ。これからずっと馬鹿にされるに決まってる。
だから………お前の彼氏を煽りすぎるとどうなるか。お望み通り分からせてやるとしよう。
「なぁ桜。ちょっと起き上がってくれ」
「えぇ…………どうしよっかなぁ……」
「いいから。とっとと起きろ」
「っ……………ひど……もぉ………」
強めに指示すると、桜は嫌がるフリをしながらも従ってくれた。薄々思ってはいたが多分そっちの気があるのだろう。だとしたらやることは1つだ。
「両手出せ。そう。そのまま待ってろ」
「ぇ…………それっ……ホントに………?」
桜に両手を体の前で揃えさせると、ベッドの下からおもちゃの手錠を取り出し、そのまま桜の両手首に付けた。そして俺は背伸びをしながら立ち上がり、出かける準備を始めた。
「…んーっ……さてと」
「うわぁ…………彼女にこんなことするんだ……えぇ…………ちょっとひくかも……」
「じゃあ俺コンビニ行ってくるから。手錠の鍵そこに置いとくから好きにしていいぞ」
「え……うそ…………まって……え?」
「しばらく帰ってこねぇから。飽きたら勝手に帰っていいからな」
「ぇ……えっと…………せんぱい??うそまって…ねぇちょっと……」
困惑しつつもどこか嬉しそうな声色の桜を置いて、俺は宣言通りコンビニにアイスを買いに向かうのだった。
―――――――
何分経ったんだろう。
「……っ…ぁ…………はぁっ……」
分かんない。分かんないけど。これやばい。
「放置とか…………やってること……っ……やばすぎ…………」
あれだけ煽ったのに手を出してこなかっし…それどころか手錠を付けて放置とか………しかも鍵は目の前に置いてあるし……帰ろうと思ったら帰れるじゃん………詰めが甘過ぎ…やっぱ下手くそ……Sぶってるだけ……
でも、ひとりで開けるの難しそうだなぁ。
帰ってきたら開けてもらおっかなぁ。
そうじゃん。帰ってきたらいっぱい文句言って、煽って、そしたらきっと先輩も耐えられないよね。
我慢できなかったら自分で開けて帰ればいいし。先輩もそう言ってたし。
そうだ。私に選ぶ権利はあるんだ。
私が…………選んで……
「ぁっ…………やば……これっ……」
やばい。気づいちゃったらやばい。
私、自分から選んじゃってる。
多分帰ってきたら始まっちゃう。最初は優しいのに、少しずつ生意気な彼女を分からせるみたいなえっちされるんだ。ずっと妄想してたみたいなことされちゃうんだ。
友達に話したら絶対に引かれるようなことされる。ズボンの上からでも分かるアレで、ゴリゴリ抉られて…………お腹の中……満たされて………
逃げないと……帰らないと…………戻れなくなる………絶対に……駄目になる……
「っ……はぁっ…はぁっ…………」
少し手を伸ばすだけ…………あの人が帰ってくる前に……
―――――――
「ただいまー」
遠回りをしてコンビニに行き、高めのアイスを買って帰ってきた。返事はないが靴はまだある。放置したことをもしかしたら怒ってるかもなと考えつつ、リビングに向かったのだが…
「…………っあ…れお……さんっ…」
ベッドの上にちょこんと座っている桜の表情は完全に出来上がっていた。その顔を見た俺はアイスを冷凍庫に入れ、すぐに手錠の鍵を開けた。
「大丈夫か?痛くないか?」
「……っ…だいじょぶっ………だからぁっ……」
俺は桜の少し赤くなっていた両手首を優しく撫でた。そして桜にこの先をどうするかと選択を委ねることにした。
「もうお母さん帰ってきたんじゃないか?きっと夕飯作って待ってるぞ?」
「………まだ……だいじょぶ…それに………お母さんには……遅くなるって………言ってるし……」
「へぇ…………いつの間に?」
「あっ……いやっ…………学校に、行く前に……言ってて…………」
「そっか。じゃあどうする?続きするか?」
「……………ぅん……する………」
「痛かったり苦しかったらすぐ言えよ」
「うん………わかってる………だからはやくっ……はやっく……ぅ…」
こうして、桜との大事な……とても大事な初夜をふたりで幸せに過ごしたのだった。
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