第67話 安達桜は素直になれない
9月25日水曜日。桜が登校を再開したその翌日の昼休み。いつも通り皆で昼食を食べていると、やけにソワソワしている燈から尋ねられた。
「ねぇセンパイ。桜って…かわいいですよね」
「なんだ急に」
「いえ。特に深い意味はないんですけど……ちっちゃくてかわいいですよね?」
「それ本人に言ったら多分怒るぞ」
「…………かわいいですよね!」
「なんだよさっきから……」
何故か執拗に燈が尋ねてくる。明らかに怪しい。まさか誘導尋問でもされてるのか?これで「かわいいよ」なんて言ったら怒られるんじゃないか?
「いいから!かわいいですよね!」
「…………まぁ、かわいいんじゃないか?」
「そうですよね!うんうん!」
俺が諦めて本心を口にすると、燈は何故か満足そうな顔で頷き始めた。一体何なんだ。
「んっん!!」
すると今度は栞が大きく咳払いをし、わざとらしく俺に尋ねてきた。
「あー……そうだな…桜ちゃんは健気だからなぁ……きっと彼氏には尽くしてくれるんじゃないかなぁ……うん…………」
「…………おいこっち見ろ」
「……………………じゃないかなぁ……」
この嘘がヘタクソな生徒会長様で確信に変わった。やっぱり俺をハメようとしている。しかも燈や栞だけじゃない。七海だってさっきからあたふたしてる。
「七海。何か言いたいことでもあんのか?」
「へ!?いやっ…………えと……桜ちゃんって…………かわいいよね!」
「さっき聞いた」
三人揃ってグルとは珍しい。ここはキッチリと問いただして……
「ねえ井伏くん。桜って寝る時はぬいぐるみがないと寝れないんだよ」
「…………あ、そう」
「それに結構大人なタイプが好きで……彼氏とかにはリードしてもらいたいってよく言ってたよ」
「……それペラペラと話していい内容か?」
栞の隣に座っていた乃愛が勝手に桜の個人情報を喋りだした。そういえばゲーム中でもそんな話を聞いたような…………ん?
「…………水上お前…いつから居た?」
「え、最初からだよ?3人でここに来たじゃん」
「あぁ……そういやそうか」
ともかく、燈達4人から明らかに誘導されてるのは事実だ。何を考えてるのかは分からないが桜についてなのは間違いない。となれば発端はどうせ燈だ。
そう思い、燈に詳細を尋ねようとすると…
コンコンコン「…失礼します」
生徒会室の扉がノックされる音と共に、どこか緊張している女子の声が聞こえてきた。
「ふぅ…………どうぞ」
栞が一呼吸おいてその女子を通すと、扉を開けて現れたのはさっきから皆に持ち上げられていた桜だった。
「……桜です。井伏零央先輩は居ますか?」
桜からの呼び出しに俺がどうしたものかと悩んでいると、栞が勝手に話を進めだした。
「あぁいるとも!ほら零央!呼ばれてるぞ!」
「……なんだよホント」
栞だけではなく、他のメンツもやけにソワソワしてる。ここまで来ればなんとなく分かってくるだろ流石に。
とは言っても桜の呼び出しに応えない意味もない。俺は席を立ち、扉の付近で待っている桜の元に向かうのだった。
「どうした?」
「……………ついてきてください」
「…………分かった」
緊張しっぱなしの桜に連れられ、向かった先は学校の屋上。桜はしばらく黙っていたかと思うと、ポツリポツリと語り始めた。
「…………私ね、実は会長さんの家にいる時何も覚えてなかったんだ」
「っ……そうか」
やはりそれだけのショックだったということなんだろう。そしてその前置きをするということは………
「でもね、先輩が私のこと励ましてくれて、楽しそうな未来を見せてくれて、すごく怖かったけど、がんばろって……おもったんだ」
桜は涙を必死に堪えながら俺と向き合っていた。俺は桜の努力を邪魔しないように、ただただ見守っていた。
「なんかいも…ないて、ないて………お医者さんにも無理しなくていいよって……言われたけど………せんぱいとの約束だったから…わたしも…はやくみんなに会いたかったから……」
堪えきれずに涙を溢す桜。それを必死に手で拭いながら、少しずつ俺に近づいてきた。
「…………っねぇ。先輩、私、頑張ったよ。辛いことも、悲しいことも、苦しいのも、全部乗りこえたよ」
「あぁ、桜はすごい。本当に……俺なんかよりもよっぽど強いよ」
「………だったら、約束……守ってよ?」
「おう。皆で予定合わせて遊びに行こうな。なんなら水上も誘ってみるか?メンバーは沢山いた方が――――」
「そっちじゃなくて!」
俺がすっとぼけて話を誤魔化していると、桜は怒りながら更に詰め寄ってきた。
「………せんぱいと、一緒に遊びたいって約束したじゃん」
「…………だから、俺もついてくって」
「っ…………分かって言ってるでしょ」
「……勘違いだと恥ずかしいからな。こればっかりは本人の口から聞かないと」
「………さいってい」
俺のことを罵りながらも桜の顔は真っ赤になっており、何かを確かめるような質問を投げ掛けてきた。
「…………っ……先輩はさ、ちっちゃい女の子は好き?」
「……語弊がありそうなニュアンスだけど、まぁ好きだよ」
「……………今の皆との関係って、大変?」
「そりゃ大変だよ……でも幸せすぎてプラスの方が大きいかな」
「…………………………っくぅ……せんっぱい……その…………わ、わわわ…私のこと…嫌い……?」
「………嫌いじゃないよ。絶対に」
「じゃ、じゃじゃあさ!!」
桜は俺の顔を見上げると、未だに潤んでいる瞳を俺に向け、精一杯背伸びをしてきた。
そして…………
「…………わ、わ…私は…………先輩のことが………………す、すすすすす……」
「……す?」
照れている桜があまりにも可愛いのでイタズラしたくなってしまう。すると桜はさらに顔を真っ赤にして怒鳴った。
「さいってい!!!人がせっかく告白してあげようって頑張ってるのに!!!もうちょっと気を利かせて…………よ……ぁ…………」
「………告白?」
「ぁ……いや…………えっと………ちが……えぇと…………ぁの……」
思わず口にしてしまった言葉を必死に取り繕おうとする桜。俺はひたすらにそれを見守り、いつもの仕返しと言わんばかりに、あたふたしているかわいい姿を堪能していた。
すると桜は恥ずかしさが限界を越えたのか、再び叫び始めた。
「一回しか言わないからね!!!聞き逃したら許さないから!!」
「おう」
「…………っ…私の彼氏にしてあげる!!!だから付き合って!!!」
「…………お、おぅ」
あまりの勢いに思わず薄いリアクションになってしまった。屋上の扉の方から「はぁぁ…」と4人分の溜め息が聞こえてきた気もするが…後でとっちめるか。
「どうなの!!今更4人も5人も変わらないでしょ!!!へんたい!!選り好みするな!!」
「はいはい……」
俺は吠え続けている桜を落ち着かせるためにも膝をついてしゃがみ、桜の真っ赤な顔を見上げた。
「…………桜こそ良いのか?俺みたいな最低な男が相手でもさ」
「良いって言ってるじゃん!!!私だって嫌だったけど……好きになっちゃったの!!!仕方ないじゃん!!!」
「……そうか。じゃあ…………そうだな」
ここまで想われているのならハッキリと応えてあげないといけないだろう。後ろのギャラリーの視線も熱いことだし、きっとそういうことだ。ちゃんと責任を取らないとな。
そう決めた俺は桜の目を真っ直ぐ見据え、少しキザっぽく言葉を返した。
「…………俺を、桜の彼氏にしてください」
「ほぇ………………はぅ……」
俺からの返事に桜は完全に頭がショートしてしまったようだ。だが俺はそんな桜へと追撃の手を緩めなかった。
「……駄目か?」
「っ…だめじゃない!!!だめじゃないけど…………今は……だめ…」
「………桜は彼氏にそんな対応するんだな」
「はぅぁ!?ズル…………マジで……きもすぎ…………さいてい……」
「……ごめん。嬉しくて調子に乗ったわ」
「んんんんんん!!!!」
弄る度に良いリアクションを返してくれる桜が可愛くてついついふざけてしまう。今までツンツンされてた分、よく沁みわたる。
さてと…………
「そこの野次馬共」
「「「「!!!?」」」」
俺が屋上の扉に向かって声をかけると、野次馬達は逃げようとしたのか、急に騒ぎだした。
「あいたぁ!!」
「七海!?だいじょ……ちょっ!?」
「うぇ!?あぶっ…な………おわ!?」
「……3人とも大丈夫?」
俺が扉を開けると、目の前には燈達が積み重なってこけており、それを乃愛が心配そうに見ていた。
「……………良い趣味してんな」
「ちがっ……違うんですセンパイ!!」
「そうだ零央!私たちはふたりが心配で…」
「うんうん!そうその通り!!」
「………………はぁぁ。分かったから一回起き上がれ。話はそれからだ」
「「「はい……」」」
結局、どこまでが作戦でどこまでがお節介だったのかは教えてくれなかったが、人の告白をこっそり見ていたことについて3人に軽く注意することにしたのだった。
そして一通り注意し終わった後で、今度は俺が3人に土下座をすることになったのだった。
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