第66話 桜は再び咲き誇る

 連休が明け、事件も波乱もない日々が過ぎていった。


 とはいっても変わったことがないわけではない。1つは俺を見る周りの目だ。クラスメイトから話しかけられることも増え、少しずつ皆との距離が近くなってきたのを感じた。


 そしてもう1つ。俺達のクラスから楓の席が消えた。公にされてる理由は家庭の事情による転校。しかし姫崎には実質的な退学処分であると伝えられたらしい。燈のクラスからは桜の席が消えていなかったらしいから恐らくは離婚したのだろう。その後の詳細は……知りたくはないな。あまり気分の良いものではない。



 そうして少し変わりつつも、平凡な日常を送っていた9月20日金曜日。俺がコンビニで色々と買った帰りに、アパートの駐車場で家具を運んでいる女性を見かけた。


「ふぅ………っしょ…………」


 女性が1人で抱えるには重そうな机だ。俺が手伝おうかどうかを悩んでいると、その女性と目があってしまった。


「ぁ…………すいません……」


 女性は申し訳なさそうに俺に頭を下げた。流石に俺の顔を見れば初見はそうなるだろう。少し気まずくなった俺はその女性に手を貸すことにした。


「手伝いますよ。何階ですか?」


「いえそんな…………」


「気にしないでください。見ての通りパワーには自信あるんで」


「…………………はぃ……お願いします」


 女性から机を受け取り、教えられた階の教えられた部屋の前に運んでいたのだが……


「あー…お隣だったんすね」


「えっ…………あ、奇遇…ですね」


 教えられた部屋は俺の隣の部屋で、この女性が最近引っ越してきた人物であると分かった。そういえば最近業者が出入りしてたな。まだ荷物は残っているようにも見えたし……


「……良ければ残りも手伝いましょうか?」


「いえ!そこまでしてもらうわけには……」


「大丈夫です。今日は時間に余裕あるんで」


「…………じゃ、じゃあ……」


 俺は少し強引に話を進めた。気づかいとかではなく、一度見てしまったからにはこのまま無視していれば今日中は引きずるだろうなと思ったからだ。だから俺がスッキリして寝るためにもお隣さんの作業を手伝うことにしたのだった。



 その後、色んな家具を部屋の前まで運び終わり、俺が自分の部屋に戻ろうとすると、その女性に呼び止められてしまった。


「………………何か…お礼を……」


「あー全然大丈夫っすよ。困った時はお互い様なんで。しかもお隣同士なんすから」


「………………分かりました。今日は本当にありがとうございました」


 女性に深々と頭を下げられ、俺は少し照れながらも部屋に戻った。


 それにしてもあの人の顔どこかで見たことある気がする。誰かの面影がある気がしてならない。だがそれが誰かまでは思い出せない。


 ……まぁ何はともあれお隣さんが優しそうな人で本当に良かった。どれもこれも日頃の行いってやつかもな。


 なんて下らない事を考えながら明日のバイトに備え、早めに家事を終わらせることにするのだった。






 時は流れて9月23日月曜日。三連休最後のバイト。時間帯は朝から夕方にかけてのシフトだ。先週休んだこともあってこの三日間は相当頑張った。自分へのご褒美として帰りにスーパーに寄って高い肉でも買うとしよう。



 そう朝から心に決めて仕事をこなし、シフトが終わるとその足で近くのスーパーまで向かった。


 そして精肉コーナーを見て回っていると、見覚えのある女性と再び目があった。


「あ………この前はお世話になりました…」


「いえいえ」


 女性も買い物をしに来たようだが、明らかに量が多い。買いだめにしても多そうだが……まぁ他人の事情をあまり気にしても仕方ないな。


「…………よければどうですか?この前のお礼も兼ねて今晩」


 女性はかごに入っていた缶ビールを持ち、晩酌でも誘ってきた。酒は好きな方だったからお礼と言うならばその誘いに乗りたかったのだが…


「……すんません未成年なんで」


「えっ……あ、ごめんなさい!!私ったら…やだ恥ずかしい…………」


「いえ大丈夫っす。慣れてますんで」


 まぁこの見た目で独り暮らしの時点で大学生くらいだと思うのも仕方ない。俺は賑やかな笑顔を作りすぐにその場を去った。


 いくらお隣とはいえあまり近づきすぎても良くない。それに何もないとはいえ、誘われて女性の家に上がりましたなんて燈達に説明が出来ない。ほどほどが一番ってわけだ。



 その日の夜、俺は予定通り1人で豪勢な晩御飯を作り、高い肉の素晴らしさをしっかりと味わうのだった。どれもこれも栞から教わった料理スキルのおかげだ。




 そうして三連休が明けた9月24日火曜日。俺がいつも通りに支度して家を出ると、同じタイミングで隣の家の扉が開いた。



「桜。忘れ物はない?」


「ないってば!私だってもう子供じゃないんだから!じゃあ行ってきま……っす!?」


「……………………おはよう」


 俺は出てきた女子高生と目が合い、驚きのあまり思わず普通に挨拶をしてしまった。するとその小さくて可愛らしい女子高生はカタカタと震えながら俺を指差した。


「なななななな!!?なんで!!!?」


「……それはこっちの台詞なんだが」


「どうしたの桜!?…………って…その制服は……もしかして…………」


 部屋からはあの女性も出てきて、俺の制服姿を見ると、驚きの表情を浮かべていた。


「っ!?待って!?まさかお母さんが親切にしてもらったお隣さんって…………!!」


 小さい女子は朝から大きな声で騒ぎながら、俺とその女性を交互に見るように顔をブンブンと振り回していた。


「えぇそうよ。というか桜…まさかこの人と知り合いなの?」


「いやっその……知り合いっていうか………なんというか………」


 俺との関係を聞かれてどう答えていいものか分からなくなったのか、女子は赤面して急に萎んでいった。そんな彼女に俺は目線を合わせるようにしゃがみ、優しく声をかけた。



「……おかえり。桜」


「はぅぅ!!?」



 色々言いたいこと聞きたいことはあるが、今はこの言葉が一番だろう。そう思って選んだ言葉だったのだが…………



「っ…………!!!女の敵!!!!」


「またそれ……っイッタァ!!?」


 桜は俺の脛に全力の蹴りを入れると、そのまま走り去っていった。


「あの野郎…………!!」


「ごめんなさい!あの娘ってば本当に……よく言い聞かせておきますので……」


「…………まぁ、大丈夫っす」


 桜の代わりに頭を下げられ、追いかける気も失せてしまった。それにあれだけ元気になってくれたのなら俺としても嬉しい限りだ。


 俺は脛をさすりながら立ち上がり、改めてその女性と顔を見合わせた。


「………まさか桜のお母さんだったなんて」


「そちらこそ。まさか桜と知り合いだったなんて…………」


「井伏零央と言います。桜とは……まぁ色々ありまして」


「っ…貴方が…………そうだったんですね。では私も今更ですが自己紹介を」


 桜の母親は俺の名前を聞いて何かに納得したような顔をすると、優しい笑みで名前を教えてくれた。



「私は安達……安達あだちかおると言います。あの娘は安達あだちさくらです。どうか、今後とも仲良くしてあげてください」


「………喜んで」


 自己紹介を済ませた後で互いに頭を下げ、小恥ずかしくなった俺達は、その恥ずかしさをふたり揃って照れ笑いで誤魔化したのだった。

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