第70話 解き放たれた一途な想い
「……ねえ零央くん。私と、浮気しない?」
乃愛からの突然の誘い。覗き込んできている乃愛の瞳は真剣そのもので、冗談で言ってるわけじゃないのは伝わってきた。
だからこそ俺もその誘いに対して真剣に応えることにした。
「自分が何言ってるのか分かってんのか?」
少し厳しめの俺の口調に、乃愛は微笑みながら返した。
「分かってるよ。君が4股中のとんでも男だってことくらい」
「そういうことじゃ――」
「私なら無責任でいいよ」
乃愛は俺の言葉を遮り、更に顔を近づけてきた。
「いいじゃん今更。どうせ噂になってるんだし。他の皆には内緒でさ、都合のいい関係になろうよ。あ、ゴムとかつけなくても平気だよ?色々あって薬なら持ってるからさ。学校でも呼び出してくれれば好きな時に相手するよ?」
あまりにも男に都合の良すぎる条件。だがそんな馬鹿みたいな提案に乗るほど相手には困ってない。それに……
「おい水上」
「………だから乃愛だって」
「水上」
「っ……………なに?」
「歯ぁ食いしばれ」
「え?」
一応忠告をし、俺は近づけてきていた乃愛の額へと全力のデコピンをかました。
「いっっったぁ!?」
「………反省しろ」
「反省って…………私は本気だっ――」
「なるほど……ね」シュッシュッ
まだ諦めない乃愛。なので俺は乃愛の顔の前でデコピンの素振りを始めた。
「分かった!!ごめんなさい謝ります!」
「……よろしい」
流石にこれ以上は食らいたくなかったのか、乃愛はあっさりと俺に頭を下げた。その後、シュンとしてしまった乃愛に俺は諭すように語りかけた。
「もし本気だったとして、水上の気持ちは本当に嬉しいよ。だけど俺は恋人になる以上絶対に責任は取るって決めてるんだ。親御さんに認めてもらうまで誠意は示すし、何があっても幸せにする。そんな都合の良い関係は誰であろうとしない」
「…………4股のくせに」
「……多分水上が考えてるより俺って重い男だぞ?」
少し拗ねている乃愛に冗談っぽく答える。すると乃愛は鞄から4本目のチョコバーを取り出して再びモシャモシャと食べ始めた。
「あんま言いたくないけどさ。流石にふと――」
「やけ食いですぅ。早く帰ってくださぁい」
「…………はいはい」
ふてくされた乃愛に促され、さっさと、帰り支度を整えた。そして帰り際。未だにそっぽを向いたままチョコバーを頬張っている乃愛に声をかけた。
「…あんまり自分を下にするような事は言うなよ。水上だって充分魅力的だし、少なくとも俺はもっと対等に接された方が好きだからさ」
「…………………ふぅん」
少し恥ずかしい言葉を言い残し、俺は足早に生徒会室を後にした。
―――――――
井伏くんが帰り、ひとりっきりになった生徒会室でボーッと過ごしていた。
「……………フラれちゃったぁ」
試すような言い方をしたとはいえ、フラれた事には違いない。こういう返しをしてくれるとは信じてたけど、あれだけアッサリ応えられちゃったら少しショックだ。
「もうちょっとキョドれよぉ……私のことなんとも思ってないのかぁ?」
最近は結構一緒に居たと思ったんだけどなぁ。それとなくアピってもみたし、栞先輩達とも仲良くしてたってのに。
コンコンコン「失礼します」
私がひとりでふてくされていると、生徒会室の扉がノックされ、凛々しい声が聞こえてきた。
「あ、はい!どうぞ!」
瞬時に背筋を正し、その声の主を通した。すると扉を開けて現れたのは栞先輩だった。
「やぁ……調子はどうかな?」
「…………大変です」
栞先輩からの問いにお手本のような苦笑いで答える。それにしても一体何をしにきたのだろうか。引き継ぎは大体終わったはずなんだけど……
「………零央は落とせそうか?」
「っ……………なんのことやら」
突然の栞先輩の言葉に私は一瞬驚きつつも、すぐに誤魔化した。そんな私を見て栞先輩は楽しそうに微笑み、優しく語りかけてきた。
「なんだ私の勘違いか。てっきりその為に零央との噂作りに奔走してるものだと思っていたのだがな」
「……………そんなことしてませんよ」
「そうか。それは失礼なことを言ったな。すまない」
栞先輩は冗談っぽく言ってきてはいるが、明らかに探りを入れにきてる。というか多分大体のことはバレてる。やっぱりこの人には敵わないな。
そうして私が勝手に負けを認めていると、栞先輩は「1つ。アドバイスをしにきたんだ」と話を続けた。
「君らしくやりたまえ。誰かの真似とか、策を巡らせるのではなく、君らしさを伝えてあげればいい。それが一番手っ取り早いぞ?」
「……いいんですか?そんなこと教えても」
「あぁ。君は後輩だからな。先輩の余裕というやつだ」
「……………ふぅん?」
そのまま受けとれば普通の先輩後輩という事なんだろうが……表情や言い方からそれだけではないのは充分伝わってきた。
「…やっぱり栞先輩が一番手強そうですね」
「ふふ……いや、私が一番甘いまであるぞ。わざわざこんなアドバイスをしにきてるわけだからな」
「…………奪っちゃいますよ?」
「好きにしろ。負けるつもりは毛頭ない」
栞先輩はそう告げると、生徒会室から去っていった。本当にそれだけを言いに来たってことなんだろうか。
再びひとりっきりになった生徒会室で思案する。私らしさとはなんなのだろうか。
燈ちゃんみたいに可愛げがあるわけでもなく、七海さんみたいに井伏くんと趣味が完全に合うわけでもない。かといって栞先輩みたいに完璧な立ち振舞いも出来ない。桜みたいに気持ちをぶつけられるわけでもない。ましてや処女でもない。感じにくい体質だし、そういう時になっても井伏くんは楽しくないだろう。
………いや。井伏くんはそんなこと気にする人じゃない。それは分かってるはず。私が自分をさらけ出すことから逃げてただけだ。
私らしく………対等に……やりたいこと…
―――――――
ピンポーン
10月3日木曜日の朝。気持ち良く寝ていたというのにやかましいチャイムの音が部屋に鳴り響いた。そのせいで目を覚ましてしまう。
きっと桜だろうと思い、なんとか体を起こし、眠気眼を擦りながら玄関を開けた。
「おはよ……もしかして寝てた?」
「………………なんでここにいる」
玄関を開けた先に居たのは制服姿の乃愛だった。あまりの出来事にフリーズし、とりあえず理由を尋ねてみた。すると乃愛は賑やかな笑顔を俺に向け、楽しげに語った。
「君が浮気してくれないって言うからさ。だったら私も本気で零央くんに惚れてもらおうって思って……来ちゃいました」
「いやいやいや…………」
「………昨日さ、零央くん言ってたじゃん?私が思ってるより重い男だぞーって。その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ」
俺がどこからツッコミをいれたものかと寝ぼけた頭をフル回転させていると、そんな俺の事なんて置き去りにするように乃愛は更に続けた
「私、惚れた相手には激重なの。だから零央くんも早めに好きになってくれないと………我慢できなくて刺しちゃうかもよ?」
「……………善処します」
そんな冗談にも聞こえない乃愛の発言に頭を抱えつつ、なるべく待たせないように急いで登校する準備を整えることにしたのだった。
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