第64話 早めの選挙活動

 9月13日金曜日の昼休み。俺は職員室へと訪れていた。


「………まさかお前が生徒会に入ると言い出すなんてな」


「……やっぱ変すかね?」


 目的は生徒会選挙に出るための書類やら何やらを提出するためだ。担任は不思議そうに書類を眺めている。流石に何回か停学くらってる人間では難しいのかもしれない。


「変は変だろ。1年前のお前に見せたら多分爆笑してるぞ」


「あはは……そっすねぇ…」


 担任だけではない。職員室全体がザワザワしている。井伏零央はそれだけ迷惑をかけてきたというわけだ。まずはここを乗り切らないと生徒会にすら入れないだろう。

 ここはもう全力で頭を下げるしかないか。と考えていると、担任は頬を緩め俺の書類に判子を押してくれた。


「やるだけやってみろ。ここ最近のお前を見てて本当に心を入れ換えたってのは分かる。水上の推薦もあったし………」


 担任は周りの教員を見渡すと、楽しげに語りかけ始めた。


「昔ありましたよねそういうドラマ!ヤンキーが生徒会長目指すってやつ!」


「あー!あったあった!若い頃のあの人がしてましたよね!」

「結構面白かったよなぁ!」



 それを皮切りに職員室は大盛り上がりし始めた。出てくる俳優もタイトルも一切分からないせいで苦笑いしか出来ない。大人のこのテンション苦手なんだよなぁ…嫌いじゃないけど…話振られたら絶対に答えられないし……


「まぁ、というわけだ。簡単じゃないとは思うがやれるだけやれ。そして迷惑かけてきた人にはちゃんと頭下げてこい」


「…………うっす!」


 話が良い感じに切れたのを見計らって、俺はドラマの話題を振られる前に職員室から逃げるように出ていった。

 すると職員室の前に乃愛が居て、俺が出てきたのを確認するとこちらに近づいてきた。



「盛り上がってたね。どうだった?」


「……ひとまずはOKが出た。後は生徒だな」



 井伏零央は基本的に学校の外で女を作っていたのだが、それでも印象は最悪だろう。そもそも校内の男子とも何回か喧嘩してるっぽいし。学校にも手を出してた女が居ないわけじゃない。燈達のこともあり、夏休み明けに確認できる範囲で頭を下げてきた。その度にビンタやら、二度と関わらないでくれと言われるやら、大変な日々を送っていた。そんな奴が生徒会副会長になるなんて許してくれるとは思えない。



「半数取ればいいだけだよ。私も協力するしさ。きっと大丈夫」


「……だといいけど」


 俺が生徒会室に向かおうとすると、乃愛に「ちょっと待って!」と呼び止められた。


「あのさ、ついてきてもらっていいかな?」


「いいけど……どこに?」


「………少し早めの選挙活動的な?」



 そうして未来の生徒会長に連れられ、やってきたのは俺達の隣のクラス。乃愛は1人の女子生徒を呼び出すと、何やら話を始めた。


「なんか久しぶりだね乃愛ちゃん!」


「ここ最近忙しくてさ!改めて!チア部の部長おめでとう!甘南ちゃん!」


「わざわざ直接言わなくてもぉ……そういうとこ大好き!」


「私もー!!」


 乃愛はその生徒とはしゃぎ回り、ついには抱きつきだした。仲が良さそうに見えるが知らない顔だ。でもめっちゃかわいい。ハツラツとしてて没ヒロインですって言われたら信じるぞ。


「ところで乃愛ちゃんの後ろの男子って……まさか?」


「そう井伏くん。意外と普通でしょ?」


「うーーん…………まぁ噂ほどではないけど……脅されてないよね?」


「まさかまさか。てかあれでめっちゃ優しいんだよ。ギャップヤバくない?」


「ふーん……まぁ人は見た目に寄らないってのは私も最近実感したし…」



 ふたりして俺の方を見て何やら話している。乃愛や女子の表情から深刻な話ではないのは伝わってくるが……妙にソワソワするな。


「じゃあそういうことで!頑張ってね部長!」


「うん!そっちも頑張ってね!絶対投票するからさ!」



 ようやく女子トークが終わり、俺は次の目的地へと連れていかれた。




「やっほ玲ちゃん」


「…………やっほ」


 次に訪れたのは文芸部の部室。そこにはスマホでゲームをしているのだろうクール系の女子が居て、乃愛は手の動きが止まるのを待ってから声をかけた。


「最近どう?彼女とは」


「…………おかげさまで。楽しい」


「そっか」


「……そういえばサポカ凸ってたけどまさか課金したの?」


「あ、バレた?実は少しね」


「いいね。ありがたく使わせてもらってる。今回のイベントで便利だからさ」


「どうぞどうぞ」



 さっきの女子とはうってかわって落ち着いた話し方になっている。乃愛のコミュ力があるのは分かっていたがまさかここまでとは。恐るべし幼なじみヒロイン。


「……………で、アレは?」


 女子は俺の方をチラリと見ると、乃愛に訪ねた。人をアレ呼ばわりするな。ちょっと傷つくだろ。


「井伏くん。今度副会長になる人」


「………………そっか。良いんじゃない?」


「玲ちゃんなら分かってくれると思った」


 乃愛は俺の事を一瞬だけ紹介すると、またゲーム?の話をしばらくして、文芸部を後にした。



「はい次~」


「まだあんのかよ……」


「次が最後だから安心して。それにすぐ終わると思うから」



 最後に訪れたのは科学部。乃愛が声をかけると、中から白衣に身を包んだ見た目だけでも一癖も二癖もあるのが分かる女子が出てきた。


「待っていたよ乃愛くん!!今日はどうしたんだい!!」


「これ。いつものやつです」


「ありがとぉ!!これで私の実験も捗るというものだ!!」


 乃愛はそう言うと、ずっと持っていた謎の包みを手渡した。女子もそれを快く受け取り、部室の中へと戻っていった。


「よし。今日はありがとう」


「…………え?これで終わり?」


「うん。この人はそういう人だから」


「………そんなもんか」


 こうして早めの選挙活動とやらが終わり、俺が急いで生徒会室に向かおうとすると、勢いよく科学部の扉が開き、サンドイッチを片手に先程の女子が出てきた。


「ふむ。ふむふむふむふむふむ」


 その女子は俺の周りをクルクルと回りながら観察し始めた。乃愛もこの展開は予想してなかったのか少し驚いていた。そして女子は俺の正面で足を止めると、俺の胸元に人差し指を当てて不敵な笑みを浮かべた。


「ただの乃愛くんの新しい男かと思っていたが……君はなかなか面白いな。名前は?」


「……井伏零央です」


「そうか君が栞の…なるほど覚えておこう」


 用が済んだのかその女子は満足げに科学部へと戻っていった。なんというか……関わったら絶対にめんどくさいタイプだ。



「気に入られちゃったね」


「実験台としてじゃないと良いけどな」



 そんな冗談を言いながら、俺はようやく生徒会室へと足を運ぶのだった。

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