第63話 現れたのは敵か味方か

 9月11日水曜日のバイト終わり。一緒に仕事を上がる事になった乃愛に声をかけられた。


「ねえ井伏くん。途中まで一緒に帰らない?」


「ん?あぁいいけど……」


「やった。ありがと」


 乃愛はあの事件以来どこか吹っ切れたような印象を受ける。姫崎も言っていたが俺が思っていたよりも強かなようだ。


 というわけで俺は自転車を押しながら乃愛と一緒に帰ることになった。



「今日も疲れたね~」


「なんか先週より忙しい気がするわ」


「それな。これは井伏くん効果かなぁ?」


「んだそれ。俺は招き猫か」


 特に中身の無い話をしながら歩く。楓の話は出来るだけしないようにしている。本人が言わないなら俺がどうこう言う問題ではないからだ。


 それにしてもわざわざ帰ろうと言われたのだから何か話したいことでもあるかと思ったが…たまたまそういう気分だっただけか?




「………今月末さ。生徒会選挙だよね」



 するとそろそろ分かれ道に差し掛かろうというタイミングで乃愛は足を止め、本題らしき話題を振ってきた。


「そうだな。次は誰になるんだろうな」


 乃愛の言う通り月末は生徒会選挙がある。昼休みに生徒会室でエアコンの恩恵を得まくっている俺達には重大な問題だ。

 そうじゃなくても栞は昨日もその件について嘆いていた。曰く今のところ誰も候補者が居ないとか。生徒会のメンバーも全員栞の後を継ぎたくないらしい。どうしても比べられてしまうだろうから仕方ない。



「……私さ、生徒会長に立候補してみようかなって思うんだ」


「いいんじゃないか?水上なら出来ると思う」


「……うん。ありがと」



 まぁそういう話だよな。にしても乃愛が生徒会長……ね。頼み込めば今まで通り使わせてくれそうだ。知らない相手じゃないならワンチャンある。最近は七海とも仲良さそうだし、他に候補者も居ないだろうから勝ったなこりゃ。


「でもそうなるとバイト入りにくくなるんじゃないか?栞とか結構忙しそうだぞ?」


「それ店長にも言われた。でも土日入れるようになったからギリギリOKってさ」


「土日は店長大変そうだもんなぁ……」


「生徒会長になる」と宣言した乃愛は未だに足を止めたまま動こうとしなかった。まだ何かあるということなのだろうか。

 そう思って次の言葉を待っていると、乃愛は「よしっ」と呟き、姿勢をピンと正した。



「あのさ。井伏くん」


「なんだ?」


「……………私と一緒に生徒会に入ってくれないかな?」


「………………はい?」


 あまりに唐突すぎて思わず聞き返した。そんな俺に対して乃愛は更に続けた。


「私が生徒会長で、井伏くんには副会長になってほしい。私の隣で、私のパートナーとして私を手助けしてほしいの」


「…………流石に考えさせてくれ」


 ダメだ頭が追い付かない。俺が…井伏零央が生徒会??いやいやいや無理があるだろ。しかも平ならまだしも副会長って。多分通らないだろそれは。


「週末には届けを出さないといけないらしいからさ。それまでに決めといてね」


「…………おう」


「じゃあ今日はありがと。お疲れ様!」


「おつかれー……」


 乃愛は伝えることは伝え終わったからか、逃げるようにその場から離れていった。


「……副会長かぁ」




 ―――――――




 9月12日木曜日。昼休みの生徒会室にて。



「――――てことがあったんだけど、どう思う?」


 零央センパイからの相談にボクと七海センパイは再び緊急会議を開いていた。


「やっぱりそういうことですよねこれ!」


「どどどどうしよう!?」


 零央センパイは変なとこで鈍いから多分気づいてないけど多分そういうことだ。パートナーって!!多分そういう意味もあると思うんだけど!!!4人目は流石に増えすぎじゃない!?


 ボクらが生徒会室の隅っこで会議していると、栞さんは零央センパイからの相談に何食わぬ顔で答えた。


「いいんじゃないか?私としても嬉しいよ。仕事なら私が教えてやるから安心しろ。それに行事がある時期以外はそんなに忙しくないぞ?」


「んー……じゃあ考えてみるかぁ」


「ちょ…ストップ栞さん!!」



 快く承諾した栞さんの元に駆け寄り、耳打ちする。


「ダメですって……これそういう意味ですよぉ…」


「そういう意味?というと?」


 あーーこの人も鈍い!!!いやボクらが考えすぎなのかな!!?


 栞さんにどう説明したものかと悩んでいると、生徒会室の扉がノックされた。


「どうぞ」


「失礼します。藤田会長はいらっしゃいますか?」


 栞さんに通され、現れたのは水上先輩だった。


「あぁ。どうしたんだ?」


「実はご相談がありまして………」


 水上先輩はそのまま生徒会室に入ってきて、栞さんと何やら難しい話をし始めた。ボクは一旦栞さんから離れ、零央センパイの膝の上に陣取ることにした。


「なんだよ急に」


「いえ。気にしないでください」


「気にするだろ……食べにくいし…」



「―――ありがとうございました。参考にしますね」


「私で良ければいつでも相談に乗るよ」


 栞さんとの話し合いが終わったのか、水上先輩は今度はこちらにやってきた。


「……ラブラブじゃん井伏くん」


「…………まぁな」


「ふんっ!」


 零央センパイが照れながらもラブラブってことは否定しなかったので、ボクも嬉しくなって胸を張ってアピールしてみた。すると水上先輩は「ふふっ」と柔らかく微笑んだ。


「すごく可愛い彼女さんだね。大事にしなよ?」


「言われなくても」




 かわいい…………かわいぃ…………




 良い人だ!!!



「ふんっ!!!」



 すると水上先輩は今度は七海センパイの机の上に置いてあったモノを目にすると、未だに端っこに居た七海センパイに声をかけた。


「もしかしてこれって木下さんの?」


「あ……いや!?じゃなくて………そうなんですけどぉ……」


 七海センパイは急いで席に戻り、アタフタと動揺していた。そんな七海センパイに水上先輩は近づき、楽しそうに語り始めた。


「この小説今度アニメ化するやつだよね!私も結構好きなんだ!」


「ぇ…………ホントに!?」


「うんうん!キュンキュンするよね!!」


「そ、そうだよね!!」


 ふたりは一瞬で意気投合し、ボクには分からない話で盛り上がり始めた。七海センパイの顔からも「良い人だ!」って思ってるのが伝わってくる。



「あ、ごめん邪魔しちゃったね。それじゃあ私はこれで………」


 ひとしきり盛り上がった後、水上先輩は生徒会室を出ていった。帰り際に零央センパイに「またねっ」とさりげなく挨拶していたが……まぁいいかな!!



「センパイセンパイ!」


「なんだよさっきから……」


「水上先輩なら良いですよ!!!」


「何がだよ……色々と失礼だぞ」


 零央センパイに注意されるように頭をペシッと叩かれた。この様子だと多分まだこの人気づいてないんだろうな。



 まぁ3人も4人も変わらないし!!ボクは正妻だし!!寛大なんで!!!サポートくらいしてあげてもいいですよ!!かわいいんで!!

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