第51話 逃れられぬ運命
9月5日木曜日。俺は朝から不機嫌だった。昨日の夜は友達とゲームしてたってのに乃愛が急に話そうって言ってきた。そもそも俺としてはあれくらい気にしてなかった。
どうせ生理中だからイライラしてただけだ。だって今まであんなこと言ってこなかったし、あんなに怒ってるのなんて初めて見た。
……やっぱり告白しなきゃ良かったかもな。初めて作ってみたけど彼女ってのは案外めんどくさい。井伏が乃愛に手を出す様子もないし完全に焦りすぎた。しかも今は七海と付き合ってるらしい。だとすれば他はフリーってわけだ。七海もそのうち別れるだろうし、そこを慰めれば解決だ。
俺が乃愛との関係をどうしようかと思いながら午前中を過ごしていると、いつの間にか4限が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴り響いていた。
そのまま教室に戻っても良かったのだが、どうにも腹の調子が良くない。一度トイレに行っておくとしよう。
俺はすぐに理科室を出てトイレに直行。そうしてしばらく戦った後、教室に戻っている最中にどこからともなく元気な声が聞こえてきた。
「センパーイ!」
姿は見えないがこの声は燈だ。なんだか懐かしいな。とりあえず気づいてないフリをして意地悪してやるとしよう。
「センパイタックル!!」
「ヴッ…だからタックルはやめろ……お前が怪我したらどうすんだよ……」
「センパイなら受け止めてくれるって信じてますから!」
あれ……?
おかしい。確かに燈の声のはずだ。なのにどうして俺の方にこない。しかも燈の話している相手の声は俺が一番聞きたくない声だ。
俺は恐る恐るふたりの声のする方を振り返った。すると……
「てか離れろ早く……すっげぇ見られてるんだけど……」
「いいじゃないですか~アピールですよ~」
そこには廊下のど真ん中で井伏に抱きついている燈と、それを引き剥がそうとしている井伏の姿があった。
「むふふ~…………よし!センパイチャージ完了!ちょっと先生に怒られてきまーす!」
「………しっかり反省しろよー」
ふたりのやり取りを聞いた俺だったが、全く理解が出来なかった。なんで燈は井伏に抱きついたんだ。もう関わりがないんじゃないのか。あれじゃまるで…………
「っ……!!」
いても立ってもいられなくなった俺は燈の後を追って職員室の方へと向かうことにした。
「うへ~~長かったぁ……」
「っ……おい燈!」
「へ?あ、楓先輩。お久しぶりです!」
職員室の前で燈が出てくるのを待ち、出てきたと同時に声をかけた。すると燈は以前と変わらない笑顔で挨拶をしてくれた。
「さっきのはなんだよ!どうした!まだ脅されてるのか!?」
「脅され……??なんのことですか?」
「井伏だよ!井伏零央!なんで抱きついてたんだよ!」
「それは好きだからですけど?というか付き合ってるからですけど?」
「………………は?」
いや、え?なにを言って……は?いやおかしいだろ。井伏は七海と付き合ってるんじゃないのか?というかそもそも……
「井伏とは、もう関わってないんじゃ……」
「………え?なんでそうなるんですか?」
「いやだってインスタの投稿に井伏なんて一度も写ってなかっただろ??ほらプールの時とかさ」
「プールの時はセンパイが写真苦手だって言うから仕方なく撮影係になってもらってたんですよ。……というかボクって先輩にインスタのアカウント教えましたっけ?」
「それは……たまたま………みかけて……」
「あーなるほど。…………ところでもう行ってもいいですか?センパイ達が待ってるんで」
「なっ……ちょっと待て!」
あっけらかんとした態度のまま俺の隣を通り抜けようとする燈。だが俺は未だに状況が飲み込めてない。だから反射的に燈の手を掴ん――
「っちょ…………あ、ごめんなさいつい…」
「ぇ…………」
俺が伸ばした手はあっさりと燈にはたき落とされた。まるで虫でも叩くかのような自然な動作に俺はただ呆然とするしかなかった。
「ちょっと……ボク急いでるんで………また今度機会があれば話しましょ」
燈は申し訳なさそうに俺に頭を下げると、まるで逃げるようにこの場を離れていった。
意味が分からない。
百歩譲って井伏と未だに関わっているのはいい。
でも……付き合ってる?でもこの前七海と付き合ってるって井伏本人が言って……
……そうか!2股してやがるのか!ようやく尻尾を出したな!いくら改心したフリをしても所詮はクズ!あっさりとボロが出る!
この情報をふたりに伝えれば…………
………………
いや、まずは栞に協力してもらおう。厳格な栞なら絶対に許さないはずだ。昼休みはもう終わるし…放課後にでも声をかけるとしよう!
そうすればきっと栞が解決してくれるはずだ!
「…………なるほどな。井伏零央は2股をしてると」
放課後。教室に残っていた栞に声をかけ、早速井伏の悪事について報告した。
「そうです!やっぱりアイツはろくでもない男なんですよ!」
「まぁ……それはそうだな。では私は勉強に戻るよ」
「………………はい?」
確実な情報だったはずだ。それなのに栞はアッサリと聞き流して教室に戻ろうとした。
「なんだ?まだあるのか?」
「いや…………もっとこう……ないのかなって……」
「『ないのか』と言われてもな。その3人が修羅場になろうが今の私には関係ないことだ。自分で蒔いた種だ。自分でなんとかするんだろう。そんなにどうにかしたいなら君が伝えることを強くオススメするよ」
「え…………だって……」
「……悪いが私は受験生なんだ。自分で言うのもなんだが忙しい身だ。そんなことで私を頼らないでくれたまえ」
「は…………??」
栞はそう言い残すと、クラスメイトが待つ教室へと戻り、何事もなかったかのように勉強を再開した。
燈や栞にも相手にされなかった俺は思考が一向に纏まらないまま帰路に着いた。
俺が何したって言うんだよ。
なんでふたりともあんな素っ気ないんだよ。
どれもこれも井伏が来てから……………!
『プールの時はセンパイが写真苦手だって言うから仕方なく撮影係になってもらってたんですよ』
あれ……
そういえば前に桜に聞いた時に井伏は「いなかった」と言ってたはずだ。
でも燈の発言を信じるなら本当は居たということになる。
まさか桜の奴…………!!
「桜!!!」
「ちょっ……ノックくらいしてよお兄ちゃん!!」
俺は急いで家に帰った。今日は父さんと母さんはお互いに仕事で遅い。だから今家には俺と桜のふたりきりだ。勢いのままに桜の部屋に乗り込むと、桜はまだ暑いというのにクーラーもつけずに毛布にくるまってベッドに寝転がっていた。突然の俺の登場に顔を真っ赤にして動揺している桜だったが、俺は部屋の扉を閉めて問い詰めた。
「お前……俺に嘘ついただろ!!」
「え、嘘?なんのこと??それより一回出ていってくれない!?お願いだから!」
「あの日のことだよ!!燈達とプールに行ってきた日!!俺聞いたよな!井伏はいなかったかって!!」
「っ……!?」
井伏の名前を聞いた途端、桜は体をビクリと震わせた。やっぱり……!!
「あれだけ関わるなって言ったよな!!それになんで隠したんだよ!!」
「それは…………えっと……」
「なんだよ!!!お前も俺の言うこと聞いてくれないのかよ!!!」
「っ……待って!!止まって!!一回落ち着いて!!お願いだから!!」
俺が怒りながら桜に詰め寄ると、桜は全力の身振り手振りで俺に止まれと要求してきた。怪しい。明らかに何か隠している。また俺を騙そうとしている。
「……うるっせぇ!!」
「ひゃんっ………………っ……」
俺が怒りに任せて桜の右手首を掴むと、桜が喘ぎにも似た声をあげた。右手をよく見てみると指先には仄かに水気がある。まさか……
「ゃ……おにぃちゃん……離して…………お願いだから……」
段々としおらしくなっていく桜。だがその表情からは恐怖を感じつつもどこか恍惚としていて……かなり扇情的だ。俺は桜が先程から強く握りしめていた布団に手を掛けた。
「ぁ…だめ!……布団剥がしたらっ……!」
俺が無理矢理布団を剥がすと、桜は下に何もはいておらず、ありのままの下半身がさらけ出された。
「ぃや…………見ないで………ひゃっ!?」
抵抗しようとする桜。俺はそれを力付くで抑えるために手首を掴んでいた手の力を強め、そのまま覆い被さるように押し倒した。
「やだ……おにいちゃん………やだよぉ……おねがいだから…………」
目尻にたまっている涙すら誘われてるように感じる。
そうだ。井伏が許されてるんだ。
俺だって2股くらいしていいよな?
「なぁ桜。実はお前の事好きだったんだよ……でも兄妹だからって我慢してたんだ」
「ぇ…………」
父さんに俺達の関係をカミングアウトされた時は正直ビビった。今さらどう接し方を変えるべきなのかとずっと悩んでいた。
まさか今日この日の為だったとはな。
桜はここまで俺が守ってきたんだし、良いよな?
「ぇ……ほんと……なの?おにぃちゃん……わたしのこと………」
「……あぁ。大好きだよ」
…………なんだこんな身近にいたのか。気づかなかったよ。
「………………っ……でも……だったら……いっかい……ちゃんと話してから……ひゃぅ……!」
「話なんて後でいいだろ?とりあえず俺に任せとけ。俺Sだからさ、桜のこと満足させられるよ」
「やだ……やだやだぁ…………」
必死に首を振っている。でも反応から察するに桜はMだ。しかも手首握っただけで反応するなんてドMに決まってる。ネットで見たことあるぞ。ドMな女子の「やだ」とか「やめて」は建前に過ぎないと。
「安心しろ。俺が沢山いじめてやるからよ」
あぁ…………
さっきまでの怒りとかどうでもいい。
むしろ気づかせてくれた井伏には感謝してやるよ。
最高の気分だ。
9月5日木曜日
イベント名『おにいちゃんといっしょ』
対象ヒロイン 安達桜
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