第50話 揺れ動き、進み始める
9月5日木曜日の朝。私は一緒に登校するために楓の家にやってきた。井伏くんのアドバイス通りしっかりと話をしよう。そう思って意気揚々とチャイムを鳴らしたのだが……
『ごめんなさいね乃愛ちゃん。楓ってばさっき起きたばっかりで…折角ならあがってく?』
「あー……いえ、ここで待っているので大丈夫です」
インターホンから聞こえてきたのは楓の母親の声。いつもと同じ時間に来たつもりだったんだけど…昨日は遅くまで起きてたんだろう。課題を頑張ってたんだきっと。
数分後……
「………おはよう」
「おはよっ!」
気だるげな楓を元気づけるために元気に挨拶する。最近は私も適当に挨拶してしまっていた。こういう所からしっかりとしないと。
そのまま駅へとふたりで歩き出し、私は約束していた話をすることにしたのだった。
「一昨日はさ、言いすぎた。ごめん」
「………気にしてねぇよ」
「…………っ……そっかありがと」
……話し合い。話し合いだもんね。
「えー……と……あーの………楓も一昨日の事で言っときたい事とかないの?」
「………………俺も悪かったよ。ごめん」
「も」!!!「も」じゃないよ!!どっちかっていうと「が」だよ!!謝り慣れてなさすぎでしょ!!
…………まぁいいや。うん。謝ってくれたのは事実だし。一歩前進。このまま行こう。
「ね。週末さデート行こうよ。楓の好きな古着探しにさ。あ、映画とかもいいよね」
「…………でも週末はまだだろ?」
「まだ?」
「ほらその…………生理ってやつ。辛いだろうからいいよ別に」
「あー……でも週末には今よりも軽くなってると思う。そういうのは出来ないかもだけど…デートくらいなら全然大丈夫」
「…………考えとく」
あ、絶対行かないやつだ。一瞬気づかってくれたのかと嬉しくなったけど全然そんなんじゃなかった。
…………ダメだ。話せば話すほど良くない所が見えてくる。今まで見て見ぬふりしてきた言動が全部気になってくる。
いやでもっ……私が根気強く話せばきっと昔みたいな優しい楓に戻ってくれる……
そんな風に朝から話しつつ学校に向かっていると、学校の最寄り駅に着いたくらいで楓から話を振ってくれた。
「……あのさ。もう暗い話題やめようぜ。朝からやる気なくなるじゃん?」
「………………そ、そうだね!」
お前が言ったんだろうが!だから昨日話そうって言ったのに!
……いや!まだ初日!諦めるにはまだ早い!
楓からの提案をうけ、その後は出来るだけ楽しい話をすることにした。文化祭とか、クラスマッチとか色々と。まぁ全部私が1人で喋ってただけなんですけどね!
楓の下手くそな相づちを聞きながら校門の前につくと、楓は急にキリッとした顔になり会長さんに声をかけた。
「おはようございます。今日も頑張ってますね」
「………おはよう。ありがとう」
会長さんもすごい事務的に返してる……でも楓は嬉しそうだし…てかそんな顔出来るなら私の前でもやってよ。
そんなこんなで教室にたどり着き、自分の席に座る。楓は私ではなくクラスの友人と話してる。さっきよりも楽しそう。
井伏くんのアドバイス通りになんとか話してみようとしたものの不満が募るばかり。もう少し詳しく相談した方が良いのかもしれない。
そう思いながら授業を受け、2限目が終わった休み時間。お手洗いの帰りに楓が男子の友人と話しているのを見かけた。
「いいよなぁ宮野は。水上さんみたいなかわいい幼なじみ彼女がいてさぁ」
どうやら私の話をしているらしい。ちょうど良い機会だ。なんとか聞き耳をたてて楓の心情を探るとしよう。
「かわいいし、優しいし、自慢の彼女だよ」
お?褒めてくれてる?
「うわ羨まし………急に惚気んなよなー」
「お前が聞いてくるからだろ」
……なんだ。私のことちゃんと自慢だって思ってくれてるんだ。
よし。これからがんば――
「いやでも昔の乃愛ってめっちゃ太ってたんだぜ?まぁ今も少しポヨポヨしてるけど」
「ぇ…………」
「なんだよそれくらい良いだろ。男の理想みたいな体型じゃん」
「いやいやマジでやばかったよ?写真あったら見せてやりたいわ。中学くらいから痩せてくれたから良かったけどあのままだったら無理だったわ」
「またまた~恥ずかしいからって誤魔化すなって~」
「いやマジだから!誤魔化してるとかじゃなくてさ」
「はいはい幸せだね~本人に言ったら怒られるから気を付けろよ~」
「言わねぇよ…また無駄に怒られるだけだし」
楓とその男子はその後も談笑しながら教室に戻っていった。
分かる。分かるよ。違うってことは。友達の言う通り恥ずかしくて誤魔化したんだよね。
そうじゃなきゃあんな言い方しないよね。
私が太ってたこと気にして…それで小さい頃いじめられてたのに……それを知ってるのに…見た目なんて気にするなって助けてくれたのは楓だったのに……
「違うよね………きっと……」
あの日の大事な思い出すら壊されそうで泣きたくなる気持ちを抑え、私は教室へと戻るのだった。
そして3限を終え、次は移動教室。皆が準備して動き始めた時。廊下で誰かがコケる音と物が散らばる音がした。
「いったた…………」
私が廊下に出ると、コケていたのはクラスメイトの女子。筆箱が開いてしまっていたのか中身が散らかっている。彼女の容姿を言葉を選ばずに言えばとても太っている。空気を読まないこともしばしばあり、そのせいで浮いてしまっている女子だ。楓はもちろん既に廊下に出ていたはずのクラスメイトは誰も手を貸さなかった。
だがそれは私もだ。彼女を見ていると昔の私を思い出すようであまりいい気分じゃない。それに性格にも難がある。楓にあれだけ言っときながら私だって関わる人を選んでる。せめて足元のペンくらい拾ってあげても――
「おい大丈夫か?」
私が悩みながらもペンを拾おうとしていると、反対側の教室の扉から井伏くんと木下さんがやってきて、彼女に手を差しのべた。
「だ、だだ大丈夫……だから…これくらい1人で……」
「気にすんなって。1人より2人の方が早いだろ?」
「……3人ね。井伏くん?」
「…………はい」
「ありがとう…ございます…………」
3人は散らばった教科書や文房具などを回収していると、突然井伏くんが落ちていた下敷きを拾いあげて固まった。
「これ…………」
「あ、それは……!!」
パッと見た感じはアニメとか漫画のキャラクターみたいなものが描いてあった下敷きだった。コケた女子が恥ずかしそうでなんとか取り返そうと手を伸ばすと、井伏くんは急に大きな声を出した。
「この前の映画の特典だよな!いやこのバージョン欲しかったんだよなぁ……」
「え、……知ってるんですか!?」
「知ってる知ってる!劇場で聞く演奏マジでやばかったよな!」
「っ…………そうですよね!私もこの下敷きが欲しくて何回も見に行っちゃって……でもその度に新たな発見があって!」
「分かる!いいよなそういうの!」
「……いいから手を動かしてよ零央くん。間に合わないよ」
「ごめんなさい………」
話の内容はよく分かんなかったけど井伏くんにそういう趣味があるのは意外だった。
でも井伏くんが彼女に手を差しのべた理由は趣味が合うからとかじゃないはずだ。
ただ目の前に困ってる人がいたから助けた。それだけのように思える。
…………私も進まないと。
「はい。落ちてたよ」
「あ、ありがとうございます……」
私は足元のペンを拾って彼女に手渡した。すると彼女は真っ直ぐと私の目を見て感謝してくれた。最初はスルーしようとした私にはとてもむず痒くて、とても耐えられるものではなかったが、どこか誇らしさもあった。
「私も手伝う。4人ならもっと早いでしょ?」
私が手伝おうとすると、今度は私の後ろから陽気な声が聞こえてきた。
「6人なら最早1秒かもよ?ねぇてっちん!」
「いいから離れてください……」
明らかに不釣り合いな2人組だ。でも彼らも2学期になってから井伏くんと話しているのを見かける。きっと友達なのだろう。
そうして私達は6人で協力して拾い集め、終わる頃にはさっきの楓の不満なんてサッパリ忘れており、そのまま皆で次の授業の教室へと向かうことにしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます