第48話 はじめての大喧嘩

 9月3日火曜日の放課後。井伏くんに突っかかっていた楓を発見した。話の内容を盗み聞きするにどうやら木下さんの事でモメているようだ。このまま喧嘩になっても良くない。早めに引き離そう。


 そうして楓を無理矢理引っ張って学校を出た。楓はしばらく無言のままで、なに考えてるのか分からなかった。拗ねると黙ってしまう悪い癖だ。


「今日うちふたりとも遅いから。手短にね」


「…………お前がそういうなら」


 男ってのは単純だ。これで簡単に機嫌が直る。そろそろ生理も近いし今のうちにしとかないとまたぶつくさ言われるだろうから丁度良い。




「やっぱ俺達って相性良いのかもな」


「あー……うんそうかもね。すごい気持ち良かった」


 一通り終わった後、すっかり機嫌を直してくれた楓に思わず嘘をついてしまった。確かに最初の頃よりはマシになってきたけど痛くなくなった程度だ。友達曰く「乃愛の体質によるけど意外とそんなもんだよ」とのことらしいからこればっかりは仕方ない。


 ……そんなことは今はどうでもいい。話を聞くなら楓が上機嫌になっているここしかない。そう思った私は服を着ながら楓に気になっていた話を聞いてみることにした。


「ねえ楓。なんで井伏くんの事をそんな敵対視してるの?」


「………別にしてないけど?」


 明らかに嘘だ。夏休み前辺りで楓は井伏くんの話ばかりしてきた。「絶対に関わるなよ」「お前だけは俺の隣にいてくれ」と。そんなこと言いながら自分はクラスの女子と普通に話してたくせに。

 とはいっても私からしても井伏くんは少し怖かった。4月頃に見かけた時は本当に人でも殺したことあるんじゃないかって目付きしてたし。そこからしばらく学校に来なくて、突然6月の頭にやってきたかと思えばそのまま休むことなく通い続けていた。日が経つにつれて目付きも柔らかくなってまるで別人のようだった。



「……じゃあなんで木下さんに注意してたの?井伏くんと関わるなって」


「それは………だって井伏だぞ?絶対に裏があるだろ」


「あるかもしれないけどさ。楓には関係ないじゃん」


「いや…クラスメイトじゃん?身近な人が不幸な目に合うのは見たくないってか……」



 言葉だけを受けとれば優しさなのだろう。昔から楓は女子に優しかった。初めて会った時も太っていた事でいじめられてた私を助けてくれた。


 でも中学の辺りで楓の優しさの歪さに気づいてしまった。

 楓は確かに優しかった。けれどそれ以上何かしようとはしなかった。私が何度好意を仄めかしても気づいてくれなくて、女子の友達を増やしてばっかり。色んな子に楓に彼女がいないかって何回も相談されて正直うんざりしていた。


 高校に上がったら楓の歪さはどんどん増していった。仲良くなる友達を外見で選ぶようになったのだ。本人は「そんなことない」みたいな顔をしてるが周りにはかわいい子ばかりだ。生徒会長さんもそうだし、桜の友達だってそうだ。そして木下さん。夏休み前の彼女を一切気にかけなかったくせにかわいいことが分かったらすぐに優しくした。


 でも彼女を作ろうとは頑なにしなかった。気になって理由を聞いたことがあるが「そういう気持ちで仲良くなってるわけじゃないから」とそれっぽい言い訳で乗り切られた。



 だからこそ、そんな楓が私に告白してくれた時はすごく嬉しかった。メッセージでの告白だったけどそれでも私は良かった。私を選んでくれたことが嬉しくて、楓の気が変わらないうちにとOKしてしまった。


 今の関係にも不満がないわけじゃない。でも私達はまだ学生だしホテル代の割り勘くらい全然良かった。バイトもきっかけがあればやってみたかったし、一緒に居て楽しいことの方が多かったから気にしなかった。女子と話してても仕方ないからと許してた。



 でも………っ!



「………あのさ楓。私だけ見てて欲しいってのはわがままなの?」


「いや見てるじゃん。こうして付き合ってるわけだし……」


「え、じゃあ木下さんを心配する意味ある?」


「だからそれは……」


「また井伏くん?え、なに?関係無くない?楓が井伏くんに何かされたの?」


「されてはねぇけど……」


「じゃあそんなに可愛い女子に囲まれたいわけ?井伏くんが羨ましいの?だったらなんで私に告白したの?私が好きだって言ってくれたじゃん。それなのに他の女子にもまだ手を出すの?なんで?」


「…なっ………なんだよお前も井伏の肩を持つってのかよ!不良が更生したから魅力的に見えますってか!どいつもこいつもそんなので絆されやがってよ!あんなの裏があるに決まってるだろ!」


「だから知らないってば!木下さん取られて嫌だったんなら告白しとけば良かったじゃん!私なんかじゃなくてさ!」


「……それは…………」


「なにまさかキープしてたとか?付き合ったら他の子と遊べなくて面倒だから?じゃあ私そんな安い女だと思われてた?ずっと隣にいたから他の女子と仲良くすることくらい許してくれるとか思ってたわけ?信っじらんない!!」


「違っ……俺はお前の事が本当に好きで…」


「……っ…もう聞きたくない!!早くここから出てって!」




 怒りに任せ、楓を部屋から放り出した。扉越しに何か言ってくれるかと待っていたが、楓が離れていく足音が虚しく響くだけ。それを聞いた私は扉の前で涙が止まらなくなってしまった。


 こんなに怒るつもりなんてなかった。楓と喧嘩なんてしてこなかったから怒り方も分かんなくて口調も荒くなってしまった。私はただ謝って欲しかっただけなのに。「ごめん」って。嘘でもいいからその言葉が欲しかったのに、楓から出てきたのは安っぽい好きだけだった。


 悔しい。これだけ一緒に居て、今は恋人同士なはずなのに、私がそんな好きで許してくれるって思われてたことが悔しくてたまらない。



 どこから間違ってたのだろう。

 あの日の告白を受けなければ良かったのだろうか。もっと楓と話すべきだったのだろうか。



 分からない。


 私は誰にでも優しかったあの日の楓が好きだったはずなのに………それなのに…………




「…………ぐす……わたしっ…もう分かんないよ………」

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