第41話 木下七海は隠さない

 8月16日金曜日。今日は以前から約束していたアニメ映画の公開日。俺は一足早く集合場所に着き、映画の予告映像を見ながら気持ちを高めていた。



 実はここ数日でにわか男に対する騒動が起こっている。

 あの盗撮動画自体は消えたが、ネットに上がったものが完全に消えるわけはなくしばらくは擦られ続けていた。そんな中、その男と関わりのあるという女性が色んな情報を引っ提げて暴露系の動画投稿者の配信に登場。未成年飲酒に未成年淫行。コスプレ代が必要だと貢がせに貢がせ、金払いが悪くなれば冷たく接する。ODなんて当たり前。危ないクスリを売り付けられたこともあるとかなんとか…………意外ととんでもない悪党だったようだ。

 その女性曰く、男はあの時既に追い詰められており「どうせ全部バレるなら最後だから手当たり次第ヤることヤるわ」とイベントの前に話していたらしい。

 ……なんでそんな話をその女性としていたのかは怪しさしかない。まだまだ闇が深そうな話だ。




「お、おはよ……」


 俺が予告を何周もしていると、集合時間ピッタリに七海がやってきた。いつもの量産ファッションだがそれがまた良い。


「おはよう。時間ピッタリだな」


「うん…………そだね……」


 なるべく優しく話しかけているというのに明らかに目をそらされる。恐らくは先日の質問の事を気にしているのだろう。俺もあの日は思わず聞き返してしまったが、ここは一度答えておいた方が七海的にも気持ちがスッキリするかもしれない。


「そういや木下。この前の質問あったじゃん。3人目がどうとかってやつ」


「え、……え、うん」


「ハッキリ言うと相手によるよ。俺も本気で好きじゃないと気持ちには応えられない。それがせめてもの誠意だと思ってるから……」


「そっか。なるほど…ね」


 少し寂しそうに呟く七海。俺達の間に絶妙な空気が流れてしまう。俺はその空気を打ち消す為に映画の話をすることにした。


「よし。とっととチケット買いにいこうぜ。折角来たんだから楽しまないとな」


「……うん!」


 そうして俺達はチケットやポップコーン、ジュースなどを買い、全力で映画鑑賞に臨んだのだった。





 映画終了後……


 スタッフロールまでしっかりと見終えた俺達はしばらく放心した後、互いの顔を見合わせて思ったことを口に出した。


「「神だった…………」」


「「え?」」


 感想が被り、その後のリアクションまで被ってしまった俺達は堪えきれずに笑ってしまい、ひとまずは近くの飲食店で軽めの昼食をとりながら感想を語り合うことにしたのだった。




「音響ヤバかったよね……アニメでもヤバかったけど本物の演奏かと思ったもん……」


「それな。マジでもっかい見てもいいわ」


 ひたすらに今日の映画について語り合う。にしても本当に良い映画だった。ラストを思い出すだけでも鳥肌が止まらない。

 そうしてしばらく話していると、急に七海がソワソワし始めて俺に問いかけてきた。


「ね。この後どうする?」


「この後?」


「うん。もしよかったらさ、付き合ってほしい所があるんだよね」


「まぁ……いいけど」


 本当なら映画を見て解散の予定だったのだが、どうせ午後の予定もないし暇なので七海が行ってみたい場所というものに付き合うことにした。


 なのだが……


「良いのかよこんな所で……」


「え、うん!来てみたかったんだ!カードショップ!」


 七海に案内されたのはまさにといった感じのカードショップ。対戦コーナーもあり、カードも沢山ショーケースに並んでいる。まさか井伏零央としてこんな所に訪れる機会があるなんて思ってもみなかった。


「前から来てみたかったんだよねぇ…でも私1人だと怖かったからさ。今日はボディーガードがいるから安心だなって」


「ボディーガードて……」


 確かに女1人でここに入るのは勇気がいるだろう。今でさえ七海の可愛さに男共の視線を釘付けだ。本人は気づいてないが俺としては少しモヤモヤする。


「でもさぁ……周りにカードゲームやってる友達なんていないからさぁ…買っても意味ないんだよねぇ」


 売られている構築済みデッキを見ながら残念そうに呟いている七海。なんだかその表情が無性に俺の中の貢ぎ欲を刺激してくる。やっぱ七海にはその手の才能があるんだろうな。

 とか冷静なつもりで考えていると気づけば俺は2種類のデッキを手に取っていた。


「…………やるか?」


「…………っ……うん!!」


 俺の言動がよっぽど嬉しかったのか、七海は女神のような笑顔を向けてくれた。その笑顔を見れたというだけで全てがどうでもよくなり、勢いのままスリーブやらなにやらも購入したのだった。



「ありがと……色々買ってもらっちゃって。ホントに嬉しい……」


「……気にすんな」


 冷静になったのはカードショップを出た後だった。まさかこんな手痛い出費があるとは…単発のバイトでも探さないとヤバいかもな。


「ねぇ井伏くん……この後は?よかったらカラオケとか行かない?もちろんそっちは割り勘だからさ!」


「…………少しだけならな」


 一瞬断ろうかとも考えたが、あまりの七海のテンションの高さを見て断りきれず、流されるままカラオケにも連れていかれるのだった。



「どうしてもOPを歌いたくなっちゃってさ、あんまり自信はないんだけど……笑わないでよ?」


「笑わねえって。むしろそっちこそ俺の歌を笑うなよ?」


 今日見た映画のアニメのOPから始まり、ハンガンのデュエット曲や、その他サブカル系の曲までふたりで歌いまくった。さっきまで乗り気じゃなかったのが嘘かのように俺は全力で楽しんでいた。


 すると、俺が歌い終わったタイミングで七海が「よしっ……」と何かを決意すると、モジモジしながら声をかけてきた。


「あ、あのさ、ちょっと良い?」


「…いいよ」


 七海の真剣な表情に覚悟を決めた俺は、しっかりと七海に向き合って話を聞くことにした。


「……井伏くんには彼女がいるじゃん」


「…そだな」


「………でさ、もしもさ、その事情を全部知った上でさ、君のことが好きだって伝えてくる女の子がいたらどうするの?」


「それは朝言っただろ。俺もソイツの事が本気で好きなら考えるって……いや最低なこと言ってるのは分かってるけどさ」


 自分でもとんでもないクズ発言してるのは分かってる。でも今更燈や栞と離れたくない。ずっっっと一緒にいたい。それだけだ。


「…………じゃあさ、その女の子がさ、3番目は嫌だって言ったら?」


「俺は順番でどうこうしようなんて――」


「違う」


 七海は俺の最低な言い分を強引に遮ると、グッと真っ赤な顔を近づけてきた。


 そして……



「…………私さ、君の1番が、良いの」


「それって…………っ!?」


 俺がその言葉の意味を確認しようとすると、七海は急にその豊満な胸を押し当てるように抱きついてきた。


「わ、私、さ!自分の……武器は分かってるつもり……だから!!だから……その………いいんだよ!!うん!!!井伏くんなら……だから…………私のこと!好きになってください!!」


 勢いのままなんとも不思議な告白をしてくる七海。俺はそんな七海からのハグを優しく引き剥がし、不安そうな顔になっている七海に向けて諭した。


「…………こんなことすんなよ」


「……で、でも!!これくらい……アピールしないと………世良ちゃんとか…栞ちゃんに……勝てないって……」


「そういうことじゃなくて……だな」


 俺は後で栞達からたっぷり怒られる事を決意すると、大きく深呼吸をし、七海の手を優しく握って言うべき言葉を伝えた。


「……んなことされなくても…ずっと前から好きだよ」


「…………へ?」


「……何驚いてんだ。そもそも前にも好きだって言ったろ。俺の告白忘れたのか?」


「だって……あれは…………断っちゃって……」


「…………だったらもっかい言ってやるよ」


 俺は動揺している七海の手をギュッと握り、あの時と同じ台詞を口にした。


「七海。俺の女になれ」


「!!????!!?!?」


 俺のとんでもなく恥ずかしい台詞に七海の顔は最早心配になるレベルの赤さになり、なんとか俺から離れようとしていた。


「え、えと……あの…………すこし、考えさせて……」


「ダメだ。もう逃がさない」


「っ…………ずるいよ井伏くんってば……こういう時ばっかり…………カッコつけるんだから……」


「そりゃ一世一代の大勝負だからな」


 もちろん俺だって恥ずかしい。それでも先に七海から告白させてしまったのだ。俺がここでひよっていたらもっと恥ずかしい。


「………………じゃ、じゃあ……その……」


 七海はこんがらがっている頭をなんとかフル回転させながら言葉を探ろうとしていた。俺はその様子をただ見守り続け、ずっと「あーでもないこーでもない」としていた七海は数分後になんとか告白の返事をしてくれた。



「…………私は…井伏くんの、女……です」


「……もうちょっとあっただろ」


「っ…だってぇ!!!」



 色々と冷静になった俺達は互いに互いの告白を茶化し合い、なんとも言えない気恥ずかしさを残しながら時間いっぱいカラオケを楽しんだのだった。

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