第40話 隠れ美人ヒロインは推されたい

 8月12日月曜日。コスプレも同人誌漁りも全力で楽しんだ昨日の打ち上げと称して、昼間っから4人でパーティーをしていた。


「センパ~イ。ボクにも見せてくださいよぉ…あのカッコいいキメポーズ!」


「……絶対しねぇ」


「まぁまぁ。見せてやったらどうだ?」


「あ、世良ちゃんお肉もう焼けてるんじゃない?」



 本当なら3人でする予定だった打ち上げは、燈が丁度部活が休みだと言うので、折角ならと4人で行うことにしたのだ。栞の家からホットプレートを借り、小遣いをかき集めて少しお高い肉を用意し、その他にもジュースやお菓子を買い込んで豪勢なお家パーティーを開催している。


 この打ち上げは七海のイベント成功を祝っている訳なのだが、俺としては当初の目的を全て達成した記念すべき1日でもある。楓のルート以外のヒロイン達を無事に救うことに成功し、こうして皆が笑顔で過ごせている。まさかこんな関係になるとは思ってもみなかったが…ご褒美ってことでありがたく受け取っておこう。


 そうして和気あいあいとパーティーは続き、俺が出番を終えたホットプレートを洗っていると燈に俺達のコスプレ写真を見せていたはずの七海が慌てた様子で台所へとやってきた。


「い、井伏くん!!」


「ん?どうした?」


「これ見て!」


 そう勢い良く七海からスマホを突きつけられ、画面には見覚えしかない男達が言い合っている動画が流れていた。


 その動画とは昨日俺が感情を抑えられずに男を問い詰めた場面の一部であり、『にわかを論破するイケメンコスプレイヤー』という文言と共にバズりバズっていた。


「ガッツリ盗撮じゃねぇか……」


「それはそうなんだけど……これも見て!」


 七海が次に見せてきたのはハンガン作者のSNSの投稿だった。


『まさか今になってハンガンがトレンドに入るとは思ってもみませんでした。原因はさておき、私としてもあの作品には沢山の思い出があります。少し古臭い作品かもしれませんがこれを機にどうか手に取ってみてください。電子版はこちらから↓』



「ちゃっかりしてんなぁ……」


「こういうのが大事なんだよ!ほらトレンドだよ!4位だよ4位!」


 まさかのトレンド入りに盛り上がっている七海。俺がそのテンションにいまいち乗りきれずにいると、七海は「分かってないなぁ」としたり顔で語り始めた。


「このまま人気が再燃したとすればどうなると思う?」


「………まさか!」


「そう!アニメ三期が作られるかも!そしてゆくゆくは!」


「最終決戦は劇場版か!」


「その通り!!!」


 ようやく七海の領域へと追い付いた俺は、その流れのまま台所でオタクトークに花を咲かせるのだった。




 一方その頃リビングの燈達は……


「ねぇ栞さん」


「……言いたいことは分かるよ」


 じゃんけんに負けた零央センパイにホットプレートを洗ってもらっていたはずが、いつの間にか七海先輩とキャッキャウフフしだしてしまった。


「3人目かぁ……」


「まだそうと決まったわけではないぞ。流石の零央も3人は躊躇うだろう」


「……2人も3人も変わらねぇよ。とか言いそうじゃないですか?」


「…………正直七海次第だな」


 座っている栞さんの膝の上に乗っかり、頭を撫でてもらいながら会議する。ボクとしては零央センパイの魅力に女の人が集まってくるのは良いんだけど………


「趣味も合って、おっぱいもおっきくて、かわいくて………正妻の座が脅かされるなぁ…」


「…………正妻は私だけどな~」


「……早く料理教えてください」


「嫌だ。自分で頑張りたまえ」


 最近は栞さんともこうして冗談を言い合えるようになれた。ふたりで遊びに行く約束もしているし、恋のライバルというよりはお姉ちゃんのようだ。


「……明日は栞さん暇ですか?」


「そうだな。そういう燈ちゃんは?」


「ボクは午後練です」


 互いの予定を確認し、顔を見合わせて既に同じことを考えていると確信する。またライバルが増えるのであればその時はもう仕方がない。でもあの女誑しにはお仕置きが必要だ。


「ではそういうことで……」


「あぁ。ふたりがかりなら負けないだろう」


 こうして、彼女ふたりをほったらかして別の女と楽しそうに話している彼氏を徹底的に分からせることにするのだった。



 ―――――――



「今日は楽しかった……」


「そりゃ良かった」


 打ち上げは夕方まで続き、俺は七海を見送るために一緒に最寄り駅まで歩いていた。

 燈と栞は急遽泊まっていくと言い出したので留守番だ。燈が明らかに何か企んでいたが…投げ飛ばされないように謝罪の言葉は用意しておくとしよう。


「次は秋頃かなぁ……今回の反省点は沢山あったし、次に活かさないとね」


「とりあえず木下は運動じゃないか?」


「ぐぇ……嫌なんだよねぇ………色々と…」


 運動の話題をすると七海は少し気まずそうになった。まぁ確かに痛そうっちゃ痛そうだ。セクハラになるから触れないでおくが。


「……あ、そうだ井伏くんの部屋さ。筋トレグッズ?いっぱいあったじゃん。あれでトレーニングしよっかな」


「どうやってすんだよ…」


「それはもちろん井伏くんの部屋に通って…………」


 七海は自分が言っている言葉の意味にようやく気づいたのか、顔を真っ赤にして慌てだした。


「じょ、じょ…冗談だよ!!井伏くんには彼女がいるのにそんなことするわけないじゃん!貸してもらおうかなって!うん!」


「まぁ……貸すくらいなら」


「うん!ありがと!うん!!」


 勢いで誤魔化している七海。そんな七海を見ていると何故か俺も恥ずかしくなってきてしまう。燈や栞といる時とは違い、どうにも俺の素が出てきてしまう。やっぱ性癖に刺さってるのが良くないんだろうな。


 なんて事を俺が考えていると、七海は顔を赤くしたままモジモジとし始め、俺に上目遣いをしてきた。


「ね、ねぇ……彼女がふたりって…大変?」


「…………そりゃ大変だな」


「………………あのさ、あの……井伏くん的にはさ……その………」


 七海がここまで緊張している所を見るのは久しぶりだ。やっぱりこういう所も七海らしくて非常に良い。


「……まだ、余裕…………あるの?」


「余裕?」


「も、もしもだよ??もしもね?君の3人目でも私は大丈夫って言ってきた子がいるとするじゃん?その時は…………どうするの?」


 端から聞けばとんでもない質問をされている。3股をそんな簡単に許容出来る奴なんてそうそういないだろう。

 そして七海がこんなバカみたいな質問をしてきた意味は恐らく……


「………なぁ木下それって――」


「っ!!?いや!?違うよ!!?もしもだって!!あ、駅ついたね!!うん!!じゃあ!また金曜日!!映画楽しみにしてる!!」


「お、おう……気をつけて………」


 いつの間にか駅前までついており、質問の意図を誤魔化すかのように七海は駅へと走っていった。俺は七海がコケないかと最後まで見送り、なんとも言えないモヤモヤした気持ちを抱えたまま家に戻ることにしたのだった。




「ただいま……」


「あ、おかえりなさーい!」


「おかえり」


 家に帰ると何故か玄関で待機していた燈達が迎えてくれた。


「……なにしてんだ?」


「まぁまぁまぁ!はやくはやく!」


 そのまま手を引かれ、ベッドへと押し倒された。もうちょっとこう雰囲気というか……


「今日はセンパイは動かないでくださいね!ダメな浮気彼氏へのお仕置きなんですから!」


「これは命令だ。もしも勝手に動いたら許さないからな」


「えぇ…………」



 その後、お仕置きと称してふたりがかりで散々弄ばれた訳だが………むしろいつもよりSっぽいふたりの姿が見れて単なるご褒美でしかなかったのだった。

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