第39話 抑えられなかった衝動

 炎天下の中で撮影を続けていた俺達だったのだが、明らかに七海の様子がおかしくなっていた。


「あつぃ……」


 こまめに水分補給はしていたものの、流石にこの暑さは七海には耐えられなかったようだ。フラフラと頭を回しながら今にも倒れそうになっていた。


「おい…大丈夫か?」


「だい……じょ…ぶ…………」


 一応確認してみたがこれ以上は難しそうだ。そう判断した俺達は七海を連れて有料の休憩室へと向かうことにするのだった。



「ごめんねふたりとも……ありがとう…」


「気にするんじゃない。七海に倒れられるのが一番困るからな」


 椅子に座り、栞に介抱されながらスポドリを少しずつ飲んでいる七海。休憩室は冷房が効いているにも関わらず七海の顔の火照りは取れていない。かなりギリギリの状態だったようだ。


「なぁ木下。今日はもう終わりにしとかないか?」


「…っ…………」


 俺からの提案に七海は悲しげな顔になった。この結果は七海自身が一番悔しいだろう。「いやだ」と引き下がられるかもしれない。だとしても栞も居ることだし、説得に協力してくれるはずだ。ここは心を鬼にして…………


「……そうだね。そうしよっか」


「え……いいのか?」


 俺が次の言葉を考えていると、七海は微笑みながら俺の提案に賛同してくれた。うちわで扇いでいる栞も思わず手が止まっていた。

 そんな俺達を見た七海はくすりと笑うと、楽しげな表情で理由を話してくれた。


「今日はとっても楽しかったんだ。沢山の人に私が作った衣装とか井伏くん達を褒めてもらえて、喜んでもらえて、本当に夢みたいだった。もちろん悔しい気持ちもあるけどさ。それ以上に満たされちゃったんだ。それに……」


 七海は俺の目をじっと見て、少しイジワルな笑みを浮かべた。


「次も………その次だって……付き合ってくれるんでしょ?」


「……男に二言はないからな」


「ふへへ………ありがと」


 どこか小っ恥ずかしくなるようなやり取りを七海としていると、何故か焦っている様子の栞が俺達の会話に割り込んできた。


「な、七海!私も!いくらでも付き合ってやるぞ!な!!だから……な!」


「え、ホントに!?ありがとう栞ちゃん!」


 焦っている栞とは裏腹に、七海は嬉しそうに栞の手をブンブンと上下に振り回した。一瞬だけ栞が俺の方を睨んできたような気がしたが、とりあえず気づかなかったフリをすることにした。


 そうして俺達が青春?を満喫していると、休憩室にとある男がやってきて、俺達を見るや否やこちらへと近づいてきた。


「すいませんご歓談中の所……もしかして『ハンガン』のセリアのコスプレですか?」


 男は栞へと声をかけた。男の顔を見た瞬間に栞の顔が仕事モードに切り替わる。俺も何度もコイツの顔は見たから分かる。コイツこそが例のコスプレイヤーの男だ。


「ええ……そうですが」


「やっぱり!SNSで話題になってて探してたんですけど本当にすごいクオリティですね!私も昔からこの作品の大ファンで……まさかこれ程の物が見られるとは……」


 男は興奮しているような話し方で栞に話しかけている。視線は栞の目というよりは更に下を向いていて、俺の方には一切目を向ける気配がない。よくそれで騙せてきたもんだ。


「セリアだけではなく……そちらはオペ子ちゃんですか?素晴らしいですね…細部まで作り込んであって……」


「……ありがとうございます」


 男からの賛辞に対して七海は少し苦い顔をしつつも感謝を述べた。すると男はようやく俺に目を向け、本題に入った。


「ウルフのコスプレも良く似合ってて…その鷹の意匠はもしかしてセリアをイメージしてるのですか?オリジナリティもあって素晴らしいですね。ところで良ければこの後のご予定はございますか?良ければオフ会など…………」



「「……………………」」



 性懲りもなくオフ会オフ会…………というか!もうそんなことはどうでもいい!この男には一言言っとかねぇと気が済まねぇ!


「あ、あの……」


 その気持ちは七海も同じだったようで、男に声をかけようとしていた。だが俺はそんな七海よりも先に席を立ち、男に詰め寄った。


「この鷹の意匠はオリジナリティじゃないんすけど」


「…………え?」


 唐突に図体のデカイ男に詰め寄られ驚きの表情を浮かべている。だが俺はそんなことなんて一切気にせずに淡々と不満をぶつけた。


「これは原作が終わった後に発売された本編のその後を描いたスピンオフ作品『ハンドガントレット ~戦場の獣達~ 』という小説版に出てくる目茶苦茶エモい衣装なんですが?まさかご存じない?昔からファンなのに?であればとても良い話に仕上がってるので見てみてはいかがですか?『昔からの大ファン』であるならきっと気に入ると思いますよ?」


「あ、いや……………」


「…………まぁこれは良いとして……1つ質問しても良いですか?」


「…………な、なんでしょう」


「……オペ子の本名。分かりますよね?」


 どんな質問がくるかと身構えていた男だったが、「そんな簡単な質問か……」みたいな顔をして自身ありげに語りだした。


「えぇ知ってますよ。『ヨミ』ですよね。実は最初の頃から名前については仄めかされていて…あの時の伏線回収のインパクトはとてもすごかっ――」


「ちげぇよ後付けだよ。ファンブックに作者本人が人気出たから急遽メインキャラにしましたってそう書いてんだよ。その考察は全部偶然だって最近作者のSNSで否定されてたぞ。まさかファンブックすら読んでない?」


「……いや……如何せん昔の話……で…」


 コイツのやり口は大体分かってる。コイツのSNSを漁って気づいたことだったが、コスプレの大半がマイナー作品だった。そして今のこの狼狽えよう…………やはりコイツは……


「アンタ、にわかだろ」


「っ…………いや……ちゃんと見ては……」


 にわかが悪いとか言いたくはない。だがコイツは自ら大ファンであると明言したのだ。それなのにこの程度の知識量。マイナーだからと適当で良い思ってるのだろう。ハッキリ言ってファンを舐めてる。


「…………オフ会オフ会とか言って女囲ってる暇があったらよ。今すぐ帰って履修してこいよ」


 周りからの注目を集めているがそんなことはどうでもいい。むしろこれだけの注目を集めていれば勝手にこの話を広めてくれるだろう。

 そう思った俺は更に男を威圧した声をだし、殺意を込めた目で睨み付けた。


「……二度と俺の女に近づくんじゃねぇぞ」


「ぐっ………………」


 男は悔しそうな表情を浮かべると、そのまま休憩室から出ていった。

 周囲から「なんかすごいの見た……」的な視線を向けられたが、俺はそんなことは気にせずに堂々と椅子に座り直した。


「まったく……君も七海に似てきたな」


「………そうかもな」


 栞はどこか呆れながら苦笑いしていた。似てきたというよりは元からなのだが……まぁそういうことにしておこう。


「井伏くん……!」


 突然七海が俺の手を握ってきたかと思えば、満面の笑みを浮かべていた。


「ありがとう……言いたいこと全部言ってくれて…すごくカッコよかった!スカッとした!本当に……井伏くんと友達でよかった!」


「お、おう…………そりゃどうも……」



 正直かなり身勝手で押し付けのような行動だったと反省してはいるのだが……こうして七海の笑顔が見れただけでお釣りはくるだろう。


「…………とりあえずここから出ようかふたりとも。もう休憩は充分だろ?」


「「あ、はい……」」


 あまりにも注目を集めすぎた俺達は居心地が悪くなって部屋を退出し、その後は私服に着替えて、もう1つのお目当ての同人誌漁りをすることにしたのだった。

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