第37話 あのふたりに並べるように

 8月6日火曜日。俺と栞は再び七海宅へと呼び出されていた。

 用件はシンプル。俺の分の衣装が完成したから着てほしいということだった。


 というわけで栞に手伝って貰いながら軍服モチーフの衣装を着て、ウィッグやらカラコンやらをしっかりとつけ、部屋の外で楽しみに待っている七海に声をかけた。


「終わったぞー」


「は、はい!」


 七海は少しずつ部屋の扉を開けた。七海の顔は何故か下を向いており、俺の足先からじっくりと観察するように顔を上げ、やがて俺と目がった七海の目からは涙が溢れていた。


「っぇ…………ぐぅ………………うぅ…」


「七海!?どうした!?」


 その涙の意味を理解出来ない栞はすぐさま七海に駆け寄った。しかし七海は「だいじょうぶ…嬉し泣きだから……」と栞に説明すると、改めて俺のコスプレ姿をじっくりと眺めだした。


「…わたしっ…………ほんとうに……いぶせくんと…………ともだちでよかった……」


 コスプレしただけでそこまで褒めて貰えるとは思ってもなかった。素直に嬉しくなり、調子にのった俺は七海に近づくと、なるべくアニメの声に似せた声色で声をかけた。


「ありがとう」


「ヒュッ………………」


「七海!!?」


 流石にやりすぎてしまったのか七海はまるで魂が抜けたかのように動かなくなってしまった。ゆっさゆっさと栞が七海の体を揺らしながら安否を確認するも、七海が我を取り戻したのは数分後のことだった。



「すまん木下…………調子のった……」


「いやいやいやいやいや!全然!!!」


 意識を取り戻した七海に頭を下げる。だが七海は全く気にしておらず、なんならずっと俺の顔を幸せそうに見つめていた。


「……はぁ……何度見ても顔面強すぎ……」


「つよい?カッコいいなどでは無く?」


 栞が一般的には当たり前な質問をすると、さっきからテンションが振り切れている七海は意味を説明し始めた。


「カッコいいのなんて当たり前じゃん!でも見て!日本人で銀髪なのに顔が負けてない!赤いカラコンなのに全然浮いてない!すっっごい!だから『強い』なの!!!」


「あ、そ、そうか……」


「…………へへ」


 いくらなんでもここまで褒められたら照れてくる。頬の筋肉が緩みまくって口角が無限に持ち上がってしまう。


「……ところで七海。零央には武器はないのか?ほら私のライフルのような」


「っ!良いとこに気づいたね栞ちゃん!!では井伏くん!」


 栞の質問に七海は更に興奮し、「アレ」を披露してやってくださいと俺の方を見てきた。


「仕方ねぇなぁ……!」


 いつもなら少しは躊躇っただろう。


 だけどもう今は俺もテンションが上がりまくっている!キャラのロールプレイなんていつもやってることだし!というか俺も実際やってみたかったし!



 というわけで俺は右手を親指が上になるように縦にし、人差し指だけを栞に突きつけた。そして中指と親指の先を力を込めて擦り合わせ、解き放つと同時にお決まりの台詞を言った。


「バンッ!」パチンッ!



「……………………???」



 俺の中では完璧に決まったはずだった。隣で見ていた七海も喜んでいた。ただ問題があったとすれば……


「んー………………ん???」


 相手がこういうことに疎い藤田栞という女である、と俺達が忘れていた事だけだった。






「元気だして井伏くん………決まってたよ…うん…私はカッコいいと思ったから…」


「もういい…殺してくれ…………」


「……なんか…ごめんな?」


 完全に滑り、一気に現実に引き戻された俺はここまでの自分の言動が恥ずかしくなって部屋の角で縮こまって塞ぎこむことにした。

 七海からは慰められ、栞からは背中をさすられながら謝られる。それが余計に俺のメンタルを削りにかかってきた。



「……で、今のはなんだったんだ?」


「えっと…………少しややこしいんだけど…良い?」


 七海は栞に確認をとると、改めてハンガンという作品について説明を始めた。


「そもそもハンガンの世界は魔法って概念があるの。それで魔法を使うには本来なら道具がいるんだけど……一般的には杖とか箒とかが定番じゃん?ハンガン世界ではその役割を持つのが銃なの。だからセリアは銃を持ってるんだ。でも!なんとウルフは銃に頼らなくても魔法が使えるの!つまりさっきの井伏くんのポーズってのは右手を銃に見立てて魔法を使ってるっていう場面なんだ!詳しくは漫画を読んで!ここに全巻あるから!」


「あ、あぁ…………そうするよ……」



 その後、栞は半ば押し付けられる形で漫画を読み始めた。最初こそ「ふむ……」みたいな顔で眺めるように読んでいた栞だったが、4巻辺りから「ふむふむ!」と食い入るように見始め、完全に一人の世界に入り込んでしまった。


 そんな栞を邪魔するわけにもいかないので、俺はとりあえずウィッグとカラコンを外し、何やら作業をし始めている七海の元へと寄った。


「なにしてんだ?」


「これ?今回の反省点をノートにまとめてるの。井伏くんに着てもらって分かったことも沢山あった。井伏くんのビジュの強さをもっと信用してもよかったなって。次に活かさなきゃって……」


「次?」


「ぇ…………あ……そっか今回だけか…」


 すると七海は突然ペンを止めてしまい、何かを誤魔化すように不器用に笑いながら俺に謝ってきた。


「ご、ごめん……そうだよね…………あはは……」


 冗談めかしながらノートを閉じようとする七海。その悲しげな様子があまりにも見てられなくて、俺は七海の手を取り、無理矢理ノートを開かせた。


「いいよ。次も、その次も……いくらでも付き合ってやる」


「へ………………ぁ……」



「こら零央ー。なに口説こうとしてるんだー」


 俺の言葉があまりに予想外だったのか七海は顔を真っ赤にして固まってしまい、この一部始終をちゃんと聞いていた栞が漫画を読みながら俺に釘を刺しにきた。


「口説こうって訳じゃなくて…友達としてこう……な?」


「七海もダメだぞー。目の前の不良男は二股してる最低男だからなー」


「ちちちちちがうよ!そ、そんな……そんなんじゃ…………」


 首を全力で横に振って否定する七海。すると栞はため息をつき、漫画を読むのを止めて俺の方を見てきた。


「よし零央。さっきのもう一回やってくれ」


「え……流石に嫌なんだけど…ウィッグもカラコンも外したし……」


「それでも構わないさ。それとも彼女のお願いが聞けないのか?一昨日あれだけ私を被写体にして楽しんでいた癖に?」


「ヴッ…………」


「ほら七海。やってほしいポーズがあればお願いするといい。撮影タイムだ」


「え、……あ、うん…」


 こうして、しっかりと知識をつけた栞の指示によってあれやこれやとポーズをお願いされた。最初こそ恥ずかしかった俺も少しずつノリにのっていき、いつの間にかウィッグとカラコンもつけていたのだった。






 その日の夜。七海宅にて……




「……………………」


 私はベッドに寝転がりながら井伏くんのコスプレ姿で埋まっているフォルダを見て物思いにふけていた。


「………………はぁ……」


 何度見ても顔面が強い。今までは怖さが優先して見れなかったけどすごいカッコいい。

 それなのにあんな……オタクっぽい…同年代の男子みたいな一面もあるなんて……


「…………ずるいよ井伏くん」


 でもあんな顔を見せてくれるのは私だけなんだよね。栞ちゃんとか世良ちゃんとはアニメの話出来ないから楽しいって前に言ってたし。


 つまり……


「ふへへへ…………私だけぇ……」


 あんなにカッコいい同級生の素顔ともいうべき姿を見られるのはきっと私だけ。なんだかそれがとっても特別な事のような気がして、私はベッドの上でゴロゴロとのたうち回った。




「…………出すかぁ……勇気…」


 当日はそんな顔面が強いふたりに囲まれるんだ。それなら私も少しくらい勇気を出しても許されるよね。


 あまりの興奮で眠気と迷いが吹き飛んだ私は洗面台まで行き、鏡にうつる自分の顔と戦うことにしたのだった。

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