第36話 お試しの撮影会
8月4日日曜日。俺達は七海宅へと訪れていた。
ピンポーン
『はーい。今行きまーす』
玄関のチャイムを鳴らすとインターホン越しに七海の元気そうな声が聞こえてきた。しばらく待たされ、やがてドタバタと物音がしたかと思えば勢いよく目の前の玄関が開いた。
「ごめんお待たせ……ズボン探してたら遅くなっちゃった……」
「ブッ!?」
出てきた七海の格好を表現するならズボラそのもの。グレーのシャツに下は学校のジャージ。だがそのズボラさとムッチムチの体が謎の色気を醸し出している。
「……どうしたの?」
「いや……」
七海って無自覚でこういうことしてくるんだよなぁ……忘れかけてた昔の性癖が甦ってきそうだ。
「七海。なんだその格好は」
「へ!?栞ちゃん!?」
俺と七海が気まずい空気を作り出していると、俺の後ろに隠れていた栞がひょっこりと顔を出しながら七海を問い詰めた。
「な、なななんでここに!?」
「君が人の彼氏を自宅に誘ったからだが?」
「え…彼氏……………えぇぇ!!?」
「……とりあえず中に入らないか?」
玄関先で騒いでいては近所迷惑だ。俺は少し拗ねている栞と、驚愕のあまり固まってしまった七海をなんとか家に押し込むことにした。
「な、なるほど…………へぇ……そういう関係に……なったんだ…………へえ……」
部屋に招かれ、俺達は七海にもしっかりと今の関係を話した。いわゆる二股状態であること。一応了承は得ているということ。もしもの時はコンクリートの地面に全力で叩きつけられる約束をしていること。
それらを聞いた七海は俺と栞を交互に見比べながら「なるほど……なるほど……」と呟いていた。
「というわけだ七海。これから零央とふたりで何かしたい時は私を通してくれ。燈ちゃんでもいいが……あの子の方が後が怖いぞ?」
「分かりました…」
関係の説明も終わり、いよいよ本題に入ることにした。
「で、今日は俺のサイズを測るんだったよな?」
「う、うん。井伏くんに着てもらうためにずっと手直しはしてたんだけど……どうにもしっくりこなくて…だから胸囲とか腕の長さとか太さとか測れる所は全部測りたいんだ」
「……変な気は起こすなよ零央」
「流石にそれだけはねぇよ」
「じゃ、じゃあ……やろっか。まず……上脱いで……くれる?」
「はいよ」
「七海!?ぬ、脱がなくても良くないか!?」
俺が指示通りにシャツを脱ごうとすると、焦った栞が止めに入った。
「え、でも正確な数値が欲しいし……」
「それに上ならプールで散々見せたしな。今更だろ」
「それは……そうだが…………」
意外と七海自身もあっけらかんとしており、栞は「そういう問題じゃないだろ……」と呟きながら床に座った。後で謝っておこう。
俺がシャツを脱ぎ上半身裸になると、七海は真剣な表情でメジャーを構えていた。
「始めるから動かないでね」
「はい」
職人モードに入った七海にテキパキと指示される。俺はそれに従うように背筋をピンとただした。
その後、測定自体はスムーズに進んでいたのだが、問題はそんなとこじゃなかった。
ウエスト測定中……
「……すごいカチカチ…立派だね」
「ま、まぁ…………」
腕回り測定中……
「ふっと…………しかも筋張ってて……全然私と違う……」
「…………そだなぁ」
首回り測定中……
「うわ喉仏すご………触ってみてもいい?」
「どうぞ……」
「………へぇ…こんなに……固いんだ…」
「……………………っ」
ボディタッチが多い!しかもなんか言ってることが全部意味深に聞こえる!わざとやってるだろコイツ!
「むぅ…………」
ずっと栞に睨まれ続けてて怖いんですけど!頑張ってます!なんとか暴走させないように堪えてますから!だから投げないでくださいお願いします!
「…………よし。うん。終わり。ありがと」
そんな俺の努力なんて七海には全く関係なかったようで、人の体をくまなく測り終えると俺に深々と頭を下げた。
「すごく参考になった。これで良いものが作れると思う」
「そりゃ……よかった…………」
本当に危なかった。あんなにペタペタと触られて、危うく勘違いするところだった。
「ねえ栞ちゃん。栞ちゃんにもお願いがあるんだけど……いいかな?」
「私に?」
測り終わった俺はもう用無しだと言わんばかりに今度は栞に声をかけた。そしてクローゼットからガサゴソと一着の衣装を取り出すと、栞に手渡した。
「これ昨日完成したんだ。折角なら一回着てみてほしい。栞ちゃんのサイズには合わせてあるはずなんだけど……動きにくかったらダメだしさ」
「……あぁ分かった。着させてもらうよ」
こうして栞と、ついでに七海も当日用のコスプレ衣装に着替えることになり、俺は栞によって部屋から追い出された。
待つこと数十分…………
「零央。いいぞ」
「はいよー」
栞に声をかけられ、俺はすぐに部屋の扉を開けた。すると……
「……どうだろうか」
そこには紺色をベースとした軍服モチーフの衣装に身を包んだ栞が恥ずかしそうに立っていた。
「え、マジで本物じゃん……」
「だよねだよね!流石栞ちゃんだよね!」
まだウィッグやカラコンすらつけていないのに既にこの完成度。俺があまりの素晴らしさに見惚れていると、七海がいつの間にかスマホで写真撮影を始めていた。
「どう?動き辛くない?大丈夫?違和感があったらすぐに言ってね。あ、こっち目線ちょうだい!」
「これは…少し、恥ずかしいな………」
栞は恥ずかしがりながらもそれっぽいポーズを取っていた。そんな栞をパシャパシャと撮っている七海もコスプレをしているのだが、こちらも凄まじい完成度だ。
「木下は……オペ子か?」
「あ、分かる!?井伏くんは流石だね!やっぱりウルフとセリアと一緒にってなったらオペ子しかいないでしょって思って!」
七海の衣装は紺というよりは青に近い色合いのスーツのようなものだ。所謂モブ役の格好なのだが、細かい装飾や眼鏡をかけていることからセリアの専属オペレーターである通称「オペ子」のコスプレであることは一目で分かった。
「オペ……子?」
俺達の会話にいまいち混ざりきれない栞。すると七海のスイッチが入り、急に解説を始めた。
「オペ子ちゃんはね!当初は名前もなかったんだけどファンの間で人気が出ちゃって中盤から『ヨミ』って名前を貰ったんだ!あ、これファンブックに載ってる情報ね。活躍は本編のネタバレになっちゃうから言えないんだけど……あ、そうだ忘れてた!」
ノリにのっている七海はまたしてもクローゼットをガサゴソと漁ると、中から重々しい箱を取り出した。
「一年分のお小遣い前借りして……買っちゃたの!じゃん!」
その箱から出てきたのはリアル調のライフル。だがアニメと同じような細かい塗装がしっかりしてあり、一目でセリアの武器であると分かった。
「はいこれ持って!」
「あ、あぁ…………っ…意外と重いな………こうか?」
「「!!!!!」」
ライフルを受け取り、再度それっぽいポーズを取る栞。そのポーズを見た俺達オタクふたりは思わず息をのみ、気がつけば正座していた。
「木下…………お前さ…よく天才って言われない?」
「……今日が初めてだけど…これから名乗ってこうかな」
「なんだふたり揃って気色悪い……」
その後、栞はオタク共の熱量に押され、あれやこれやと色んなポーズを取らされるハメになるのだった。
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