第35話 それぞれの夏休みの過ごし方
8月2日金曜日。俺が部屋でベッドに寝転がりながらSNSを眺めていると、一階にあるインターホンが鳴り響いた。
「あー……乃愛か…………」
そういえば今日は夏休みの課題をしようと約束していた気がする。俺はなんとか体を起こし、とぼとぼと階段を下りて玄関まで向かった。
「おいっす楓……なにまさか寝てた?」
「いや…起きてはいたけど……」
「ふーん?あっそ。お邪魔しまーす」
乃愛は我が物顔で家に上がると、何かを冷蔵庫に入れ始めた。
「なにしてんの?」
「ん?いや今日おばさん達居ないんでしょ?だから楓達のご飯作ってあげようかなって」
「…………どうも」
「楽しみにしててねー…あ、これ桜のアイス。食べちゃダメだよ?」
「食べないって…お前は俺の母親かよ」
「君の彼女だけど?」
「……そう…だったな」
そう。乃愛は幼なじみであると同時に今は俺の彼女だ。夏休み直前に意を決して告白し、こうして付き合っている。
「はいじゃあ課題するよ。楓の部屋でいいんだよね?桜は?」
「どうせ寝てるよ」
「……ふーん」
乃愛を俺の部屋へと案内し、ふたりっきりで勉強会をすることにしたのだった。
―――――――
ガチャリ
「おはよう。起きてるか?」
8月2日金曜日。何をするわけでもなく朝をのんびりと過ごしていると家の鍵が開く音がし、さも当たり前かのように栞が乗り込んできた。
「不法侵入だぞ」
「君がくれた合鍵だが?」
そのまま人の家の冷蔵庫を開け、あれやこれやと物を入れ始めた。
「そんな買ってきたのかよ……言ってくれれば迎えに行ったのに」
「君達がいっぱい食べるかなと思ってな。栄養ドリンクもあるぞ」
「代わるよ。あっちでのんびりしててくれ」
「……ん。ありがとう」
俺は栞の荷物を受けとり、せっせと冷蔵庫に詰めることにした。
「燈ちゃんは?いつくらいになりそうだ?」
「今日は午前連らしいから…早くても昼過ぎだろうな」
「昼食は?」
「……栞の飯が食いたいそうだ」
「ふふっ…では腕によりをかけるとしようか」
食材を入れ終え、部屋に戻ると栞は俺のベッドの上に寝転がっていた。
「…………それまさか誘ってんのか?」
「んー?くつろげと言われたからくつろいでいるだけだが?」
「それで襲われても文句言えねえと思うんだけど」
俺は寝転がっている栞の上に覆い被さり、顔を近づけた。
「ダメ。課題が先だ。そういう話だったろ」
「…………………」
「……はいはい。キスだけな」
俺達はついばむような軽いキスを二度行い、その後は予定通りに夏休みの課題に取り組むことにしたのだった。
―――――――
「…………乃愛」
「やだ。今日はしない」
俺が乃愛の名前を呼んだだけなのに拒否されてしまった。
「まだ何も言ってねぇだろ……」
「目が怖かった。あんなに痛いの何回もしたくないもん」
乃愛とは既に体を交えた。夏休みに入ったばかりの頃にデートをし、その後乃愛に頼み込む形で近場のホテルで初夜を迎えた。
だがふたりとも初めてだったせいかどうにもうまくいかず、全く気持ちよくなれなかった。
「…………じゃあキスだけ」
「………嫌。どうせ我慢できないでしょ」
「我慢するから…………な?」
「はぁ…………分か…っむ……こら……がっつくな…………っ!?どこ触って……イタッ……」
「女もさ……慣れないと気持ちよくないらしいからさ…俺も頑張るから…っ……」
「もぉ………っ……それじゃ課題終わんないじゃん……一回だよ?終わったら課題するからね……イっ…………こら急に指入れないでよ痛いって……」
――――――
「うーん…………」
「答えを見ようとするな。悪い癖だぞ」
「いやだって……」
なんで今更数学の課題なんてしなくちゃいけないんだよ。難しいしめんどくさいし……井伏零央は頭良いんじゃなかったのかよ。なんでそこは俺基準なんだよ。
「まったく…………ん?スマホに通知がきてるぞ?燈ちゃんじゃないか?」
「え?あ、ホントだ。悪いけど留守番頼むわ。迎えいってくる」
燈から「むかってます!」と連絡がきたのを確認し、駅まで迎えに行こうとすると、栞が俺の腕を掴んで止めてきた。
「課題から逃げようとしてないか?」
「……いや?そんなわけ??」
「私が行ってくる。君はここに居るといい」
「いやいやいや……俺が行くって。彼氏なんだから当たり前だろ」
「彼女の言うことが聞けないのか?」
「………………ふたりで行こう」
「…………まぁそれで許してやる」
俺達は謎の妥協点を見つけると、ふたりで燈を迎えに駅まで歩くのだった。
――――――
「はぁ……はぁ…………!」
「んっ…………もっと……ゆっくり……」
隣の部屋からお兄ちゃんと乃愛さんの声が聞こえてくる。今日はふたりで課題をするだけって言ったのに…いつの間にか始まっちゃってた。こんなことなら友達でも誘って遊びに行けば良かった。
「…………んっ……」
私はそう後悔しつつも、自分で自分を慰め始めた。大好きなお兄ちゃんと大好きな乃愛さん。ふたりの邪魔はしちゃいけない。
「あっ…………はぁ…………んぅ……」
気持ちが昂ってくる。
もう少し……もう少しで…………
「……っ…!!」
達する直前。私は弄っていた自分の右手首をギュッと握った。
自分でも悪い癖なのは分かってる。
でも……こうしないと満足出来なくなっちゃって…………
「全部…………全部アイツのせいだ……」
私は未だに隣から聞こえてくるふたりの声を聞きつつ、良くない妄想をしながら慰め続けるのだった。
―――――
「おいしぃ………ホントに……おいしぃ…」
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいよ」
燈を迎えに行き、とっとと燈を風呂に入れた後で栞お手製の昼食を食べることにした。どれもこれも一人暮らしのテーブルの上に並ぶには豪華すぎる料理ばかりで、俺と燈はひたすらに食べ進めていた。
燈に栞とも付き合った事を通話で報告すると、「どちらが正妻にふさわしいか楽しみですね!」とか言い出した。隣に栞もいたので通話を代わると、「まずは料理を出来るようにならないとな」と返されてしまい、通話越しに燈が撃沈しているのが伝わってきた。
「……零央は?お口にあってるかな?」
「さいっこう……うますぎて毎日作って欲しいくらいだ」
「っ…………まぁ……夏休みの間なら……構わないが……」
「っ!!?栞さん!!目の前でイチャつかないでください!!」
「はいはい落ち着けって………」
暴れる燈をふたりでなんとか慰めつつ、昼食を食べ終えた後で勉強会を再開するのだった。
――――――
「乃愛さん!これ美味しいですね!」
「でっしょー!頑張ったんだ!」
乃愛と体を交えていると、桜が起きてきたのでとりあえず中断することになり、3人で昼飯を食べることにした。
行為はまたしても不完全燃焼で、俺はモヤッとした気持ちを抱えたまま料理を口に運んでいた。
「……ねぇ楓。おいしい?」
「……ぁ……うん。おいしいよ」
「そっか。なら良かった」
「ラブラブだね~」
「……うるせぇ」
そんな事を話しながら昼飯を食べ終えると、桜は出掛けてくると言って家を出ていった。残った俺達は部屋に戻り、また乃愛に頼み込んで行為を再開することにしたのだった。
――――――
「やっと……解けた…………」
「こっちも終わりましたぁ…………」
「うんうん。偉いぞふたりとも」
昼食の後、俺達は夕方前にようやく決めていた範囲の課題を終わらせることが出来た。とはいっても栞は随分と前から終えていて、ほとんど俺と燈に勉強を教えてくれていた。
「夕食には少し時間があるな………それまでどうす――」
「センパイ!…………ちゅゅぅ……んっ…」
「………っ……おい。急にくんじゃねぇよ」
終わった瞬間に燈から飛び付かれ、キスをされた。その様子を見ていた栞の顔はとてつもない形相をしており、さっきまでの冷静なお姉さんのような余裕さは消え失せていた。
「…………ま、まぁ……そういう約束だったからな………私は夕食の用意でもしてくる。勝手に始めておくといい」
「なぁ栞」
キッチンに向かおうとしている栞に対して俺は手招きをした。すると栞は表情を緩め、ニヤニヤしながら言い訳を並べ始めた。
「いやいやいや。先にしているといい。私は先輩だからな。夕食の仕込みが終わったら相手してもらうさ。零央も燈ちゃんと先にしたいだろ?ほら私のことなんて気にせず――」
「うるせぇ。こい」
「っ…………君は……こういう時だけ……最低な男だな……」
敢えて強めの口調で栞を誘う。これくらいじゃないと栞は折れてくれないから仕方ない。
決して俺が3人でしてみたいなーとか思ったわけじゃない。決してな。
「まったく…………まったく……」
栞はぶつくさと文句を言いながらも俺の隣にちょこんと座った。
「両手に花ですね~センパイ」
「…………まったく。君という奴は…」
俺はそんなふたりを同時に抱き締め、これから何があっても守っていくと約束するかのように気持ちを告げた。
「……大好きだ。ずっと俺の隣に居てくれ」
「はい!!」「……はい」
―――――――
「中に出さないって言ったのに………」
「悪い……我慢できなかった………」
なんとか行為を最後まですることが出来た俺達。だけど乃愛はずっと文句を言いながら体を拭いていた。
「安全日とは言ったけどさぁ………もしかしたらとか考えてよ……」
「…………ごめん」
「はぁ………もぅいいや。お風呂借りるね」
乃愛は呆れ果てたのか、風呂に入るために部屋から出ていった。
「……そっちが安全だって言ったんだろ」
俺は乃愛が出ていった後で聞こえないように愚痴を溢し、放置したままの課題に取り組むわけでもなく、先日の燈のインスタの投稿を眺めることにした。
そこには栞やクラスメイトの七海、そして桜が写っている写真が投稿されていた。俺はそれらの写真をくまなく調べ、あの男が写っていないかと確認していた。
だがどこにもあの男が写っておらず、桜に聞いても「え?いなかったよ?」と返された。
遂に解放されたということなのだろうか。だとすればこんなに嬉しいことはない。
ようやくあの悪夢から目覚められる。夏休みが明ければまた一緒に過ごせる。
やっと皆が俺の元に帰ってきてくれる。
――――――
「立てない……無理だ…………零央……代わりにカレーを作ってくれ…………」
「ボクは手伝いますよー!」
「任せとけ。最高にうまいの作ってやる」
動けなくなった栞の代わりに俺達でカレーを作り始めた。というか燈は元気すぎるだろ。部活もやってきたはずなのにピンピンしてやがる。
しばらくすると栞が回復し、一足先にと風呂に入った。風呂上がりでさっぱりした栞に仕上げを任せ、俺と燈も順番に風呂に入った。
「「「いただきます」」」
その後は特に何かするわけでもなく完成したカレーを3人で食べ、ただのんびりと幸せな時間を過ごすのだった。
そろそろ寝ようかという時に、俺のスマホに通知が届いた。その相手は……
「…………ん?木下から……なっ!?」
―――――――
「うーん…………」
夜。私は井伏くんに着てもらうための衣装とにらめっこしていた。
「うーーーん…………」
1日中頭を悩ませていたがどうにもしっくりこない。井伏くんから身長や体重は聞いたけど…如何せん彼は体格が良いからそれだけじゃ正確な丈が分からない。
「こうなったら仕方ないよね…………」
私はスマホを手に取り、一応交換しただけで未だに空っぽだった彼とのトーク画面に勇気を出してメッセージを送ったのだった。
『明後日、私の家に来てくれませんか?』
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