第34話 藤田栞は屈しない

 7月30日火曜日。俺は栞との約束のデートの為、待ち合わせ場所で待機していた。


「ふぅ………」


 緊張する。なんだかんだ女子とふたりきりでデートするなんて初めてだ。それにこのデートに失敗は許されない。これで栞の気持ちを引き出せなければ……………


「や、やぁ」


 俺が完璧なデートにするための計画を改めて振り返っていると、まだ約束の時間の20分前だというのに栞が待ち合わせ場所へとやってきた。


「……なんだ。やはり私にはこんな服装は似合わないとでも言いたいのか?」


「いや……マジで似合ってます」


 今日の栞の服装はいつものズボンスタイルではなく、淡い緑の袖無しワンピースだった。髪も学校の時のようなポニーテールにしてあり、とてもよく似合っていた。


「………………世辞はいい」


 栞は恥ずかしそうに「ふんっ」と鼻をならした。俺はそんな栞の手を強引に握ることにした。


「っ…こら。そこまで許した覚えはないぞ」


「今日だけですから……ね?」


「くぅっ…………今日だけだぞ……まったく………」


 俺は恥ずかしがっている栞の手を引き、少し早いが目的地に向かうことにしたのだった。




 それからの俺達はというと、ひたすらに普通のデートを行った。

 栞が欲しかった本を一緒に探したり、ゲーセンで遊び尽くしたり、少し高めの昼食を食べたり……俺が思い付く限りのデートらしさをなんとか詰め込んだ。


 最初こそぎこちなかった栞だが、少しずつ笑顔になることも増えていき、ふたりで互いの洋服を見繕っている今では何かに対する後ろめたさのようなものは感じなくなっていた。


 だが……


 栞が自身の考えを曲げようとすることは一度となかった。


 何をするにも「今日だけ」や「君の事は嫌いだ」という答えが返ってくる。それだけに栞の決意は頑固なんだろう。


 しかも所詮は前世では彼女いない歴=年齢だったような男が考えたデートプランだ。このままじゃ栞を救うことなんて…………



「井伏くん?」


「っ!?な、なんすか……?」


 考え込んでしまい、俯いていた俺の顔を覗き込んでくる栞。そのまま俺の目を見つめながら話し始めた。


「………やはり君は変な男だ。今更女の子とデートするくらいでそんなに緊張するのか?」


「緊張なんて……」


「いーやしてたぞ。ずっと緊張しっぱなしだ。お陰で私が冷静になってしまったではないか」


 そう言うと栞は俺から離れ、男物の洋服を物色しながら話を続けた。


「一昨日の勢いはどこに行ったんだ?人にあんなバカみたいな告白をしといて……この一回で君の女にしてくれると言ったじゃないか。それなのに別の事ばかり頭にあるようだ。もしや燈ちゃんか?だとしたら私は今すぐ帰るぞ」


「…………すいません」


 あまりの情けなさに謝ることしか出来ない。そんな俺を見て、栞は「仕方ない……」ため息をついた。


「……少々君のプランとはズレてしまうが、私の行きたい所に向かっても良いかな?」


「…………構いません」



 デートしていた場所から離れ、電車に揺られ、そうして栞に連れられてこられたのはとある大きめの公園だった。備え付けられた遊具では夏休み真っ盛りの子供達が遊んでおり、とても賑わっている場所だった。

 俺達はその公園に置いてあったベンチに隣り合って座ることにするのだった。


「ここはな…なんと私の父がプロポーズをした場所らしいんだ」


「ぇ……こんなとこで?」


「そうだ。当時、しっかりとプロポーズ用の指輪を用意していた父だったが、緊張のあまり一日中空回りをし続けた。それを見かねた母が近くにあったこの公園へと誘い、父を落ち着かせるために他愛もない話をしたそうだ」


 栞は急に両親の馴れ初めを語ったかと思うと、俺に向かって深々と頭を下げた。


「…………今日はとても楽しかったよ。本当にありがとう」


 そう告げると栞はゆっくりと顔を上げ、まるで俺からの返事を待っているかのような表情をしていた。


「あの………栞…………」


「うん。なんだ?」


 俺は大きく息を吸い、覚悟を決めて栞に気持ちを伝えた。


「……好きだ」


「………………ありがとう。だがな」


 俺からの告白を栞は満面の笑みで受け止め、それと同時に俺の額に細い人差し指をグリグリと押し付けた。


「そんな告白は受けられない。君は自分がどれだけ最低な行為をしようしているのか分かっていないぞ。二股なんてクズのやることだ」


「……でも俺の気持ちは本当で」


「嘘だ。まだ何かを隠してる。今日くらい隠さずに言ってみたらどうだ?」


 本当に察しが良い。それだけ人の事を見ているということなのだろうか。


 でも…いくらなんでも言えるわけがない。

 ここがゲームの世界だからとか。運命がどうだとか。フラグがどうだとか……


「……まったく。そんな悩める後輩君には生徒会長である私がお手本を見せてやるとしようじゃないか」



 いつの間にか震えていた俺の手を栞は優しく握りしめ、俺の目を真っ直ぐと見つめてきて、そして…………


「好きだ。君の事が世界で一番…大好きだ」


「…………一昨日と言ってること違いすぎませんか」


「君が嘘をつくからだ。そのせいで私の嘘が隠せなくなってしまったんだ。ほらお手本は見せたぞ。早く君の本心も言いたまえ」


「俺の……本心…………」



 俺は…………本当は………………



「…………栞が……他の男と付き合ってる所なんて見たくない……です…………」


 一昨日のあの瞬間。俺が並べた理屈は本当に想定していた仮説ではあった。


 でも、そんなことよりも俺が嫌だったのは、あの時すれ違う栞の手を掴んだ理由は………


「栞にも……燈にも………俺の隣で笑ってて欲しい……離したくない……」


「ふっ……なんとも幼稚な本音が出てきたな」


 そんな子供みたいな願望は栞に鼻で笑われてしまった。当然だ。そんな理由で二股が許される訳がない。


「それではまるで既に君の女みたいじゃないか。おー怖い怖い。これでは燈ちゃんが可哀想だ」


「っ…………」


 俺が何も反論出来ずに口をつぐんでいると、栞は優しく微笑んでくれた。


「…………そんな最低な男だ。目を離したらすぐ浮気しそうだ。これからも私が隣で君達を見守ってあげないといけないだろうな」


「……それって…………」


「ほら。手本は見せただろ?もう一度…最後のチャンスだ」


 そう言ってニコッと笑う栞。俺は手を優しく包んでいる栞の細い手を握り返した。


 そして……




「…好きだ。付き合ってくれ」


「…………聞こえない」


「え?」


 栞はまだ不満があるのか、頬を膨らませて拗ねてしまった。


「あのな。君は今から二股するんだぞ?それなのに2人目の女性に対してそんなので良いと思ってるのか?」


「えっと……」


「……なるほど。私は二番目だと?あー分かった分かった帰る帰ります君には呆れました」


「あ、そういう……違うから!ホントに!」


 帰ろうとする栞を必死に引き留め、もう一度やり直すことにした。


「はい。次はしっかりと聞くからな」


「………………っ……」


 ここだけだ。今日だけ…………今日だけ…


『センパイ!』


 ぐっ…………!俺は…………!



「……栞…も、燈も!ふたりが世界で一番好きだ!」


「…………はぁぁぁぁ」


 栞は大きな溜め息をついた。やっぱりこんな答えじゃ……


「零央。私も、君が好きだよ」


「っ……………」


 いつしか俺達の手は指の間に互いの指を潜り込ませ、恋人繋ぎのようになっていた。そのまま俺は栞に顔を近づけた。


「こら。節操なし。場所をわきまえろ」


「むぐっ……」


 それっぽい雰囲気すぎて思わず流されそうになったのを、唇に栞の指を当てられて注意されてしまった。


「まったく…ほら行くぞ。デートの続きだ」


「続きって……もう時間が………」


 公園に備え付けてある時計を見ると既に時間は17時を過ぎている。今から戻ったとしても満足に楽しむことなんて出来ない。そう思って栞に声をかけると、栞はからかうような表情で言葉を返した。


「………恋人同士のデートなら、まだやれることはあるだろ?それとも君には私を満足させられる自信がないのかな?」


「いいのか?」


「だってまだ私は屈してないからな。君の女にするんだろ?」


「……善処します」


 色っぽい声と表情にあてられてしまった俺は、そのまま誘われるかのように栞と共に付近のホテルに入ることになった。





「そういえば零央。燈ちゃんとは既にしたのか?」


「ま、まぁ……」


 部屋につき、風呂に入るために服を脱いでいると栞からそんなことを聞かれた。


「……何回だ?」


「あー……覚えてない…」


 あの夜は溶け合っているのかと錯覚するほどに互いを求めあった。正確な数なんてもはや頭になかった。


「ふーん………」


 話しながらスラスラと服を脱ぐ栞。気づけば下着姿になっており、その完璧ともいうべきスタイルに俺は見惚れてしまっていた。


「………………あまり見るな。バカ」


「そっちこそ……」


 とはいいつつ栞も俺のパンツ一丁になった体を凝視している。なんともいえない空気感だ。風呂になんて入ってる時間が勿体ない気さえする。今すぐに貪りたい。


 そしてどうやらそれは栞も同じなようで…



「……零央…………」


「っ…………栞……!」



 そこからはもう止まることはなかった。風呂にさえ入らず、ひたすらに互いの体を貪りあった。何度も、何度も、何度も求め合い、気づいた頃には夜が明け、太陽が登ろうとしていたのだった。

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