第33話 NTR系竿役は運命に抗いたい

「今日は楽しかったですね!センパイ!」


「そうだなー」


「むむむ……またくっついてる…」


 色んな事があった1日がようやく終わりを迎えようとしていた。日が暮れ、レジャープールを後にした俺達はのんびりと最寄り駅まで歩きながら今日の事を語り合っていた。

 その間燈は俺の腕にぴったりとくっついており、流石の桜も注意することを諦めていた。


 燈との関係が進展したことはまだ誰にも伝えていない。桜はもちろん七海や、栞にだって伝えることが出来ずにいた。



『好きだぞ』



「………………」


「どうした井伏くん?」


「あ、いや……」


 栞の顔を見るたびにあの日の言葉を思い出してしまう。もしあの言葉が聞き間違いなどではなく、栞が隠していた本心だとするならば、今の俺と燈の関係を伝えないのは良くないことなのではないか。そうずっと考えていた。


「センパイセンパイ」


 俺が悩んでいると、隣の燈が他の皆には聞こえないくらいの声で囁いてきた。


「正妻はボクですよね?」


「…………なんだそれ」


「やだなぁ……栞会長のこと考えてたくせに…」


「……気のせいだ」


 どうやら燈には俺が悩んでることがバレているらしい。とはいえ内容は見当違いなのだが。


「ボクは会長さんならいいですよ?ご飯も美味しいし、優しいですもん」


「……お前が良くても会長が良くないだろ。というかそんなんじゃねぇ」


「相変わらず素直じゃないな~うりうり~」


 脇腹を人差し指でグリグリとつついてくる燈にデコピンをかましつつ、俺は覚悟を決める事にした。


「……燈。木下と桜を頼めるか?」


「…………もちろんです」


 燈はグッと親指を立てると、すぐさま俺から離れ、ふたりで話していた七海と桜の間に割り込んだ。


「七海先輩!ボクにも秘訣教えてく-ださい!」


「ひ、秘訣?」


「そうです!七海先輩の~たわわな果実の秘訣です~」


「…私も聞きたいです!」


「え、ええぇぇ……そんな秘訣ってものはないんだけど…」


 後輩コンビに迫られ、顔を赤らめている七海に栞が助け船を出そうとした。


「こらふたりとも。七海が困って――」


「会長。ちょっといいですか?」


「………………手短にな」


 そんな栞の言葉を遮るように俺が声をかけると、栞は一瞬何かを悟ったような顔をし、すぐさま俺からの誘いにのってくれた。




「で、なんだ」


 和気あいあいと女子トークをしている3人から少し離れて歩き、話を始める。栞の表情からしてやはり俺からの話自体に察しがついているようだった。


「……燈と付き合うことにしました」


「…………なんだ今更か」


 俺の言葉に対して栞は冷静に返した。だが栞の手は強く握られており、小刻みに震えていた。


「私としては既に付き合っているものだと思っていたぞ?随分と遅かったじゃないか」


「……すいません」


 栞の声はどこか怒りにも似た感情がのっている気がした。俺はそんな栞に頭を下げることしか出来なかった。


「なんで謝るんだ?良いことじゃないか。互いの気持ちを伝えあい、一歩踏み出したんだ。立派なことだ」


「………会長、俺は――」


「勘違いするなよ井伏くん」


 俺が栞へと声をかけようとすると、栞は俺から目をそらし、突き放すような声色で語り出した。


「私は、君のことが…嫌いだったんだ。まともに学校にも来ておらず、女遊びと喧嘩の日々。それで何度も警察に補導されてきただろう。調べたから分かるんだぞ。君がどれだけの最低な男だったのかくらいな」


「………そうっすか」


「君みたいな悪辣な不良を信じるなんてそう簡単には出来なかったさ。あの日の事件の後だってしばらくは疑っていた。だから私が直々に見定めてやろうと昼休みは生徒会室に居ても良いと許可を出したんだ」


 淡々と語り続ける栞。だけれどいつもより口数は多いし、少し早口だ。それだけ感情が昂っているのだろう。


「それなのに君ときたら……本当に何もせずに、楽しそうに過ごしていただけじゃないか。ほんの少しでも本性を見せたら容赦なんてしないつもりだったのに……それなのに……」


 栞は言葉に詰まり、それと同時に足を止めた。顔は下に向き続け、肩と拳の震えは先程よりも大きくなっていた。



「…………井伏くん。燈ちゃんを幸せにするんだぞ」


「……分かってます」


「もし燈ちゃんを泣かしてみろ………絶対に許さないからな……」


「…………分かってます」


「…………っ……!」


 栞は自身の複雑な感情をなんとか言葉にして俺にぶつけると、俺と顔を合わせることなく燈達の元へと足早に向かっていった。



 これでいい。栞が望まないのであらば俺がどうこう言える問題じゃない。



 これで…………






 本当に……いいのか?




「会長……!」


「っ!?」


 俺は何かに突き動かされるように栞の手を取った。自分でも理由は分からない。しかし何故かこのまま栞と離れてしまっては良くない事が起こる気がした。


「何をする……離せっ……!」


 必死に俺の手を振りほどこうとする栞。だが俺は決して離さないようにと力を込め、自身が感じた違和感の正体に辿り着こうとしていた。




 俺はあくまでも悪役側の存在の井伏零央であり、この世界の主人公は宮野楓だ。

 そして今、宮野楓は恐らく水上乃愛のルートに入っているのだろう。

 あのゲームはルート以外のヒロインが他の男に奪われる。それはどのルートであろうと抗えない絶対的条件なのだ。

 現に俺が助けなければルート以外の燈や栞はゲーム通りの展開を辿っていただろう。まるで決められている運命に導かれるように。

 


 そしてこれはずっと頭の片隅にあった話だ。


 今の状況は主人公である宮野楓からしてみればゲームの展開そのものなんじゃないかと。

 日を追うごとにヒロイン達が彼の元を離れていく。だがゲームと決定的に違うのはヒロイン達の相手が全て井伏零央であるということだ。


 もしも、


 ヒロイン達のフラグが本当は折れているわけではなく、「井伏零央の女になる」という内容に置き換わっているのだとすれば。



 俺がここで手を離したら栞はどうなるんだ。



「……っなんだ今更!私は君みたいな男は嫌いだと言っただろう!」


 声を荒げ、抵抗する栞。だがここで手を離してしまえばきっと二度と栞とこの話をすることは出来なくなる。その場合の「もしも」を検証する余裕なんてあるわけない。あんなクソみたいな運命に抗おうとするならここしかない。



 だけど何を言えば…………



『相変わらず素直じゃないな~』


 …………あぁもう!分かったよ本当は図星だったよ!ここまできて我慢なんてしねぇからな!後悔すんじゃねぇぞ!



「栞!」


「……っな!?」


 俺は栞の名前を呼び、瞬時に栞の両肩を掴んで目の前へと引き寄せた。そしてしっかりと栞の鋭く綺麗な目を見つめ、あまりにも強欲で、身勝手な本心を口にした。


「…………好きだ」


「…………っ……調子にのるなよ。私は嫌いだと言ってるだろ。こんな強引なやり方で……それに君にはもう燈ちゃんが……」


「俺は栞も欲しいんだ」


「っ…なんてバカみたい事を……というか欲しいとかじゃなくて…私は……倫理的な話をだな…………」


「……そんな理屈なんて今はどうでもいいだろ。栞はどうしたいだよ」


「…ぅ……いゃ……そもそも私みたいな女に惚れる要素なんてあるわけない……遊ぶ女欲しさに適当に言ってるだけだろどうせ……」


 今までにない程に顔を赤らめ、俺の勢いに押されつつある栞。俺はその勝機を見逃さず、畳み掛けることにした。


「飯がうまい。顔が良い。スタイルも良い。頭も良い。腕っぷしも強い。察しがいい。厳しいけど優しい。後は…………」


「……やめろ!……分かったから……もう聞きたくない……」


 両手で顔を塞ぐ栞。だが俺はその両手すらも強引に引き剥がし、顔を真っ赤にして半泣きになっている栞に向けて追撃した。


「明日、俺とデートしてくれ」


「は!?明日って……そんないきなり……」


「そのデートで俺がどれだけ栞の事を本気で好きなのかってのを証明するから」


「っ…………明日はダメだ……せめて明後日にしてくれ………」


「分かった。じゃあ明後日デートしよう」


「…………一回だけだぞ。その一回で私の気が変わらなければ…この話は無しだ」


「その一回で絶対に俺の女にしてみせる」


「…………っ……減らず口を……!」


 栞は俺の手を全力で振りほどくと、ビシッと俺に向かって人差し指を突きつけ、堂々と宣言した。


「私が……君みたいな最低な男に屈するわけないだろ!背中から地面に叩きつけられる覚悟をしておくんだな!」


 栞はある種のテンプレのような台詞を吐くと、そのままの勢いで俺から離れ、前方の燈達さえも無視して駅の方へと走り去っていった。


「栞ちゃん!?」


「あ、待ってくださいよ七海先輩!まだ話終わってないですよぉ!」


 走り去る栞の後を追うように七海も駅へと向かって走る。そして何故かその後を桜が追いかけた。残った燈は遠くからでも分かるほどニヤニヤしており、スキップしながらこちらへとやってきた。


「もしかして~フラれました~?」


「……保留にされただけだ」


「かわいそ~」


 燈は俺の周囲をクルクルと回りながら煽ってくる。自分はライバルが減って嬉しいとでも言いたいのだろうか。


「やっぱりセンパイってば童貞さんなんでしょ~?キスも下手くそだったし~結局ボクに手を出さないし~栞会長にはフラれちゃうし~」



 ……………………



「なぁ燈。明日は部活何時からだ?」


「へ?えっと……午後からですね」


「そうか。なら沢山出来るな」


「…………え?何を?」


「練習」


「いやだから部活は午後からだって……え、ちょっとセンパイ??聞いてます??」


 未だに俺の言葉の意味が分かってない燈の手を掴み、俺は無言で駅へと歩き始めた。


「え、ホントになんですか??え??」


「…………俺って下手くそだからさぁ」


「は、はぁ……」


「お前で沢山練習したいなって思ってさぁ」


「…………え!?今から!!?」


 ようやく俺の行動の意味を理解したのか燈は急に動揺し始めた。


「なんだ。この後予定でもあるのか?」


「いや…………ないですけど……」


「そうか。じゃあ親御さんに連絡しとけ。友達の家に泊まってくるって」


「泊ま…………ぇ、だって……センパイ?」


 燈はこの期に及んで俺の言葉を信じられていないようだった。


「なんだよ今更……」


「だってだって!センパイの事だからどうせなんやかんや言い訳してしばらくは相手してくれないと思ってて……さっきも断られたし…」


「……それはさっきも言ったけど常識的に考えて公衆のトイレでするわけねぇだろ。ゴムも無かったしよ」


「ゴッ…………!?」


 散々俺にあんなことしといて今更ゴムくらいで恥ずかしがらないでくれ。


「…で?答えは?」


 その俺の問いに燈はモジモジと乙女らしい仕草を取りつつ、ゆっくりと頭を下げた。


「…………っ……はい……お願いします…」


「…………おう」



 その後、俺は燈を一人暮らしのアパートに招き、今まで我慢してきた全てを互いにぶつけ合った。その結果、俺達は童貞(中身)と処女の初夜とは思えないほどの激しい夜を過ごしたのだった。

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