第32話 世良燈は愛されたい
『責任をとる』
それはあの日、俺が栞に言った言葉だ。
もちろん適当に言ったわけではなかった。だが俺は今まで楓に散々小言を言っておいて、自分は燈の気持ちに応えないなんていう情けない事をしてきた。
理由という名の言い訳をあげればキリがない。まず俺は井伏零央であって井伏零央ではない。所詮は借り物の肉体に過ぎないのだ。それに桜にも言われたが井伏零央と付き合っているなんて他の人間に知られれば周囲の燈を見る目は大きく変わるだろう。本当に今後の進路にも影響するかもしれない。
それに……今の燈は井伏零央という存在に明らかに依存してしまっている。
助けてくれた恩からなのか、はたまた純粋に見た目がタイプだったのか。それとも「かわいい」と褒めてしまった為か。正確な理由は今でも分からないが、まともな恋心ではないことは確かだ。そんな思春期の心の隙間につけいっていいものなのかとずっと悩んできた。
「……ねえセンパイ?」
燈の告白に対し俺が頭をフル回転させていると、燈は不安げな顔でこちらを見つめ、問いかけてきた。
「やっぱり……ボクじゃダメですか?」
「…………違う」
そう。燈がダメは訳はない。ダメなのは俺の方だ。自分勝手な言い訳ばかり並べ、ずっと隣にいた燈の気持ちを考えようとしなかった。突き放そうと思えば突き放せるタイミングはいくらでもあった。
怖かったんだ。もし突き放してしまえば燈はまた危ないことをしてしまうんじゃないかって。
でも、だからといって燈との関係を進めようとはしなかった。「仕方ないから」で燈を受け入れてしまえば、いつか必ず後悔すると思っていたからだ。
燈の気持ちに応えるのなら、俺もそれ相応の覚悟を持つべきだと心に逃げ道を作り続けてきた。その結果がこの状況を作り出しているのだ。
「…………センパイ…」
恐らく燈もずっと不安だったのだろう。あれだけアピールしているにも関わらず手を出してくれない。自分には魅力がないのかもしれないと。だから他の皆をプールに誘ったのだ。七海や栞に俺とのハプニングを起こさせ、我慢できなくなったタイミングで誘えば流石に襲ってくれるだろうと。本当なら燈が一番俺と遊びたかったはずだ。それなのに……
「………ごめんな。こんな無理させて」
「っ…無理なんて、してませんよ………」
俺からの謝罪に燈は目を潤ませた。多少歪な形だとはいえ、ここまで愛してもらった事なんて今までなかった。
「…センパイ。ね。お願いします………一度でいいんです……だから…………」
普段の明るさからは考えられないほどの悲痛な声。俺がここまで追い詰めてしまっていたのだと痛感し、震える燈の体を俺は優しく抱き締めた。
「センパイ………やだ……優しくしないでください…………もっと…乱暴にしていいから……ボクのことは考えないでいいから…」
「…………乱暴になんてしねぇよ。大事にするって決めてんだ」
「っでもぉ………でもぉ…………」
俺からのハグに涙を溢す燈。俺はそんな燈を胸に抱きつつ、燈の小さい頭を撫でながら自分の気持ちを伝えた。
「………好きだ」
「………………ぇ?」
唐突な俺の言葉を受け入れきれず困惑する燈。そんな燈を俺は強く抱き締め、今度は井伏零央らしい言葉で気持ちを伝えた。
「燈、俺の女になれ」
「ぇ……センパ…え?うそ………ボクなんかで……いいんですか…………?」
「……だから、その『ボクなんか』ってのやめろ。二度は言わねぇぞ?」
「ぇ……でも…………」
まだ気持ちの整理がつかない燈。俺も俺で一度気持ちを言葉にしてしまったからには、もう我慢することなんて出来なくなってしまった。
「………文句言うなよ」
「ぇ…んっ……!?」
燈の頭を掴み、強引にキスをした。だが当然俺はキスなんてしたことなくて、ギュッと唇を押し付けるだけの子供みたいなキスをしてしまった。
「…っ…はぁ………センパイの…へったくそ……」
「……文句言うなって言ったろ」
恍惚とした表情の燈にバカにされ、情けなくなってしまう。だが燈は笑顔を取り戻し、再び俺の股間へと手を伸ばした。
「…………こっちもおっきいだけでへたくそなんですかぁ?」
「…っ……言ってくれんじゃねぇか」
「やーいやーい意気地無しー。やれるもんならやってみろー」
サスサスと擦られながらからかわれる。俺は今すぐにでも目茶苦茶にしたいという欲望を抑え、両手でガッシリと掴んでいた燈の頭へと力を加えた。
「いっっっ!?」
「大事にするって言ったろうが。だったらこんなとこでするわけねぇだろ」
「でもぉ……んむっ!?……ぉ…」
「ん?今なんか聞こえなかったか?」
「さぁ?外じゃね?」
煽ってきた燈を分からせるかのように頭に圧迫感を与えながらキスをする。というかまだ男共いたんだな。さっきまで色んなこと考えすぎて忘れてたわ。
「んっ…………んぉっ……」
「よっしゃスライダー行こうぜ!」
「おうよ!」
しばらくして男達は居なくなり、人の気配を感じなくなった俺はやっと燈から唇を離した。
「…………大丈夫か?」
「ぉ……これ…ダメかも………頭チカチカして……やば…かったです…………」
「そうか。なら人がいない間にとっとと出るぞ」
「え……ここまでしといてそんな――」
とろけきった顔で反論してくる燈の頭を優しく撫でつつ、多少強めの台詞で諭すことにした。
「……燈は俺の言うこと聞けないのか?」
「あっ…………いぇ……聞けます……」
「よし、いい子だ」
「ふへへ……………」
その後、俺達はなんとか人目につかずに脱出することに成功し、栞達を探して合流することにしたのだが……
「ねえセンパイ!」
燈は俺の腕に体を押し付け、今までよりも格段に幸せそうな表情で問いかけてきた。
「ふたりっきりで遊びましょ!あっちは大丈夫ですって!栞会長もいるし!」
「…心配されるだろうし、少しだけだぞ?」
「はい!!!」
こうして俺達はほんの少しの間だけだったが、ふたりだけのプールデートを堪能したのだった。
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