第30話 生意気ヒロインは………?

「ぐすっ…………ひぐ…………」


「いつまで泣いてんだよ……」


 話をするために近くのベンチまでやってきたのだが、桜は一向に泣き止む気配がなかった。何度慰めても泣き止まない。栞にカッコつけといて何も解決しませんでしたじゃダサすぎる。このままいけば燈との関係性も拗れてしまうだろう。それだけは阻止しなければならない。


 仕方ないが…少しズルい手を使うとしよう。



「お前さ、楓のことが好きだろ?」


「…っ………お兄ちゃんだもん……」


「……本当にそれだけか?」


「え……………」



 ゲーム中では宮野桜は兄である宮野楓の事を好きだった。それはもちろん兄としてではない。1人の男として恋していたのだ。


 彼らの家庭は少し複雑だった。楓の実の母親は楓を生んだ際に亡くなってしまった。そこからしばらく父親は男で一つで楓を育てることとなる。


 楓が2歳に差し掛かろうというタイミングで父親が再婚。その再婚相手は生まれたばかりの赤子を連れ、宮野家へとやってきた。その赤子こそが桜である。


 桜の実の父親はどうしようもない男で、母親が妊娠した事が分かるとすぐに行方を眩ませた。


 この親同士の出会いも奇跡的なもので、実は桜の母親と楓の父親は高校時代の同級生だった。地元の病院で出会ったふたりは空いた穴を塞ぐかのようにひかれあい……という設定だ。


 そんな環境で過ごした楓と桜。実の兄妹のように過ごしていたふたりだったが、桜は密かに楓への想いを募らせていた。しかし桜にはその想いを伝える勇気がなかった。実の家族だと思っていたから当然だし、ふたりには幼なじみの水上乃愛がいた。桜が身を引くには充分過ぎる理由だ。



「…………変なこと言わないで気持ち悪い」


「へいへい」


 唐突に俺から意味不明な事を言われて冷静になれたのか、桜はようやく泣き止んでくれた。


「…あのさ…………先輩はさ………なんで私に、帰れって言わなかったの?」


 泣き止んだかと思えば桜の口から今更過ぎる質問が飛んできた。でも帰れって言っても帰らなかっただろ絶対。


「特に理由なんてねぇよ。お前は燈の友達だしな。アイツも同級生がいた方が楽しいだろうって思っただけだ」


「…………きも」


「なんとでも言え」


 相変わらず桜に罵られる。しおらしくなっても口が悪いとこは変わらない。だけどそれだけ落ち着いてきたって事だ。俺はそんな桜にやっと聞きたかった話を聞くことにした。


「そういやよ。お前が楓から聞いたっていう俺の噂ってどんなだ?」


「…………女の人といっぱい付き合ってる」


 かなりオブラートに包んだ表現だな。どんだけ過保護なんだよアイツは。


「それで……他校の不良と喧嘩ばっかりしてて…すごく怖い人なんだって……」


「ふーん…………」


 大まかには間違ってはない。実際はそれよりももっと極悪人だが。


「…………だから先輩には何があっても近づくなって…酷いことされるぞって……」


「だったらなんで今ここにいるんだよ」


「…………燈が楽しそうにしてたから」


「それだけで兄貴の言い付けを破るなよ…」


「それだけじゃない!!」


 俺のため息混じりの呟きに、桜は大声で反論し、ついに自身の感情を吐露し始めた。


「5月くらいの時に……燈はすごく落ち込んでた………燈は隠してたけど、私にはなんとなく伝わってきた。でも私にはどうすることも出来なくて…燈は私を頼ってくれないんだって……」


 時期的に恐らく楓と乃愛の絡みを見せつけられた辺りだろう。そりゃいくらなんでも好きな人の妹に相談は出来ない。そもそも桜だって乃愛とは幼なじみだしな。


「でも…6月になったら燈は悲しい気持ちを隠さなくなった。むしろ今までよりも楽しそうにしてて……昼休みもすぐにどこか行っちゃって……」


 これは俺が燈を助けた辺りか。確かにあの頃の燈は色んな事から解放されて楽しそうだったな。今は別の方向に突き抜けつつあるが。


「…実はお兄ちゃんに言われる少し前から先輩と燈の事は知ってたんだ。ふたりが一緒に歩いてるとこも見たことあったし、燈からも話は沢山聞いてた。名前は隠してたけどきっとあのおっきくて怖い人なんだろうなって分かってた」


「おっきくて怖くて悪かったな」


「…………嫌ならとりあえず金髪やめなよ」


「………それはそうだな」


 暇だったから桜に小言を言ったら見事にカウンターを食らってしまった。黙って聞いておくことにしよう。


「……いくらおっきくて怖くても、私は燈が幸せなら良いってずっと思ってた。そんな時にお兄ちゃんから先輩の事を聞いたの。お兄ちゃんが教えてくれた見た目の特徴ですぐに分かった。燈の隣にいた人は井伏零央って言うんだって」


 すると、ここまで落ち着いて話をしていた桜は膝に乗せた両手を強く握りしめ、再び涙をこぼし始めてしまった。


「私…………わかんない……お兄ちゃんは悪い人だって、言うのに………燈はそんな人じゃないって言うし………あの怖い会長さんとか、おっぱいの先輩とも普通に話してるし……」


 おっぱいの先輩て。あとやっぱり栞のイメージは怖いなんだな。そりゃそうか。


「今日だって勝手についてきたのに……誰も私に文句言わないし………それどころか怪我してまで助けてくれて………………」


「……あのさ―――」


「だいたい!!!」


 終わったかと思って声をかけようとすると、急に桜は豹変し、俺に向かって怒鳴ってきた。


「先輩がもっと悪い人ならよかったんだ!!そしたらお兄ちゃんの言う通りだったのに!それなのに私にも優しくして!!なんなの!会長さんとおっぱいの先輩だけじゃ物足りないっていうの!そんな優しくされたくらいで私は先輩のモノになんてなってやらないから!!あ、分かったそれが手口なんだ!それで女を誑かしてるんだ!!燈に言ってやる!!」


「急にうるせぇ……」


 桜はきっと行き場のない色んな想いを全て俺への悪口として発散しているのだろう。好きな兄からの言葉と好きな親友からの言葉。そのどちらも受け止めようとした結果が今の桜が荒ぶっている原因だ。俺を悪者にしてしまえば少しは心の拠り所が出来るからな。


 とはいえだ。桜は多少無鉄砲過ぎる。俺だから何も問題になってないが、それこそ俺が井伏零央本人のような性格だったら今頃あの手この手で酷い目にあわされていただろう。ここは1つ教訓として自身のやってることの危険性を分からせてやることにしよう。お望み通りの悪人タイムだ。



「こら!なんとか言ったらどう――」


「……うるせえよ」


「ひゃっ!?」


 俺は桜の右手首を強く掴み、なるべく低めの声で囁いた。


「俺の噂を知っといて近づいてきた癖に……お前も俺の女になりたかったんだろ?」


「……いゃ…………ちがっ……」


「優しくしてれば調子に乗りやがって…お前みたいなガキには直接優劣を教えてやらねぇといけねぇみたいだな」


「はっ…………はっ………………ゃ……」


「燈を解放してほしいんだろ?だったら簡単だ。お前が代わりに俺のモノになれ。安心しろたっぷりと可愛がってやるから」


「……………っ……ん……」


 やりすぎたのか桜は俺に言い返すことすら出来なくなり、口をつぐんでしまった。これだけ怖がってくれれば充分だろ。


「…………なーんて。冗談だ」


「…………へ?あっ……」


 俺が手首を離すと、桜は解放された安堵からかジッと掴まれていた手首を眺め続けていた。


「……お前がどんだけ危ないことしてるか分かったか?お前が望んでる噂通りの男ならこれくらいしてくるぞ?対処出来るのか?」


「……………………」


「ん?なぁおい聞いて―――」



「井伏くん????」


「ッ!!?」


 突き刺すような視線と氷のような冷たい声色。恐る恐る振り向くと、両手にかき氷を持ったまま顔面に大量の青筋をたてている栞が睨んできていた。


「いつから…いや!……これは…………なぁ!?違うよなぁ!!?」


「ぇ………………あっ…はい!!!全然!!そんなんじゃ!!!違いますよね!!」


 俺からの必死の問いかけに、ようやく我を取り戻した桜は顔を真っ赤にしながら共に弁明してくれた。だが……


「違う???女の子の手首を掴んで顔を近づけるのが違うのか???なるほど???君は桜ちゃんを口説くために私を利用したのではないのだな???ん???」


「センパイ…………流石に4人目は……」


「…………え、4人?それって私も含まれてる!?」


「だから!!違うんだって!!!」


「言い訳は後で聞こう。桜ちゃん。丁度いい機会だ。こういうナンパ男に絡まれた時の対処法を教えておいてあげよう。はいこれ持ってて」


「あ、はい…………」


 栞は桜に持っていたかき氷を託すと、「さてと」と呟きながら肩を回し始めた。


「あの…………藤田さん……」


「何か言い残すことはあるか?」


「マジで……誤解なんですって………」


「……問答無用!」



 その後、栞におもいっきり関節を極められ、痛みに悶えている俺の様子を残りの3人は一切止めることなく、和気あいあいと買ってきたかき氷を食べ進めるのだった。



 ちなみにしっかりと全額奢らされた。

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