第29話 真夏の徒桜

 話したいことは大体話し終え、色んな意味で気まずくなってしまった俺達は栞達に合流するために居そうな場所を探していると、ウォータースライダーの近くで見知らぬ男達ふたりに話しかけられている栞を見つけた。


「ねえ井伏くん…あれって栞ちゃんだよね?」


「あー……しかもナンパだろうな」


 なんで1人で居るのかが気になるところではあるが、とりあえずは会話に割り込んだ方が良さそうだ。



「よう。お待たせ。知り合いか?」


「なっ……男連れかよ……」


 俺が栞に話しかけると、男達はビビったのかそそくさと逃げていった。その男達の後ろ姿に栞は呆れながら俺に微笑んだ。


「少し遅かったんじゃないか?君の女が口説かれているというのに」


「なんすかその言い方……俺はあの男達を心配したんすよ。プールへ投げ飛ばすんじゃないかって」


「…………なるほど。では君でナンパへの対処法を実演してやろう」


「遠慮しときまーす」


 いつものように俺と栞が軽口を叩いていると、七海の方から「ふへへ……」というなんだか気持ち悪い笑い声が聞こえてきたような気がしたが、多分触れるだけ無駄なのでスルーしておいた。


「それで?アイツらは?」


「あの上だ」


 栞はウォータースライダーのてっぺんを指差した。なるほどそういうことね。


「2人乗りでな。私はここで待つことにしたんだ」


 栞はそう大人ぶりつつも、滑ってくる人達を見ながら明らかにソワソワしていた。自分もやってみたいのだろう。そう思い、俺は栞に提案することにした。


「木下と行ってこいよ。俺が代わりにあのふたりを待っててやるから」


「…………いいのか?」


「おう。木下もいいだろ?」


「ぇ……私はあんまりこういうのは――」


「行こう!七海!」


「へ??いやっ……私なんかより井伏くんとぉっ……!?」


 栞は七海が断るよりも先に七海の手をとり、意気揚々とウォータースライダーへと引っ張っていった。よほどやりたかったんだろう。あんなにウキウキしてる栞の顔は初めて見た。



 というわけで待つこと数分……



「ひゃっほぉ!!!」「いぇぇえい!!」


 ようやく燈と桜の1年生コンビがめちゃくちゃ楽しそうに滑り降りてきた。


「楽しかったぁ!もっかい行こうよ燈!」


「うんうん!あ、ボク会長とも滑りたい!」


 和気あいあいと話しながらこちらに近づいてきて、やっと俺の姿を見つけた燈がプールから勢い良く飛び出して抱きついてきた。


「センパーイ!!」


「おいこら。危ないから飛び付くなって」


「だってだって~サプライズセンパイだったんですもん~」


 なんだサプライズセンパイって。というか仕方ないがはしゃぎ過ぎだろ。こんなかわいい女子にアピールされて嬉しくないわけはないが…燈にはもう少し節度というものを覚えさせた方がよさそうだ。

 そう考えていると、胸の辺りに顔を埋めていた燈の鼻息がどんどん荒くなっていた。


「ふへ………センパイの裸……筋肉…………すぅぅぅ……………」


「……おい離れろ変態セクハラ娘が」


 俺はスリスリと顔を擦り付けている変態の頭を掴み、無理矢理引き剥がした。


「くそぉ…………」


「何を悔しがってんだお前は」


 と、俺と燈がバカみたいな事をしてるにも関わらず桜が声を荒げることはなく、未だにプールの中に入ってショボンとしていた。


「おい何してんだ?早く出ろよ危ないぞ?」


「え…あ……っ…お前に言われなくても!ていうか燈から手を離してよ!セクハラ!」


「……ここまでの流れ見てなかったのか?」


 桜はプールから燈と同じように勢い良く飛び出ると、俺に向かってズンズンと早歩きしてきた。


「足元気を付けろよー」


「うるさい!はやく燈から離れっ…て!?」


 俺の忠告は意味をなさず、桜は何かにつまづいて姿勢を崩し、前方へと倒れそうになってしまった。俺はすぐさまに燈から手を離し、倒れかかった桜の体を下から抱くように支えることに成功した。


「いっっ………大丈夫か?」


 だが身長差のせいでどうしても膝をつく形になってしまい、右膝が地面に擦れた痛みを堪えながら桜の安否を確認した。


「………大丈夫……です…」


 とは言っているが明らかに顔は痛みに耐えていた。足元を確認すると、親指の先が赤くなっていた。


「……救護室に行くぞ。歩けるか?」


「これくらいなんともないから!」


 桜は俺から離れ、何事もないことをアピールした。確かに少し赤らんではいるが、血が出そうな様子はない。これなら大丈夫そうだ。


「ていうか触んないでよ!このへんた――」


 そのまま流れるように俺に罵倒をし始めたようとした桜だったのだが……


「桜!!!」バシィン!!


 そんな桜の頬に対して、燈がおもいっきりビンタをかました。燈の顔は珍しく怒りに満ちており、ビンタされた桜は今にも泣き出しそうになっていた。


「まずは言うことあるでしょ!!」


「…っ………だって…」


「だってじゃない!バカ!!」


 燈は俺に視線を移すと、肩を貸してくれた。


「センパイもですよ。人の心配する前にとっとと手当てしてもらってきて下さい」


「…………悪い。ありがとう」


 それなりのスピードで擦ったからか、俺の右膝からはしっかりと血が出ていた。

 俺達3人はそのまま救護室へと行き、俺と桜は手当てしてもらう事となった。





 スタッフの人に手当てをしてもらい、救護室を出ると外で4人が待っていてくれていた。そして誰よりも先に燈が俺の元に駆け寄ってきた。


「センパイ!大丈夫でしたか!?」


「ただの擦り傷だよ。心配すんな」


「そっかぁ……ならよかったです………」


 そうして俺と燈が話していると、栞から背中を押された桜が申し訳なさそうにやってきて、俺に頭を下げた。


「…………ごめんなさい……」


 桜の爪先は問題なかったようで、俺よりも先に救護室を出ていた。この様子からして栞にも怒られたのだろう。ここで俺がとやかく言うのは流石にかわいそうだ。


「気にすんな。お前に怪我がなくて良かったよ」


「…………はい……」


「それで、流石に水に入るのはダメか?」


 栞はうつむく桜の頭をポンポンと叩き、怪我について聞いてきた。


「まぁ……らしいっすね」


「そうか。なら仕方ないな」


 当然だがスタッフから「今日はプールに入るのはダメ」と言われてしまった。ここまできて入ったプールが1つだけとは……まぁ皆の水着が見れただけ眼福だったとしよう。


「………………ぅう……」


 そんなことを話していると、俯いていた桜から涙がこぼれ落ちていた。いくら嫌いな相手とはいえ怪我をさせたから流石に思うところはあるのだろう。


「ごめんなさい…………本当に……ごめんなさい……」


 涙を流しつつ、俺に深々と頭を下げる桜。その様子があまりにもいたたまれなくて、俺は栞に目配せをした。


「…………そうだ七海、燈ちゃん。かき氷を買いに行こう」


「え……今?」


 俺の目配せの意味に気づいてくれた栞の唐突な提案に七海は驚き、ついつい聞き返していた。


「そう今。なんと今なら井伏くんの奢りだそうだ」


「で、でも会長……」


 流石の燈も困惑していた。だが栞はそんなふたりの手を強引にとると「任せたぞ」という視線を俺に向け、フードコートへと向かって歩きだした。



「さてと……とりあえず座ろうぜ。立ちっぱなしは膝が痛いんだよ」


「…………ひっぐ……ぅ……はぃ……」


 桜は泣きながらも俺の提案にのってくれて、俺達は近くのベンチに座り、ふたりっきりで話をすることにしたのだった。

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