第28話 受け入れがたい真実

「よぉし燈!流れるプールに行こー!」


「おー!」


「こらふたりとも!走るんじゃない!」


 テンションが下がったかと思えば今度は走り出すくらいに盛り上がる1年生コンビ。その自由奔放さを栞がキッチリと叱っている。まるで保護者だ。


「まったく………」


「会長はあのふたりについてって貰ってもいいですか?ほら…何かやらかしそうでしょ?」


「…………それもそうだな。じゃあ七海は頼んだぞ井伏くん」


「………へ!?ふたりっきり!!?」


 ここまで静かに話を聞くだけだった七海が急に声をあげた。


「そうだ。その為に来たんだろ?」


「いや………そうだけど……」


「ならいいじゃないか。では一旦解散だ。またなふたりとも」


 栞はそう言い残すと、流れるプールでキャッキャしてる燈達の方へと向かっていくのだった。




 こうして取り残された俺と七海だったのだが……


「「……………………」」


 すごい気まずい。初対面の頃よりは仲良くなったはずなのだが、互いに下着同然の格好をしているからかどうしても意識してしまう。

 というかいくら見ないようにと頑張っても谷間にしか目が行かない。七海も七海で俺の体をチラチラと見てきたかと思えばすぐに顔をそらしてしまう。


 折角ふたりっきりで話せる状況を作ったというのにこの空気はマズイ。そう確信した俺はとりあえず辺りを見渡し、落ち着けそうでなおかつレジャープールに来た甲斐がありそうな場所を探し、七海と共にそこに行くことにした。



「こんな場所もあるんだね……」


「だな。俺ももっとアトラクションばっかなのかと思ってたわ」


 やってきたのは真ん中にポツンと小島のようなものが浮かんでいるだけの大きなプール。雰囲気も他に比べれば落ち着いていて、休憩にはもってこいだ。

 俺達はとりあえずそのプールに入ることにし、壁にもたれかかって話し始めた。


「…………というか俺としては木下がプールに行きたがるとは思って無かったんだけど」


「それは……今のうちに恥ずかしいことには慣れないとなって……」


「というと?」


「……ふたりに夏のイベントでコスプレをお願いしたじゃん?なのにふたりみたいにカッコ良くて、綺麗で、堂々としてる人達に比べたら私なんて…だから私も一緒にコスプレするならせめて人目には慣れないとって…思って…」


「なるほどね……」


 私なんてとか言っているが、俺としては七海の美人モードが一番好きだ。そりゃ勿論性癖とかも込みだけど、それでもまさしく天使のような笑顔はかわいすぎて忘れられない。


「……そういえば木下は宮野…紛らわしいな。楓のことってどう思ってんの?」


 そして俺は次に気になっていた事を尋ねてみた。七海から楓に関しての話は聞かない。一体どう思っているのだろうか。


「……宮野くん?」


「そう。同じクラスの。いつも見てるだろ?」


 俺としてはもっと好本の時みたいにあたふたされると思っていたのだが、宮野の名前を聞いても七海は意外にもあっけらかんとしていた。


「…………ただのクラスメイトかな?」


「………それだけ?」


「うん…………え、だって……え?」


「ちょっと待て…………マジ?」


 予想外の七海の返しに頭が混乱する。その一方で七海は「当たり前じゃん」みたいな顔をしてる。そりゃ確かにゲーム中でもこっちから話しかけない限り何も起きないけど……

 え、まさかゲーム中でも俺らオタクは勘違いさせられてたってこと?は??開発はどんだけ七海オタクを殺しにかかってくるわけ???


「え……じゃあ好本は…?」


「………………一番の友達……かな」


「ヴッッッ!!!!!」


 好本の話になった途端に七海はニヤケだし、見たことない顔で「一番」と称した。なんだろうこの敗北感と罪悪感は……ごめん好本くん…なんか本当にごめん……いつか飯食い行こうな……いくらでも奢るから…………


「そうそう!多分井伏くんは好本くんとも気が合うと思うんだ!好本くんもハンガン好きでさ!」


「そ、そうか………」


 テンションが上がったのか、自慢の爆乳を揺らしながら俺に詰め寄ってくる。無自覚というかなんというか……これでどれだけのオタクを殺してきたんだこの女!!!


 てな感じで俺が必死に七海から目をそらしていると、突然七海の隣で大きな水しぶきがあがり、その波が見事に七海に直撃した。


「ぶべっ!!?」


「あっ…………す、すいません!!!本当に……ほらアンタも早く謝りなさい!!!」


 命がかかっているのかと思うほどに必死な謝罪をしてきたのは大人の女性だった。水しぶきが上がった所から浮上してきた小学生くらいの見るからにわんぱくそうな男の子に俺達へと頭を下げるように怒っていた。


「ご、ごめんなさい……」


 恐らくは飛び込んできたのだろう。それでこんな強面な男の連れに迷惑をかけたのだ。母親は今頃気が気じゃないな。


 俺だから良かったものの、危険な行為であることには変わりない。なので俺が厳しめに注意してやるかと思ったのだが、それよりも先に七海がその男の子に声をかけた。



「私は大丈夫。でも危ないよ?飛び込んだら君が怪我する可能性だってあるわけだし、もうしないって約束出来る?」


「う、うん…………」


 おい分かりやすいぞガキ。どこ見てんだ。


「そっか。じゃあお姉さんとの約束ね」


「うん……約束…………」


 母親の女性はその間も必死に俺に頭を下げてきてくれていた。俺も申し訳なくなって「大丈夫っす」となるべく優しい笑顔で返しておいた。


 その親子は俺達から離れるように他のプールへと向かった。多分これからあの子供は説教だろうな。かわいそうに。


 そんなことより……


「なんか手慣れてたな。子供好きなのか?」


「うん。実はね。親戚の子供とよく遊んでたんだ」


「へー…………っ!!!?」


「……どうしたの?」


 改めてこちらを振り向いた七海の顔を見て、俺は久しぶりの衝撃を受けた。

 大量の水を浴びたせいで前髪が張り付いて邪魔になったのか左右に分けており、おかげで普段は隠されている七海の素顔が露になっていた。しかも好きだという子供と触れ合っていたからか表情も柔らかくなっており、まさしく天使が降臨していた。

 この顔をあの子供と話している時にも見せていたとなれば……あの子の一生分の性癖が決まったな。本当にかわいそうだ。


「ぁ……いや…………」


「???」


 どうする。言うべきなのか言わないべきなのか。言ったら恐らく顔を隠すだろう。七海の事を考えるならそれでいいが……でももう少し見てたい気持ちも…………


「…………ひゃっ!!!??」


 だが俺が指摘するよりも前に自身の違和感に気づき、七海はワシャワシャと前髪を元に戻し始めた。


「お見苦しいところを…………」


「いや…………全然……」


 俺達はあまりの恥ずかしさに互いに顔を真っ赤にし、結局気まずくなってしまったので栞達と合流することにしたのだった。

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