第27話 夏休みといえばやっぱり……

 学生にとって夏といえば夏休み。


 そして夏休みといえば……



「プールだぁぁ!!!」


「いっぇぇえい!!」


「こらあまり騒ぎすぎるなふたりとも」


 7月28日曜日。夏休みに入ったばかりにも関わらず俺達はとんでもなく人の多い大型レジャープールへとやってきていた。


 そう5人。夏休み前まで4人だったはずのメンバーはいつの間にか1人増えていた。




 事の発端は夏休み前最後の昼休みまで遡る。



「皆でプールに行きませんか!」


 昼食も食べ終わり、各々が夏休みの予定について考えている際、燈がそんな提案をしてきた。


「私は構わないが……七海はどうだ?」


 俺が「嫌だ」と言葉を発するよりも先に、栞がその提案に賛同してしまった。そして流れるように七海へと確認をとる。七海なら断ってくれるだろうと耳を傾けていたのだが…


「…………うん。私も大丈夫だよ」


 まさかの即答。どういう心境の変化なのかと尋ねようとするも、燈が立ち上がって高らかに宣言した。


「よっし!じゃあ早速日曜日に行きましょう!部活休みなんです!おふたりはそれで大丈夫ですか?」


「あぁ。予定を開けておこう」


「う、うん……私も今のところは……」


 俺が意見する前に勝手に話が進んでしまう。というか俺にも予定を聞けよ。いや無いけどさ。



 というわけでいつの間にかプール当日になっていたのだが、俺がプールの最寄り駅で皆を待っていると、燈と共にあの日には居なかったはずのちんちくりんな女子がやってきた。


「ふん!!」


「………世良?なんでコイツが居る?」


 俺の前に立ちはだかり、威嚇でもしているかのように胸を張る。燈に居る理由を尋ねると、申し訳なさそうに燈は教えてくれた。


「あの日の後ですね、桜と遊ぶ予定について話してたんですけど……28日はもう遊びの予定があるって言ったら『怪しい…ついてく!』って言い出しちゃって……断りきれず……」


「やっぱりいたな!燈をたぶらかしてるこの極悪人が!」


「こら桜!だからセンパイはそんな悪人じゃないって!顔だけ!」


「おい」


 さらっと失礼なこと言ったな。最近表情を柔らかくするように努力してんだぞこっちは。


「私の目が黒い内はお前の悪事は見逃さないからな!」


「はいはい…もう好きにしろ……」


 兄妹揃ってめんどくさいというかなんというか……でも俺の噂がほとんど事実なのも質が悪い。今はもう安全だと自分の目で確認させた方が早いかもしれない。


「どうせ燈の水着が見たかったんでしょ!残念でした!燈は私と遊ぶから見せてあげません!だいたいお前みたいな不良と燈が一緒にいたら今後の進路にも影響するんだから!分かったら大人しく帰って!……ねぇ聞いてる!?」


 駅前で大声を出しながら罵倒され続ける。それに対して俺だけではなく燈さえも何も反応しない。だって俺達よりもはるかに恐ろしい女が桜の後ろで腕を組んで佇んでいたからだ。


「ねえなんで無視するの!ねえねえねえ!!」


「やあ桜ちゃん」


「ひょわぁ!!?」


 声をかけられ、自分の背後の存在にようやく気づいた桜はかわいらしい声をあげ、驚きで体を跳ねさせながら振り向いた。


「いつの間にタメ口が許されるほど井伏くんと仲良くなったのかな?」


「ぃや…………その…………」


「それにここは駅前だ。多数の人が利用する。あまり大きな声で話すのは迷惑だろう?」


「はい…………ごめんなさい………」


 どうやら栞も来ることは伝えていなかったようだ。というか勝手についてきたのだから当たり前っちゃ当たり前か。ちなみに栞の影に隠れてはいるが七海もしっかり居る。


「うん。よろしい。では行こうか」


「はーい!」


「ま、待ってよふたりとも……!」


 一通り注意し終えると、栞は桜が居る理由を尋ねずにプールの方へと歩き出した。燈もその栞の後についていき、七海も置いていかれないようにと小走りでかけよった。


「ぇ……え、ちょっと………」


 俺も3人の後を追おうとすると、桜が目を丸くして立ち尽くしていた。恐らく栞に帰れとでも怒られると思っていたのかもしれない。俺は説教されて半泣きになっている桜に声をかけた。


「……ほら行くぞ。世良と遊ぶんだろ」


「っ……………お前に言われなくても…」


「はいはい……」


 やはり似た者同士の兄妹だ。楓と同じような事を口にしながら燈の元へと駆け寄っていった。



 というわけで俺達は5人でプールへとやってきたのだが……


「遅い……」


 俺は早々に水着に着替え終わり、女子勢の着替えをこの炎天下の中で既に30分は待たされていた。

 男とは違って大変なのは分かる。だがそれにしても長い。暑い。先に入っといてやろうか。


 それに周囲からの視線も感じる。だがそれはいつもの恐怖や嫌悪の視線というよりは好奇心ともとれるような視線だった。


 原因は井伏零央のこの肉体美にあるだろう。もう腹筋も腕も足も全身バッキバキだ。部屋にも色んな筋トレグッズがあり、女を犯し、男を殴るために努力は惜しまなかったのだと伝わってきた。

 俺は前世では筋トレなんてしてなかったが、この体になってからは欠かさず行うようにしてる。なんというか寝る前にしておかないと落ち着かないのだ。



 というわけで更に待たされること10分後…


「セーンパーイ!!!」


 まずはいつも以上に元気な燈がやってきた。


「どうですか!!!」


 燈の水着は赤を基調としており、ビキニタイプのような水着ではなく、パッと見はまさしく陸上選手のユニフォームのような作りをしている。燈らしさが良く出ており、引き締まったお腹周りがさらけ出されていて…とても良い。


「似合ってる。かわいいよ」


「……ありがとうございます!!」


「こらこらこら!!」


 俺と燈が話していると、少し遅れて桜がやってきた。


「見せないって約束したじゃん!」


「えーしたっけそんな約束~」


「もう!おま…井伏先輩も見ないで下さい!」


 そんな桜はかわいらしいピンクのワンピースのような水着。生意気さとのギャップがこれまた良い。


「……………すご……」


 あまりジロジロ見ても怒られるだけなので、残りのふたりはまだかと更衣室の方を観察していると、桜からそんな声が聞こえた気がした。


「あれ桜もしかして………センパイのえっちな体で興奮してるのぉ?」


「!?!!?してない!!!」


「なんだえっちな体ってセクハラだぞ」


 唐突に変なことを言い出した燈を注意する。だが燈は悪ぶれる様子もなく逆に近寄ってきた。


「いやいやえっちですよ~。これでどれだけの女を泣かしてきたんですかぁ?」


「うるせぇ訴えるぞ」


「見てないもん………見てないもん………」


 燈のセクハラ発言に桜は顔を真っ赤にして俯いてしまった。そして「うりうり~」と脇腹をつついてきた燈にアイアンクローをかましていると、更衣室の方から栞が七海を引っ張りながらやってきた。


「おや。楽しそうだね」


 栞の水着は大人っぽい黒のビキニ。下には長めのパレオを身に付け、どっからどう見ても現役学生の格好ではない。本当にモデルか誰かかと思った。


「引っ張らないで…もう覚悟したから…!」


 そしてそんな栞に引っ張られている七海の破壊力は言わずもがな。ヒロイン随一の爆乳を遺憾なく発揮するシンプルな淡い紫のビキニ。見た目もさることながらこれを七海が着ているという事実の方がヤバイ。


「どうだ井伏くん。七海はかわいいだろ?私が選んだんだ」


「…………最高っす」


「っ……ありがと…………」


「それと会長も……お綺麗で」


「……そうか。ありがとう」


 俺達3人がこっ恥ずかしい会話を繰り広げていると、燈と桜がいつの間にかプールサイドに移動しており、一緒にふてくされていた。


「ねえ燈……後1年しかないんだよね…」


「ボクは別に……おっぱいなんて邪魔なだけだし……」


 こうして、さっきまでの元気が消え去った1年生コンビを慰める所から俺達の夏休み最初のイベントは始まることになるのだった。

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