第26話 満開の八重桜
7月22日月曜日。見事に大会で結果を残してきた燈が久しぶりに生徒会室にやってくるとの事で皆で待っていたのだが……
「来ないっすねぇ……」
既に昼休みに入ってから10分は経過したというのに燈がやってくる様子はなかった。
「燈ちゃんは来るとは言ってたんだろ?」
「そうっすけど、忙しいんすかねぇ…」
「うぅ……ドキドキする…」
まぁ燈はクラスにも友達がいるだろうし、その友達に祝ってもらって遅れているのだろう。そのうち来るだろうし俺達はいつも通り過ごしておくのが良いかもしれない。
そう思い、ふたりに提案しようとした瞬間。
「井伏零央!!!!!」バシィン!
一番聞きたくなかった声とキャラデザの女子が生徒会室の扉を勢いよく開けて登場した。
「お前の悪事はお兄ちゃんから聞い…うわっ涼し!?え!?クーラー!?ズルじゃん!」
「落ち着いてよ桜ぁ……」
頭から2本のおさげを生やし、ズカズカと生徒会室に乗り込んできたかと思えば涼しさに驚愕し始めた。その後ろには凄く気まずそうな燈もいて、栞に対してペコペコと頭を下げていた。
「噂には聞いてたけど……まさか本当に生徒会室を私物化してるなんて……」
噂になってんのかよ。いや当然か。
「このクズ男!今すぐ燈から手を引け!さもなければ―――」
「なぁ1年生」
「は、はい!!!?」
ずっと黙っていた栞がようやく口を開いた。その声を聞いた瞬間にその場にいた全員がピンっと姿勢を正し、静かに生徒会長様の次のお言葉を待った。
「ここをどこだと思っている?」
「……生徒会室です」
「そうだな。では生徒会室に入室する際にはまずはどうするべきだろうな」
「…………ノックです」
「おぉすごい。よく分かってるじゃないか。では扉はどう開けるべきだ?」
「…………静かに……です…」
「うんうん。では君の用事があるというそこの2年生男子は知り合いか?」
「いぇ…………初対面です……」
「へぇ。なら君は初対面の先輩にタメ口を、しかも罵倒をするのが当たり前なんだな」
「違います…………普段は…敬語です……」
「そうかそうか。ではやり直したまえ」
「はぃ………………失礼しました……」
栞から淡々と詰められた女子はトボトボと生徒会室から退出し、再び登場シーンをやり直すことにした。
コンコンコン「失礼します……」
「どうぞ」
先程までの威勢はどこへやら。扉をなるべく丁寧にスライドさせた。心なしか2本のおさげも元気がなさそうだ。
「名前は?」
「1年3組…宮野桜です………ここに井伏零央先輩がいらっしゃると聞いて……」
「ふむ。だそうだ井伏くん。通しても良いかな?」
「はい……どうぞ……」
あまりの栞の圧に俺も萎縮してしまう。すっかり忘れていたが栞は目茶苦茶厳しい側の人間だった。絶対に怒らせないようにしよう。命がいくつあっても足りる気がしない。
「失礼します……」
その女子……主人公の宮野楓の妹である桜は俯きながら俺の元まで歩いてくると、話を再開しようとした。のだが……
「ぅえ……っ…………ひっぐ……」
「桜ぁ!?」
桜は俺に何かを言う前に泣き出してしまった。その様子を見ていた燈が駆け寄り慰める。俺も何か言葉をかけるべきかと考えていると、桜は涙が溜まった大きな瞳で俺を睨み付けた。
「今日の所は勘弁しといてやるからなぁ!!!覚えてろぉ!!!!!」
完全な負け惜しみを叫び、慰めていた燈を振り切ってから生徒会室を飛び出して行くのだった。
「なるほど。教育しがいのありそうな1年生だな……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!悪い子じゃないんです!許してあげてください!」
再度怒りを露にしている栞に対して燈が必死に頭を下げる。この嵐のような一連の流れに七海はずっとビクビクと震えていたままで、かくいう俺もかなり気まずかった。
あの子は自己紹介していた通り宮野桜。宮野楓と血の繋がっていない妹だ。このゲーム唯一のバッドエンドが無いヒロインであり、会ってしまったら何か起こりそうだという理由で俺が最も会いたくなかった相手だ。
「センパイもごめんなさい…どうしてもって聞かなくて……」
「俺はいいよ別に。罵倒くらい今更って感じだし。それより何があったんだ?」
「……ボク、センパイとデートの約束したじゃないですか」
「え!!!?デ、デート!?」
「七海。話がややこしくなる」
唐突な話にテンパる七海を栞が落ち着かせる。燈はチラリと七海の事を確認し、話を再開した。
「それでその……今日浮かれちゃってて…桜にうっかりデートの話をしちゃったんです。あ、もちろんセンパイが相手ってのは言ってなかったんですけど……『それって井伏零央って人!!?』って詰められちゃって…」
「それでここまでやってきたと」
知っていたのは恐らく楓が原因だ。さっきも「お兄ちゃんに聞いた」的な発言をしようとしてたしな。
「ごめんなさい!」
話し終わり、頭を勢いよく下げる燈。友達が失礼な事をしたと思ってるのだろう。栞なんてキレてたし、気持ちは分かる。ここはフォローしてやるとしよう。
「だから俺は気にしてないって。会長はほら…立場もあるしな?」
「なぁ七海。そんなに私は怖かったか?」
「うん。めっちゃ怖かった」
「そうか…………ごめん燈ちゃん……」
「いえいえ!あれは桜が悪かったですし…」
強く言い過ぎたと栞も反省し、更に空気が悪くなってしまった。今日はお祝いをしてる場合じゃないと判断した俺は燈に提案した。
「あの子を追いかけろよ。親友なんだろ?」
「で、でも……」
「こっちは大丈夫だよ。本当に怒ってない」
「…………分かりました」
燈は再度俺達に頭を下げると、桜を追いかけるために生徒会室を後にした。
「……ね、ねぇ井伏くん」
「うん?」
燈が居なくなり、七海がずっと聞きたかったのだろう事を俺に尋ねてきた。
「ふたりは……付き合ってるの?」
「…………それは……違うんだけど…」
「え!?付き合ってないのにデートするの!?」
「それは………………」
改めてその話を掘り返されると言葉に困る。俺がどう説明したものかと悩んでいると、俺の代わりに勝手に栞が説明し始めた。
「先日のイベントの時にな。実はあの子もついてきたいと言っていたんだ。だが陸上部は大会が近かったこともあり、井伏くんが説得の為にこう言ったのだ。『大会で結果を残せたらデートしてやる』とな」
「ヴッ…………」
「そ、そんなこと言ったんだ…流石だね…」
「いやぁ………あの時は…」
あの頃の俺は完全に調子にのっていて、今では黒歴史のような扱いだ。だからそんな「うわぁ…恥ずかしい……」みたいな目で俺の事を見るのはやめてくれお願いだから。
「……さぞかし素晴らしいデートになるのだろうな。羨ましいなぁ七海。なんてたって『してやる』んだからなぁ。私たちもして欲しいものだよなぁ」
俺が恥ずかしがっているのに気づいたのか、栞はあの日の俺の発言を根に持っていたかのように執拗に俺を責め立てた。
「え、じゃあこの前映画に誘ってきたのって……」
「もしかしたらデートのお誘いだったのかもな。よかったなデートしてもらえるぞ七海」
「…………えっと…井伏くん……やっぱり……」
「違うって!!あの時は後輩の前でカッコつけたかっただけなんだって!!」
折角縮まった七海との距離も離れていく気がする。それをなんとか取り戻そうと必死に慌てふためく俺の様子を見て栞は満足そうに笑い始め、その後もしばらく恥をかかされるハメになったのだった。
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