第25話 二度あることは三度ある

 7月19日金曜日。昼休みの生徒会室。間借りしていただけのこの空間に1人のメンバーが増えた。


「ねえ井伏くん。そういえば昨日話したアニメ見た?」


「そりゃもちろん」


「え、え……どうだった?」


「…………神」


「っ……だよねだよね!!やっぱり井伏くんなら分かってくれると思ってた!!」


 俺の対面で目を輝かせる七海。一昨日以来、俺達はこうして生徒会室でアニメや漫画の話をするようになった。七海は俺がハマってくれたのがとても嬉しいようで、次から次へとオススメの作品を教えてくれた。俺もこの体になってからはオタ活をしてなかった反動もあり、昨日から暇さえあればアニメや漫画を見るようにしている。


「でもあの終わり方的にさ、まさか……」


「……!!そう!!映画があるの!!しかも今年の夏に!!」


「おいおいおいおい……マジか……」


「よかったらふた…………あっ……いや……」


 七海は途中まで言いかけて口をつぐんだ。恐らく勢いで口走ったのだろう。だが俺としても映画は見たい。それに見終わったらすぐに語りたい。なので代わりに俺から誘ってみることにした。


「なぁ木下」


「は、はい!」


「アニメの映画とか俺1人だとアウェー感ヤバいだろうからさ。ついてきてくれたら嬉しいんだけど」


「っ………………うん!もちろん!」


 俺の誘いに七海は満面の笑顔で返してくれた。まさしく天使。正面から見て改めて思うが本当にかわいい。こりゃオタクは勘違いしますわ。俺だって一回フラれてなかったら危なかった。


「そういえば井伏くん。燈ちゃんの様子はどうなんだい?」


「調子良いらしいっすよ。明後日が本番だから…月曜には戻ってくるんじゃないすか?」


 燈はあの日から生徒会室に顔を出してない。というのも本人曰く「センパイ欲を我慢してるんです!」という意味不明な理由だ。

 ちなみに七海との一連の話はしてある。すると当然の如く通話ごしに「やっぱりおっぱいじゃないですか!また女増やして!!変態!!」って怒鳴られた。


「そうか。ならまた賑やかになるな」


「木下も気を付けろよ。多分相当絡まれるから」


「あはは…………」


 とはいってもここで快適に過ごせるのも残り少ないだろう。夏休みが明ければ生徒会選挙もあるらしいし、会長が変われば流石に出入りは出来なくなるはずだ。秋はまだしも冬とかどうしたものか。まぁ食堂が無難か?


「ごちそうさま。今日も旨かったっす」


 栞からの弁当を食べ終わり、手早く片付けてから席を立った。


「ん?何か用事でもあるのか?」


「用事ってか……トイレとか次の授業の準備とかあるんで」


「そうか。ではまた来週だな」


「うっす」


 栞と七海に頭を下げて生徒会室を出る。七海は何も言ってくれなかったが、小さく手を振って「ばいばい」とジェスチャーしてくれた。





「はぁ…………」


 トイレで用を足しながらここまでを振り返る。今のところは大丈夫。燈や栞に関してはしばらく時間が経ったにも関わらず何か事件が起こる気配もない。やっぱり井伏零央が側にいるっていうのが少なからず効いているのかもしれない。

 問題は七海だが………こっちはまだまだ不安が残る。今でこそ俺と栞の説得でなんとかなんているが、あの男は今でも平然と活動を続けている。もしアイツがまだ七海を諦めてないのであれば動くとしたら例の夏イベだ。

 とはいえ、現在は当初の予定通りヒロイン達が幸せそうに暮らせている。このまま何事もなく平和な日々が過ぎることを願うとしよう。



 なんて事を考えながらトイレを後にし、教室へと向かう。最初は億劫だった2度目の高校生活も慣れてしまえば案外楽しい。最近は周囲からの井伏零央を見る目も変わりつつある。それでも話しかけられる事なんて無いが、1ヶ月前みたいに突き刺すような視線じゃないだけマシだ。


 それでも1人だけ俺に熱い視線を送ってくる奴がいるんだが……



「おい井伏」


 噂をすればなんとやらってやつだ。


「……なんだよ」


 後ろから声をかけられ、嫌々ながらも振り向く。声の正体は宮野楓。このゲームの主人公君だ。なんだかんだまともに話すのは初めてかもしれない。


「話がある。屋上にきてくれ」


「…………へいへい」


 俺としてもいつまでも逃げるわけにもいかない。主人公である宮野楓と悪役である井伏零央はいつかはぶつからなければいけない者同士だからだ。


 そうして俺は楓に連れられるまま、真夏の屋上へと足を運ぶのだった。



「で?話ってのは?」


「単刀直入に言う。栞先輩達から離れてくれないか」


 まぁそういう話だよな。


「理由は?」


「……っ…お前が彼女達を脅してるに決まってるからだ!」


「決まってるって……証拠は?」


「お前の今までの行いが証拠だ!」


「…………なるほどね」



 それを言われたら正直何も言い返せない。なんてったって俺も井伏零央が何をしてきたかは知っているからだ。気に入った女を犯す為なら脅しだろうが精神的支配だろうが、色んな手を使って女を口説き落とした。そして女に彼氏がいるなら当たり前のようにハメ撮りを送りつけ、それに激昂した男と喧嘩を繰り返す。そうすることで自分がオスとしての頂点であると誇示し続けてきたのだ。


 ただの悪。何か深い事情もなければ同情する過去もない。むしろ今、燈達に受け入れてもらっているのが不思議なくらい。井伏零央とはそれほどの悪人だったのだ。


 そんな男が学校に来るようになったかと思えば次から次へと自分の仲が良かった女と親しくなっていく。不安になるなと言う方が無理がある。


 善悪の判断なんて所詮は立場の問題に過ぎない。主人公目線だと少しずつヒロイン達が別の男に取られ、自分の元を離れていっている。奇しくも俺はゲームの流れを再現してしまっているのだ。


「あのな宮野……昔の俺を許してくれとは言わねぇ。だけどな、人ってのは変わるもんなんだよ。どの口が偉そうにほざいてやがるんだって思うだろうけどよ」


 だとしても今更「はい分かりました」と楓の頼みを聞くわけにもいかない。楓にだって思うところがあるのは分かる。だけどそれなら俺にだって譲れない物はある。


「こっから先、アイツらを不幸な目にだけは合わせねぇ。それだけは約束する」


 楓の目を真剣に見据えて宣言する。だが楓はそれが気に入らなかったのか俺の胸ぐらを掴み、声を荒げた。


「そんなことお前に託せるわけないだろ!」


「だったら!!」


 俺もそれに応えるように瞬時に楓の胸ぐらを掴み返し、感情をぶつけた。


「…俺から奪い返してみろ。お前がアイツらを不幸にさせないって自信があるんだったらよ」


「っぐ…………お前に言われなくても……」


 俺の言葉に気圧されたのか、楓は俺の胸ぐらから手を離した。そして俺も手を離し、楓と距離をとった。


「ならまずは自分の幼なじみくらい幸せにしてみろよ」


「…………うるせぇよ」


 楓はそう悪態をつくと、俺を残して校舎の中へと戻っていくのだった。






 そして俺は楓が完全に居なくなったのを見計らってその場にしゃがみこんだ。


「はっっっっっっっず……!!」


 改めて冷静になった俺はさっきまでの自分のテンションと発言にめっっちゃ後悔していた。


「なんだよ奪い返してみろって………何様だよ……バカだろ……」


 原因は絶対にハンガンのせいだ。主人公であるウルフの台詞に似たような物があった。しかもなんかシチュエーションもライバルとの対話っぽくてつい熱くなってしまった。こんなとこ誰かに見られてたらもう生きていけない。楓もキレてたからスルーしてくれたんだろうけど改めて振り返られたら死ねる。マジ無理。早く俺も戻ろ―――



「あ、終わりました?センパイ?」


「………………いつからいた」


 扉の向こうから聞こえてきた無邪気な声に、俺はわずかな希望を求めて質問してみた。


「えっと……少し前に」


「………………聞いてた?」


「……『アイツらを不幸な目にだけは合わせねぇ』」


「はぁぁぁぁ………………」


 俺があまりの恥ずかしさに悶えていると、屋上の扉が開き、声の主である燈が現れた。


「わざとじゃないんですよ?ふたりが険しい顔で屋上に向かうのを見かけたからもしかしたら喧嘩かも~って心配して……」


「うん……ありがとう…………」


 うなだれる俺の隣に燈も座り込み、俺の背中をポンポンと叩いて慰めの言葉をかけてくれた。


「ボクはカッコいいと思いましたよ!!」


「……………………はい……」


 燈からの善意だったはずの言葉は俺にとっては鋭利な刃物と化し、見事にトドメを刺されてしまうのだった。

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