第24話 天使に沼へと落とされた
「コス……プレ?とは先日のアレか?」
七海からの唐突な提案に、栞は首をかしげながら聞き返した。それに対して七海は「うんうん」と頭を上下にして頷き、自身のスマホの画面を俺達に見せてきた。
「とりあえずこれを見て欲しいんだけど…」
そこにはいかにもアニメや漫画の服といった感じの服が写っており、しかも男物と女物の両方があった。
「実は……こういう服を作るのが趣味で…」
「これを七海が作ったのか!?すごいじゃないか!」
「えへへ……」
確かにクオリティはとても良い。市販のそこそこ高いコスプレ衣装だと言われても気づかないだろう。
「それでね……いつかは自分で作った衣装を誰かに着てもらうのが夢だったの。私なんかじゃこの衣装に負けちゃうし………それに世界観が崩れちゃう。それだけは嫌だったの」
「そんなことない!七海も良く似合うはずだ!な!」
「…………まぁ」
そんな事で俺に同意を求めないでくれ。ついさっきフラれたんだぞ俺は。
「で、でね?その事をあの人に相談してたの。『私の衣装を着てくれませんか?』って。そしたら今度一緒にカラオケにでも行って詳しい話をしようって言われてたんだけど……とりあえず今は断ってて…………」
なるほど当日ではなく後日狙いだったか。そりゃあの日は何もしなかったわけだ。
「でもやっぱり私……今年のイベントを諦めきれなくて……それで、並んで話してる井伏くんと栞ちゃんを見た時からずっっっと考えてたことがあったんだ」
七海はどこからともなく1つの小説を取り出すと、その表紙を勢いよく俺達に突きつけた。
「ふたりがまるでこの『ハンガン』に出てくるウルフとセリアみたいだって!」
「はんがん……?うるふ?せりあ?」
どうやら栞は理解が追い付いていないようで、七海の勢いに気圧され、頭の上に?を大量に並べていた。そして七海はその勢いのまま語り始めてしまった。
「『ハンガン』っていうのは略称で本当は『ハンドガントレット』という私達が暮らしてる世界とは別の異世界を舞台にしたお話なの。あ、これは小説なんだけど原作は漫画でとっても面白いから一度は読んでみて欲しい。少し前の漫画だから最近のに比べたらストーリーもベタで血生臭い描写も少ないんだけどそれがまた良いんだ。流れも王道で分かりやすいし、グロテスクなシーンも無いからとっても見やすいの。それでこの漫画の主人公こそがウルフとセリア。所謂バディ物でね。ウルフがこの銀髪のワイルド系な男の人で、セリアっていうのがこっちの紅い髪の真面目そうな女の人ね。あ、ちなみにさっきの写真の服はこの小説版の衣装を参考にして作ってるんだ。漫画版もいいんだけど私は衣装はこっち派なんだよね。すごくカッコ良くない?軍服をモチーフにしてて、しかもお互いの衣装に相手の意匠を組み込んであるの。ほらセリアの方には銀色の爪痕がここにあって、ウルフの方にも紅い鷹が胸元に描かれてるの。それでね―――」
「なる………ほど………………」
どうやら七海はエンジンがかかったら止まらないタイプのオタクだったようだ。既に栞の頭はパンクしてるだろうにまだまだ止まる気配はない。ここは俺が止めに入るしかなさそうだ。
「で、それがなんで俺達にコスプレをさせようって話になんだよ?」
「――ぇ……あ、…………ごめんなさい……そういう話だっ……ですよね……」
俺から止められてようやく熱弁していたのに気づいたのだろう。顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「それでその………井伏くんと栞ちゃんがこの漫画のふたりにそっくりで……つまり……ええっと…………」
七海はあまりの恥ずかしさからか言葉が思い付かず、どう説明したものかとあたふたしていた。とはいえ大体の流れは掴めた。つまるところこのキャラに似ているという俺達ふたりがコスプレをしてるのが見たいって事だろう。前からコスプレには興味はあったし、これで七海のフラグが完全に折れてくれるならもう願ったり叶ったりだ。
「……分かった。してやるよコスプレ」
「ぇ…………本当に……?」
俺からの答えに七海は驚きを隠せないようだった。そりゃこんな不良がコスプレをOKしてくれるなんて思っても見なかっただろうからな。
「会長も良いんですよね?」
「…………ぁ、もちろん!」
この反応は多分今の話は聞いてなかったな。まぁ栞なら大丈夫だろう。
「というわけだ。これで良いんだろ?」
「……っ…は、はい!」
七海な最終的な確認をとり、俺達は夏にある大型のイベントに参加することが決まったのだった。
そんなことより……
「で、それって面白いのか?」
「え……あ、ハンガンですか?」
「そうハンガン。折角なら多少の知識は身に付けておかないとなって」
「…………ぁ…えっと……どうしよ…漫画持ってきてないし…………アニメの配信って一期はあるんだっけ…………ぁでも井伏くんがサブスク入ってなかったらダメだし……」
俺からの質問に七海はどうしたものかと悩みだした。俺はそんな七海が手に持っていた小説を指差して尋ねてみた。
「それじゃダメなのか?」
「……ぁ!え、小説読みますか!?」
「おう。明日には返すからまた昼休みに生徒会室で集まろうぜ」
「…………は、はい!!」
こうして俺は七海から小説を借り、早速家に帰ってから読んでみることにした。
「なんか久しぶりだなこういうの」
やっぱり漫画やアニメの方が気軽に見れて楽だったのもあり、前世でも大学生になってからは小説は見てなかった。
「さてはてお手並み拝見っと……」
2時間後……
「漫画版は…………全15巻…お、電子あるラッキー」
更に2時間後……
「昔のアニメにしては良く動くな……」
更に5時間後……
「………………二期の作画良すぎる。神」
7月17日水曜日。昼休みの生徒会室にて。
「だ、大丈夫なの井伏くん……?」
「大丈夫だ…………なんとか生きてる……」
約束通り七海に本を返すために生徒会室で集まっていたのだが、あまりの俺の疲弊っぷりに七海から心配されてしまった。ちなみに栞からはもう怒られてる。「バカだろ君」って。
この体は若いから徹夜くらい余裕だろうと踏んでいたが流石にダメだった。いくらなんでもキツい。吐きそう。
でもそれ以上に……
「なぁ木下…………」
「は、はい……」
俺は体の震えをなんとか抑えつつ、両手でしっかりと小説を持ち、七海へと差し出した。
「これ……最高だった…………」
「っ……ですよね!!!」
そんな死にかけの俺の言葉に七海は大喜びし、まるで天使のような笑顔を見せてくれたのだった。
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