第22話 大胆な告白は……
例の打ち上げが始まり、いつ俺の出番が来るのかと近くのコーヒー店で待機すること1時間。
その間、何もなかった。
栞には何かあればすぐに連絡するようにと頼んだが、30分前から音沙汰はない。ふたりが入っていった店もこの世界では有名なチェーン店らしく、他にも客は大勢居て、問題が起こりそうな雰囲気はない。
「クソが…………」
俺は苦手なコーヒーの匂いに囲まれながら小さく悪態をついた。
最初から想定できた範囲ではあった。ゲーム中でも七海が事件に巻き込まれたという話にはなっていない。俺もこの待ち時間にあの男の事をネットで調べたが、悪い噂なんて1つも出てこなかった。
そもそもあの男を疑っている理由自体が憶測にすぎない。ここがあのゲームの世界で、ヒロインの1人である七海とそういう関係になるから怪しいと決めつけた。何か裏があって欲しいと願っていたのだ。
「…………最低だ」
心のどこかで期待していた。もしかしたら七海がアルコールを盛られるかも。何か脅されて酷い目に合うのではないかと。
それを、俺だけが助けられるのだと。
思えば最初からそうだった。井伏零央という前世では考えられないようなオスとしての圧倒的な力を手に入れ、この世界の事をなんでも知ったつもりになって、ヒーローを気取っていた。今の俺はなんでも出来るって、思い込んでいたんだ。
燈を助けた時だって、連絡先なんて交換する必要はなかった。その場限りの見返りなんて他になんだって良かったはずだ。
栞の時だってアイツらとわざわざ喧嘩する必要はなかった。栞にしっかりと事情を話し、証拠を手に入れるだけ手に入れて警察に通報すれば良かった。
それに主人公……宮野楓は俺の事を嫌っているが、アイツと話すのを避けていたのは俺もだ。
なんだか怖かったんだ。俺がアイツに歩み寄ってしまえば、俺の手に入れたものが全部アイツに持っていかれる気がしてしまった。
うざったい後輩と騒ぎながら昼飯を食ったり、真面目な先輩から小言を言われながらも共に笑い合ったり、地味な同級生に怖がられながらも距離が近づいていったり……
俺があのゲームに求めていた全てが今ここにあったんだ。
「俺は………………」
そう自分自身を責め、頭を抱えて葛藤していると、俺のスマホが鳴り出した。画面を見てると相手は栞。もしかしたら何か……
「どうしました!」
『っ…………焦りすぎだ井伏くん』
勢い良く通話に出た俺の声に栞は一瞬驚いたが、すぐに冷静になり、俺の熱を冷ますかのように話しだした。
『……もう解散だ。何もなかった』
「…………そう…すか……」
俺は再び自己嫌悪に陥った。栞からの通話だと分かり、ようやく俺の出番かとワクワクしてしまったのだ。
そして「何もなかった」と伝えられ、事もあろうに俺は「残念だ」と思ってしまったのだ。
『……井伏くん。私は悔しいよ』
俺が自分自身に絶望していると、通話の向こうの栞はとても悔しがっていた。
『君の読み通りだ。絶対にあの男は何かある。今の打ち上げの最中にも怪しい言動はあった。だがどれも偶然だと言われれば反論が出来ないんだ。悔しいが…私ではあの男の隠してる何かにたどり着けない』
栞の悔しがっている声が余計に俺を追い詰める。俺は栞のように正義感で動いていた訳ではないんだと。
『この事は両親に話をしてみる。そうすれば何かしら証拠が掴めるだろう。七海には…今は私から厳重注意をする。ネットで知り合った人物とのやり取りには気を付けるようにとね』
「……お願いします」
ただひたすらに情けなくなった俺は、とりあえずふたりと集合するためにコーヒー店を後にすることにしたのだった。
「とっても楽しかった!今日は来て良かった!ついてきてくれてありがとうふたりとも!」
「そうか。ならよかった」
「……うっす」
打ち上げを終えた七海はとても楽しそうにしていた。いつもの内気さはどこへやら。嬉々として今日の事を語っていた。
俺はその姿にゲーム内での天使の片鱗を見た。このまま行けばゲームの通りに進み、あの男と付き合ってしまうのだろう。
栞の両親からあの男の調査をしてもらったとしても、それでは間に合わない可能性が高い。そうなれば七海は良くない事に巻き込まれてしまう。
完敗だ。前世でもなんの取り柄もなかった大学生が勝てる相手ではなかったのだ。あの男はゲームとバイトで社会を知った気になっていたガキには到達出来ない領域にいる。
「………………」
七海の話相手になっている栞から「どうするんだ」という視線を向けられる。なんとかしなければいけないのも分かっている。栞の言う通りならあの男には何かあるはずなんだ。
だがどう止める。どの選択肢なら救える。何て言えば七海はあの男と関わらないようにと納得してくれる。
分からない。所詮ゲームの知識でいきがっていただけの俺には何も…………
「あ、もうすぐ電車くるみたい!急ごう!」
「っ!?」
考え込んでいるといつの間にか駅までたどり着いてしまっていた。ホームから俺の決断を急かすかのようにあの甲高い音が聞こえてくる。
「っ……待ってくれ!」
「へ!!?」
俺は思わず七海の手を掴んだ。このまま電車に乗ってしまったら何もかもが終わる気がしてしまい、後の事なんてなにも考えてなかった。
「ど、どどどうしたの!?」
どうしたなんて俺が聞きたい。何がしたいんだ俺は。そもそも七海の破滅フラグだって俺の妄想にすぎない。なのになんであそこまで必死に悩んで、ここまで七海に執着してる。
「…なぁ木下。あの男のこと好きなのか?」
「ぇ!?すす好きとかそんなんじゃ……」
いや、答えは既にさっきの自問自答で出てたはずだ。
ヒーローを気取り、ヒロイン達を助け、その先に俺が求めていたものなんて1つしかない。
借り物の肉体だろうが、ゲームの知識だろうがそんなもの今はどうだっていい。これから不幸になるのが分かってる女を助けて何が悪いってんだ。
今の俺は井伏零央だ。それ以上でもそれ以下でもない。そして井伏零央なら自分の女を他の男に渡すわけがない。
後先なんて今更考えるな。悩むな。ここまで来たらどうせもう後戻りなんて出来ない。
「だったらさ、もうあの男と会うのやめてくんねぇか」
「え……なんで井伏くんにそんなこと…」
こうなったら一か八かだ。ここがあのゲームの世界だというのであれば、破滅フラグを折る方法なんてこれが一番早い。もう今の俺が思い付く七海を助ける方法はこれしかない。
「……好きだ」
「………………へ????」
俺からの言葉を受け取った七海は完全に静止し、さっきまで隣で不安そうにしていた栞も鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていた。
「俺さ、ずっと……お前のこと好きだったんだよ」
「え???なに……???え??私??」
どうやら意味を理解できていないらしい。そりゃこんな唐突に言われたら理解もクソもあるわけない。
「そのままの意味だ」
あたふたしている七海に畳み掛けるかのように言葉を綴る。というか俺だってめっちゃ恥ずかしい。顔から火が出そうとは正にこの事だ。
「俺と……付き合って欲しい」
「へ……ぁ…………そんな……こと……言われても…………」
ようやく俺の告白を理解した七海はさっきまでノリノリだったのが嘘かのようにおどおどし始め、いつもの七海へと戻っていった。
そんな七海にトドメを刺すべく、俺は恥ずかしさを堪えながら七海に詰め寄り、思い付く限りの井伏零央らしい口説き文句を放った。
「俺の女になれ」
「!!!???!??」
それを聞いた七海は顔を真っ赤にして俺を突き飛ばし、そして、今まで聞いたことのない大声で叫んだ。
「か、考えさせてくださぁぁぁい!!!!」
俺から逃げるように七海は改札を通り、駅のホームへと消えていったのだった。
「………………はぁぁぁ」
周囲の視線が目茶苦茶痛い。そりゃ改札付近で告白とか何考えてんだって感じだからな。しかも逃げられたし。こりゃSNSで晒されるな。
いや…それ以前に………
「井伏くん???詳しく聞かせてもらおうか???」
今はこの隣で怒り狂っている女の対処が先だろうな。
「なんだそういうことか………驚かせないでくれ……」
「すんません……」
俺たちは駅の近くのベンチに座り、栞にさっきの告白の真意を話した。とはいっても前世とかどうのこうのは話していない。俺が咄嗟に思い付いた苦肉の策だったという事にした。
「いや、だとしても良くないぞ井伏くん。嘘の告白なんて良くない。七海が本気にしたらどうするんだ」
「……そんときは責任とりますよ」
「だが君には燈ちゃんが……」
栞は燈の話をしようとして口をつぐんだ。気をつかってくれているのだろう。だがそんなことしてもらわなくても分かってる。
「大丈夫っす。世良の気持ちは分かってるんで」
「……っ何が大丈夫なんだ!分かっているなら軽々しく責任などと言うんじゃない!」
俺の発言に怒った栞が立ち上がり、胸ぐらを掴まれて責められる。だが俺にはその怒りに反論する権利がない。
「見損なったぞ!君はもっと他人を想いやれる人間なのだと…………」
なんなら殴られる覚悟まで出来ていた。なのに栞は少しずつ高ぶった感情を抑えていき、俺の襟から手を離し、再びベンチへと腰かけた。
「…………すまない。我を忘れていたよ」
「いえ……会長の怒りは当然です」
栞はしばらく黙り、何かを決断したかのように「ふぅ」と息を吐くと、俺の方へと体を向けた。
「もし七海が本気にしたら責任をとると言ったな。ならばその時は燈ちゃんはどうするんだ」
「………責任をとります」
「…この国は一夫多妻制では無いぞ」
「……じゃあ法律くらい変えましょうかね」
「ふざけたことを……」
俺の馬鹿みたいな発言に栞は微笑むと、突然自身の膝をポンポンと叩きだした。
「ん」
「……嫌ですけど」
「んっ」
「いや人目が…………」
「ん!」
「…………はい」
これ以上栞を怒らせる訳にもいかないと判断した俺は、大人しく栞の膝へと頭を乗せることにした。
「なんだ。顔が赤いぞ?」
「当たり前でしょ……見られてんのに…」
「そうか。ならこれが罰だ。存分に味わうといい」
膝枕をされているだけではない。髪の毛を一本一本梳かすかのように頭を撫でられている。恥ずかしいなんてもんじゃない。
「もしもだ。七海が君の告白を本気にした時は……私からもサポートしてあげよう。七海はともかく燈ちゃんは怒るだろう。そうしたら君1人では手に負えないからね」
「…………あざっす」
「私としてもあんな胡散臭い男よりも君の方が七海を託しやすい。いや君も七海の胸ばかり見ていたから同類か?」
「……見るっすよアレは」
「はいはい。また燈ちゃんに怒られるぞ」
まるで子供でもあやしているかのように柔らかい声で話をされる。本当に学生かよコイツ。
「おや…君の自慢の金髪が黒くなっているな。そろそろ染めに行かなくてはいけないんじゃないか?あぁでも七海は金髪は怖がるだろうから黒髪に戻した方が良いぞ」
「別に髪色くらいなんでも……」
「ダメだ。私が許さない。七海の彼氏になろうというんだからアドバイスは聞いてもらうぞ」
ダメだ。この状況恥ずかしすぎる。こうなったら狸寝入りで誤魔化そう。というかいっそのこと本当に寝てしまおう。
「……聞いているのか?」
栞の問いを無視する。そしてわざとらしく寝息をたて、疲れ果てている事をアピールする。
「………今日はずっと気を張ってくれていたからな。お疲れ様」
そうそう。だから黙って寝かしておいてくれ。次の電車が来るまでこの羞恥から逃れさせてほしい。
「……なぁ零央くん」
すると突然栞は耳元で俺の名前を囁き出した。すっごい嫌な予感がする。今起きないととんでもないことを聞いてしまう気がする。
そう思い、目を開けようとしたのだが……
「好きだぞ」
俺の判断は一歩遅く、栞がずっと秘めていたのだろう気持ちを聞いてしまうのだった。
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