第21話 初めての共同調査
「本当にすごく似合ってます!細かい装飾なんかも作中そっくりで―――」
一通り撮影を終え、男と話をしている七海を遠めの位置で観察する。見ている限り今のところは何も問題はない。このまま終わってくれればそれでいいのだが…そう考えていると、真剣な顔をしている栞から声をかけられた。
「……あの人物に悪い噂でもあるのか?」
「いえ………ただなんとなく、勘ってやつです」
そう。実際にこれは勘に過ぎない。あの2人がこれから付き合うとして、健全なお付き合いというのをする可能性もある。それが分かれば問題ない。だけどその事実をどう確認したものか。あれだけ成功している男が簡単に尻尾を出してはくれないだろう。
「よし。ならば私が一肌脱ぐとしよう」
俺が何かしらの解決策を出すよりも早く、栞が2人の元へと動き出した。
「………無茶はしないでくださいよ」
「分かってる。もしもの時はすぐに君を呼ぶさ」
あの男もこんなところで騒ぎを起こす気はないはずだ。何かそれらしい証拠を掴んできてくれることを信じて、俺は栞に託すことにしたのだった。
「すいません。私も1枚いいですか?」
「ぇ!?」
「あぁすいません。話し込んでしまって…いいですよ。何かご希望などはありますか?」
私が声をかけると、男は快く応じてくれた。見た目や話し方からは悪い雰囲気は掴めない。単なる井伏くんの杞憂なら良いのだが。
「そうですね……私自身この手のイベントに疎くて…今日はこの子の付き添いで来ていたのですよ。それで貴方がとても綺麗な方でしたからつい。何かオススメのポーズとかはございますか?それでお願いします」
「へぇ。2人はお友達同士なんですね」
「……あ、はい!そうなんです!」
男は私と七海が友人であることを確認したかと思えば、満足そうに微笑んだ。
「お褒め頂きありがとうございます。では渾身の決めポーズを撮ってもらうとしましょう」
そうしてよく分からないポーズをされ、とりあえず私も1枚だけ写真を撮った。誰かの写真を撮るのなんて初めてだったが……これはいい。いつか井伏くんの寝顔でも撮ってやろう。
「ありがとうございます。良い経験になりました」
「いえいえこちらこそ………それで、そちらのご友人と話していたのですが、この後…ご予定はございますか?」
なるほど。やはり君はこういう時は勘が鋭いな。
「いえ、特には」
「でしたらお食事でもどうですか?この後打ち上げがありまして、もちろん僕だけではございませんから安心してください」
「しかし我々はまだ学生で未成年の身なので夜遅くまでというのは……」
「そこも心配いりません。他にも学生の参加者もいることもあり、早めに解散する予定です。なんせイベントは明日もありますからね。我々大人もいっぱい飲む訳にはいきません」
話自体は筋が通っている。綺麗すぎるほどに。だが……
「…………君はどうしたい?」
「ぇ……私!?」
隣で私のことを不安そうな顔で見ていた七海に話をふる。
「行きたいか?」
「わ、私は………出来ればもっと話したいかなって思ってて…相談したいこともあるし、他にも沢山有名なコスプレイヤーさんも来るっていうから……お母さんにも今日は遅くなるとは伝えてるし…」
「そうか」
強引に七海を引き剥がしても良いのだが…一度この話は井伏くんに伝えた方が良さそうだ。
「すいません。私は一度考えさせてください。親にも連絡しないといけないので」
「分かりました。では気が向いたらDMに連絡してください」
そう私達に伝えると、男はどこかへと去っていった。すると男が去ったのを確認した七海が私に声をかけてきた。
「……もしかして心配してくれてるの?大丈夫だよ栞ちゃん。あの人は有名な人だし、悪い人じゃないよ。私みたいな素人の相談にのってくれて本当に優しい人だよ」
「……そうだと良いのだがな」
七海は完全にあの男を神格化してしまっている。それほどまでに遠い存在だと思っていたのだろう。だから近づいてしまった今は目が眩んでいるのだ。
それ故にあの男の視線にも気づかない。ずっと私達の体ばかり見ていたあの気持ち悪い視線を。
そうして何か言いたげな七海を連れ、私達は井伏くんの元へと戻るのだった。
「なるほど……」
七海がまた別のコスプレイヤーの写真を撮っている時に、先程入手した情報を栞からの教わった。
手慣れた誘い文句。そして栞達へ向けた視線。どれも確定こそは出来ないが有益な情報だ。
「どうする?七海はあの男を相当惚れ込んでいるようだ。止めなければ素直に食事に行くことだろう」
「どうするってもなぁ……」
とはいえ不確定な要素もまだまだ多い。本当にただの打ち上げかもしれない。もしもの可能性を考えるなら止めるべきなのだが、証拠が少なすぎる。それを七海が納得してくれるかは怪しい。
「他にも人は大勢来るらしい。それなのに未成年に何かするなど考えにくい。七海には厳重注意という形で済ませるか?」
「………でもそれなら会長には七海についていってその打ち上げに向かって欲しいです。金なら俺が出しますし、もしもの事も考えて近くの飲食店で待機します」
「了解だ……ふふっ」
そうして真剣に栞と話し合っていると、唐突に栞が笑いだした。
「なんすか?」
「いや………私の両親は警察官だと言ったろう?だから私も憧れていたんだよ。こういうやり取りにね。両親も若い頃は一緒に仕事をしていたそうだ。時に助け合い、時にぶつかりながらも切磋琢磨し、いつしか2人は…………ぁ…」
自身の両親の事を自慢げに話していたかと思えば、栞は急に顔を赤くし慌て出した。
「違うぞ!?これは決して私と君を両親のようだと言っている訳ではなくてだな!?」
「……そりゃそうでしょ?」
「………………鈍感男め」
「なんで!?」
当たり前の事を言われ、それを当たり前だと返答したのに何故か栞は不機嫌になってしまった。
「……まぁいい。七海には私も行くことを伝えるよ。本人も1人で行くよりは少しは安心するだろう」
「お願いします。それと―――」
「無茶はするな。だろ?」
俺が忠告するよりも先に、栞は自身の唇に人差し指を当ててそう答えた。
「………そうっす」
その大人っぽいような子供っぽいような仕草にドキッとしてしまい、思わず栞から目をそらしてしまった。
「…………どうした?」
その俺の態度に何かを感じ取ったのか、栞はそらしたはずの俺の視線に入り込み、顔を覗き込んできた。
「いや…なんもないっす」
「嘘だ。君がそういう態度をとる時は絶対何かを隠してる。言ってみろ。怒らないから言ってみろ。さぁほら」
執拗にグイグイと迫ってくる栞。俺に鈍感男だとかなんとか言っといて自分はこれだ。さっき鏡でも向けてやれば良かった。
「なんだ。今更隠し事をしても無駄だぞ。それとも私を助けてくれた時のように何か裏でするつもりなのか?七海に良いとこ見せたいのか?」
「違いますって。てか今あの話を掘り返さないでくださいよ。バレたの本当に恥ずかしかったんすから……」
「だったら白状するといい。ほらほら。私に敵うと思うなよ」
こうなると栞は本当に長い。素直に白状してやってもいいのだが……
「……………楽しそうだね栞ちゃん」
「ぇ!!?いや……楽しくはないぞ!??決してな!!!」
そんなやり取りをしていると、いつの間にか七海が俺達の元に帰ってきていた。そんな七海からのツッコミをうけ、栞はまたしても慌て出し、おかげで俺への追及はうやむやになってくれた。
その後、栞が先程の打ち上げの話に参加する事に決めた、と伝えると七海はとても嬉しそうに例の男へと連絡をいれるのだった。
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