第20話 真実が常に1つとは限らない

 7月14日日曜日。俺は一足先にイベント会場の最寄り駅へと到着し、近くのベンチに座ってふたりを待っていた。


 イベントはドームとその周辺で開催され、俺が到着した時には駅周りは既に沢山の人で溢れていた。


 それにしてもなんだか懐かしい空気感だ。昔に一度だけ声優のライブに行ったことがあるがこの独特な熱気と高揚感がとてもいい。見たことないキャラのコスプレばっかりだが、それがまた楽しい。



 のだが…………




 ヒソヒソ……   チラチラ…………



 なんか……すっごい見られてるし、すっごい避けられてる。やっぱり井伏零央のような男が来る場所ではないということか。まぁ俺だってこんな見た目の奴がいたら避けるけどさ。完全にコスプレイヤーを狙いに来てるヤバイ奴だろ。


「はぁ…………」


 このイベントを純粋に楽しむことは出来ないのだろうと溜め息をついていると、そんな俺の元に背の高い女が近づいてきた。


「お待たせ。君の居場所が分かりやすくて助かったよ」


「…………そりゃ良かったっす」


 今日の栞はなんだかいつもよりも大人っぽく見える。髪をおろし、恐らくはメイクもしているのだろう。緑色のチェックのブラウスに紺のジーパンって……高校生の私服じゃないだろそれ。栞も栞で周囲からの視線を釘付けにしている。こんな中に放り込まれる七海が不憫に思えて…………あれ?



「木下は?一緒じゃ無かったんすか?」


「いるさ。ここにね」


「や、やめて!!まだ心の準備が!!!」


 どうやら七海は栞の後ろに隠れていたようで、今も俺からの見られないようにと必死に栞の背中にくっついて離れようとしない。


「井伏くんで慣れておかないとこれから大変だぞ?ほら出てきた出てきたっと」


 栞はサラリと身を翻し、隠れていた七海を俺の前へと差し出した。


「ぃや……ちょ!!?」


 差し出された反動でよろけ、こけそうになるのをなんとか耐える七海。だがそんな七海を心配するよりも先に俺の口からは最低な言葉が飛び出していた。



「デッッッッ……!!!?」



 制服は拘束具に過ぎなかった事を思い知らされる。服装自体はいわゆる量産型だが、一部分の破壊力が違いすぎる。よろけたおかげでその豊満な胸はたゆんたゆんと目の前で揺れ、思わずリアクションをせずにはいられなかった俺は、それを誤魔化すように瞬時に目を反らした。


「……なんだ井伏くんその反応は」


「いや!!?別に!!??」


 栞から冷たい視線を感じる。女子は男の目線に気づくというが、こんなの見ない方が難しいだろ。お願いだから許してくれ。


「ッ……………」


 七海もそそくさと俺から隠れるように栞の背後に戻った。ふたりしてそんな目で見ないでくれ……お願いだから…………


「さぁ行こうか七海。やりたいことは沢山あるんだろう?」


「う、うん………」


「ちょ…………悪かった!悪かったから!」


 逃げるように俺の元を離れるふたりに謝りながら、その後を追いかける事になるのだった。






「あ、あの、写真……良いですか?」


「いいですよー。ポーズとかありますか?」


「あ、でしたら―――」


 七海は楽しそうにコスプレイヤー達の写真を撮っていた。人見知りな七海が話しかけられるのか気になってはいたが、どうやら杞憂に終わったようだ。女オタクは流石だな。


 そんな七海の様子を少し離れたところで腕組み静観していると、なにやら疲れた様子の栞が俺の右隣にやってきた。


「ここは大変だな………」


「ん?何かあったんすか?」


「いや……先程から色んな方に声をかけられてな。なんというか……言葉を選ばすに言わせてもらうと…とても疲れた」


「あー……お疲れ様です」


 そりゃ栞も美人だからな。背も高いし、スタイルも抜群に良い。色んな目的の奴が声をかけることだろう。


「…………君は声をかけられないんだな」


「…………まぁこんな奴に声をかけようなんて物好きはいませんよ」


 強面とはいえ井伏零央も相当イケメンな部類なはずだ。それなのに周囲の反応は恐怖の視線のみ。流石に慣れてきたとはいえ少しは傷つく。


「ならば君の隣でしばらく休憩させてもらうとしよう」


「お好きにどうぞ」



 そのままふたりで楽しそうな七海を観察していると、なんだか栞がモジモジとし始めた。俺はその事に気づきつつも、勘違いだと恥ずかしいので一旦スルーすることにした。


「……あ、撮影終わったみたいっすよ」


 七海が撮影を終え、栞の姿を探すようにキョロキョロとしていた。


「ぁ……………」



 そんな七海に合流してやろうと俺が動き出すと、俺の右手と栞の左手がぶつかってしまった。


「あ、すんませ――」


 ぶつけてしまったことを俺が謝ろうとした瞬間。それよりも早く栞が慌て出した。


「わ、悪い!!いや違うんだ!!これはその………そう!君の服にゴミがついていてな!とってやろうとしたのだ!」


「え、マジっすか?」


「ああ!そのままじっとしてるといい!私がとってやる!」


「いっすよそんくらい。はたけばとれますんで」


「あ……そうか…そうだな…………」


 俺は適当に服をはたき、栞に確認を求めた。


「どうっすか?とれました?」


「バッチリだ!流石だな!」


「これくらいで褒められても……」


 この独特な雰囲気にあてられて栞もおかしくなっているのだろう。いつもよりテンションが高めだ。まぁそれもまた年相応といった感じで良いのだが。



「……………………」


 そんな風に俺と栞が話していると、七海がこちらを見て何やらボーッとしているのに気づいた。


「どうした?」


「…………あっ……いえ!!なんでもないです!」


 ふたり揃ってお疲れのようだ。今日は一段と暑い。ここは一旦休憩でも挟ませた方が……



「あっ……あの人…………!」


 俺が休憩を提案するよりも前に、七海は1人のコスプレイヤーの存在に気がついた。その目線の先には確かに他のコスプレイヤーとはレベルが違う男性が居て、ちょうど撮影が終わったようだった。


「あの男がお目当てか?」


「は、はい!そうなんです!」


 やはりそうか。見るからに人気そうだし、これは空いている今がチャンスだろう。


「なら早く行け。他の奴に取られるぞ」


「はい!行ってきます!」


 七海は話している相手が俺だと気づいていないくらいには興奮していた。それだけ好きな男と付き合えて幸せなら俺が言うことはない。




 でもなーんか引っ掛かる気がするんだよなぁ………こう……胸に突っかかるものがあるというか……



「……それにしてもここに居る方々はスゴいのだな。仕事の合間をぬってあんな立派な衣装を作っているのだろう?」


 推しとの撮影会を無事に開始した七海を見ながら疑問を感じていると、栞が周りを見渡しながらそう呟いた。


「業者とかに頼むってのもあるらしいですよ。それにネットでも衣装ってのは売ってたりするんで」


「へえ……詳しいんだな」


「流石に少しは調べましたよ」


 勿論嘘。前世の知識の流用にすぎない。

 とはいっても仕事をしながら衣装を作る人は本当に尊敬する。俺なんて大学とバイトだけで悲鳴をあげていたのに。やはりモチベーションが違ったりするのだろうか。それこそコスプレ衣装のために稼ごうと努力したり…………


 稼ごうと…………





 ……いや待て。





「ねえ会長。あの男の人っていくつに見えます?」


 俺は七海が撮影している男を指差し、栞に問いかけた。


「突然どうした?」


「……学生には見えませんよね」


「まぁ……そうだな。若くても20代後半だろう。それがどうかしたのか?」


「いや…………」



 そうだ完全に失念していた。そういうものだと脳が勝手に処理していた。


 まさか七海のイベントでそのシーンが無かったのはそういうことか?いやそんなとこ気をつかえるならもっとプレイヤーに優しく作ってくれよとは思うが。



「……どうしたのだ井伏くん?」



 勿論ヤってない可能性もある。だけど根本はNTRを題材としたゲームだ。そっちの可能性の方が薄い。


 となれば問題はあの男が七海の素性についてどこまで把握していたかだ。七海と話して分かったがそんなにチョロい訳ではないだろう。オタクの女というのは案外ガードが固いのだ。

 つまりあの男は何かしらの手段を用いた可能性もある。それによっては……あぁもう!七海のイベントだけ考察要素が多すぎる!七海が好きなオタクはこういうのも好きだってか!?その通りだけど!!それを見透かされてるのが余計に腹立つ!!!



「井伏くん?顔が怖いぞ?」


「それはいつもの事です。今はそれより…」



 止めるべきか、止めないべきか。まだ判断材料が少なすぎる。

 だがここはあのゲームの世界。いくら俺達みたいなオタクに大ダメージを与えたとしても、七海だけが破滅の未来から逃れられるとも思えない。だってあのイベントもちゃんとバッドエンドって記されてたからな!



「………また会長の力を借りることになるかもしれないです」


「……分かった。備えておこう」


 俺の呼び掛けに一瞬で仕事モードに切り替わった栞と共に、俺は幸せそうな七海の近くへと移動することにしたのだった。

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