第19話 女の嫉妬にゃご用心!

「七海から話を聞いた時は何かと思ったが…そういうことか……」


 7月12日金曜日。今日も今日とて昼休みに生徒会に集まり、昨日の一件について話し合っていた。


「会長さんもズルいです!ボクもセンパイと遊びに行きたいのに!内緒で話を進めて!」


「すまない。君たちはずっと一緒にいたから知っているものだと勘違いしていたよ」


「いやいや世良がいた時に話はしてたっすよ。ほらあの卵焼きの話の時に」


「その卵焼きのせいでひっっとつも頭に入ってきませんでした!」


「ダメだコイツ……」


 燈の元気一杯な返事に俺が頭を抱えていると、その様子を見ていた栞が優しく微笑みながら燈に問いかけた。


「燈ちゃんも来るか?部活は?」


「休みます!」


「ダメに決まってんだろ大会近いんだし」


 意気揚々とサボる宣言をしやがった燈の頭を鷲掴みにして注意する。


「大丈夫です!少し休んだくらいでボクが負けるわけッ…………アイタタタタ!!」


 予想通りな発言をし出したバカの頭を握り潰すかのごとく力を込める。


「割れる!!!頭割れます!!!」


「…………言って良いことと悪いことの区別はつくようにしろよ」


「ッ…………ごめんなさい……」


 燈は仮にもスポーツに携わっている者だ。今の自分の発言がどれだけ失礼な事だったのかをすぐに理解し、大人しくなった。


「ったく……」


「…………で、でも、ボクだってまだ……センパイと出掛けたことないのに………センパイの良さに気づいたのは……ボクが…最初だったのに………」


 本音をポロポロと溢し、段々泣きそうになっていた燈。そんな燈を心配した栞が焦って声をかけた。


「あ、燈ちゃん!大丈夫だ!井伏くんにお願いすればきっと―――」


 だが俺は栞が何かを言い終わる前に、鷲掴みにしていた手で、そのまま燈の頭を優しく撫で、ずっと考えていた事を口にした。


「今度の大会。結果残してこい」


「ぇ…………」


「…………そしたらデートしてやるよ」


「デー…………ト……」


 俺からの唐突な提案に燈は目を丸くし、必死に頭の中で情報を整理していた。


「デート………ぇ……デートって……言いました?」


「なんだ………嫌か?」


「そんなわけありません!」


 燈は急に立ち上がると、未だに信じられないといった顔で俺に問いかけてきた。


「本当に!!!デートですよね!!!」


「…何回も言わせんな無かったことにするぞ」


「ッッッ!!!!!」


 燈は食べかけの弁当を胃袋にかきこみ、片付けると、その勢いのまま生徒会室の扉に手を掛けた。


「ボク!!!絶対勝ちますから!!!!」


 そしてそう言い残すと、まさしく脱兎のごとく走り去っていくのだった。





「…怒んなくていいんすか?廊下走るなって」


「あの速さには追い付けないさ」


 残された俺と栞がそんな会話をしていると、栞は先程まで燈が座っていた席に突然座り始めた。


「何してんすか?」


「…………別に。燈ちゃんの温もりを感じてるんだよ」


 そんな意味不明な事を言っている栞の顔はどこか物悲しく、まるであの日の主人公君に対して怒ってしまった後のような表情をしていた。


「それで。七海とは上手くやっていけそうかい?」


「どうっすかね。木下は俺みたいな奴苦手っぽいし、俺もあんまり得意じゃないってのが本音です」


「意外だな。君は女をタラシこむ才能があると思っていたのだが」


「変なこと言わないでください。仮にも生徒会長様だし、木下はアンタの友人なんでしょ」


「おや……私が言っては悪い事だったかな?」


「悪いとまでは言わないっすけど……」


 そんな謎の会話を繰り広げていると、栞は不満そうな顔をして立ち上がり、「そういえば」と何かを思い出した。


「10分後に会議があるんだった。そうだ忘れていたよ」


「は!?」


「もうすぐ他のメンバーも来るだろうね。いやはや本当に申し訳ない」


「おま……まだ半分残ってんだけど!?」


「ほらほら来るよ~急いで急いで~」


 栞に手拍子で急かされ、俺も先程の燈のように自身の胃袋に栞お手製の弁当をかきこむと、パパっと片付け、栞に手渡した。


「ありがとう!旨かった!」


「…………なら良かった。ではまた日曜日。待ち合わせ場所でな」


 週末の約束を改めて確認し、俺は逃げるように生徒会を後にするのだった。








「全く…………」


 静かになった生徒会で1人で物思いに耽る。なんだかこの寂しさも久しぶりだ。


「察しが良いのか悪いのか…………」


 つい先程まで井伏くんが座っていた椅子へと腰かける。まだ少し暖かい。それに男の子の匂いがする気がする。


「あーあ。私も君の後輩だったらな。かわいがって貰えたのだろうか」


 自分でも分かっている。これは単なる負け惜しみに過ぎないと。井伏くんは年上か年下かで物事を判断するような男ではない。


 でも…………



『ありがとう!旨かった!』



 まるで子供のような純粋な笑顔だった。あんな悪人面しておいてズルい。心の底からそう思っているのが伝わってきて、忘れようとしたのに諦めきれなくなるじゃないか。




「全く……本当に罪な男だよ。君は」

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